1.追憶
最悪の気分で目が覚めた。
どんな夢かは覚えていないが、こんな日はいつも、目覚めると喉がカラカラに乾いている。
「エルヴィス、寝不足なの?」
オリヴィアが小首を傾げてエルヴィスを見る。
エルヴィスは瞬きをした後、答えた。
「別に」
「嘘つかないで。さっきから欠伸をかみ殺してるでしょう」
バレたか、とエルヴィスはばつが悪い顔をする。
「……ちょっと夢見が悪かっただけだ」
オリヴィアが心配そうに眉尻を下げた。
「どんな夢?」
「さあな……覚えてない。ガキの頃の夢だったような気がするが……」
そう言って、エルヴィスは目元を揉む。
「式の予定考えるの、また今度にしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。悪い」
資料を片付けようとするオリヴィアの手を、エルヴィスが制止する。
もう一度書類を広げ直した。
今二人は……結婚式の予定を立てていた。
「結婚式まであと三ヶ月か……」
オリヴィアがカレンダーを見てぽつりと呟く。
「あっという間だぞ」
「そうよね。婚約してからの期間もあっという間だったもの」
エルヴィスには、三ヶ月前オリヴィアにプロポーズをされた日が、昨日のことのように思える。
「会場は王城でいいのか?」
「ええ。大広間があるでしょう。あそこがいいと思うの」
「確かに、プログラムにダンスがあるからあれくらい広いほうがいいな」
エルヴィスが書類をめくる。
それを横から見ながら、オリヴィアが言った。
「結婚指輪や衣装も確認していかないとね」
「ああ。衣装デザイナーの予定は来週に押さえてある。指輪はまたセシリア・ペレスに頼むということでいいのか」
「うん!セシリアさんに頼めたら嬉しい」
「分かった。依頼状を出しておく」
さらさらとエルヴィスは紙にメモをした。
その左手薬指には、三ヶ月前に作った婚約指輪が光っている。
その美しい赤は、オリヴィアの髪色によく似ていた。
オリヴィアが自身の左手薬指を見た。
そこにはエルヴィスの目と同じ、煌めく青い石の婚約指輪がついている。
オリヴィアは、少し残念そうな顔をした。
「今の婚約指輪も気に入っているんだけど……結婚指輪ができたら着けられないのかしら?」
「別に着けてもいいんじゃねーの。好きなの嵌めろよ。婚約指輪でもいいし、結婚指輪でもいいし、両方でもいいし……」
「両方!その手があったわね!今はリングの重ねづけとか流行ってるのよね。そうできるように結婚指輪を作りましょう!」
「……冗談だったんだが……。あるのか」
エルヴィスが感心したように目を見開く。
「あとは招待客のリストアップね。私は家族を呼ぶけど……エルヴィスは呼びたい人いる?」
オリヴィアに問いかけられ、エルヴィスは一瞬思案したが、すぐに答えた。
「いない。外交上の招待は俺がやっておくから、呼びたい客はお前が好きに呼べ」
その言葉に、オリヴィアの胸が鋭く痛んだ。
(エルヴィスは家族を子供の頃に亡くしたのに……。私ったら、余計なことを聞いちゃった)
オリヴィアは反省して小さく肩を落とす。
だがその沈黙の中で、エルヴィスの思考は別の場所へ飛んでいた。
表面上は何事もなかったかのように、他国から招待すべき客のリストアップを始めていた。
無表情のままペンを走らせる。
名前を見ては丸をつけ、時に線を引く。
ふと、今はもういない家族に思いを巡らせる。
──もし生きていたら、俺の結婚を喜んでくれただろうか。
兄と姉は祝福してくれただろう。
父母はもしかしたら泣くかもしれない。
それと……ジョセフ。
執事長だった男。
戦場からエルヴィスを救い出したが、共に魔族の奴隷へと落とされた。
そして──帰ってこなかった。
呼べるなら、呼びたかった。
父に花嫁を見せたかった。
母に泣かれたかった。
兄に茶化され、姉に笑われたかった。
そしてジョセフに──「立派になりましたね、坊っちゃん」と言われたかった。
気づけばペン先が止まっていた。
紙に小さなインク溜まりができている。
(考えても詮ないことだ……)
無意識に、左手の指輪を親指でなぞる。
エルヴィスは緩く頭を振った。
その後はただ無心で、リストアップを続けていった。




