17.収束
「おーい、終わった?」
サイモンがブライアンの首根っこを掴みながら歩いてきた。
オリヴィアはサイモンからブライアンへと視線を動かす。
「そうだわ、まだブライアン・フラットランドが残っていたわね。私のレイピアどこかしら」
キョロキョロと探し始めたオリヴィアに、エルヴィスが怪訝な顔をする。
「レイピアを見つけてどうする気だ」
「決まってるでしょう?トドメを刺すのよ」
エルヴィスは目を見開いた。
……オリヴィアの殺意はまだ消えていない。
「おい、もういいだろ。俺は生きてたんだから」
「ええ、帝国兵たちはもういいわ。でもこの男は違う。我が国に危険を招き、エルヴィスの命を脅かした。許すわけにはいかないわ」
レイピアを見つけ、拾いにいこうとしたオリヴィアを、エルヴィスが手を引いて引き留めた。
「……女王として判断しろ。やつは帝国第四皇子だ。重罪者でも殺せば今後の外交に響く」
「帝国との外交なんて考える必要ある?」
「帝国以外との外交だ。この戦争は世界中に知られるだろう。対処の仕方で、今後のお前の見られ方が変わる」
「……」
オリヴィアは渋い顔をする。
「……じゃあ、私のこの気持ちはどうしたらいいの?」
「法に則って裁け」
「それでも抑えきれない場合は?」
エルヴィスが、オリヴィアをそっと抱き締めた。
「俺にぶつけろ」
「……でも私、貴方のことを殺したいわけじゃないわ」
「分かってる。でも俺が、お前の分、怒ってやるから。血生臭いことを考えるのは俺の仕事だ」
言い終えた瞬間、エルヴィスの膝が僅かに揺れた。
オリヴィアが息を呑む。
それでも彼は、彼女から手を離さなかった。
暫くあって、オリヴィアもエルヴィスを抱き締め返した。
「……貴方一人で背負わなくてもいいのに」
だが、エルヴィスが言いたいことは分かった。
オリヴィアはこのまま、民に愛される慈悲深い女王のままでいろということだ。
オリヴィアの視線がブライアンを射貫く。
今すぐ喉を裂いてやりたい。
その衝動が、まだ消えない。
だがエルヴィスの温もりが、それを僅かに押し留めた。
「……分かったわ。ブライアンと帝国軍将軍を捕縛し、帝国と話し合う。二人とも、手伝ってくれる?」
「勿論」
「喜んで」
エルヴィスとサイモンが、声を揃えて言った。
◇◇◇
その後、エクスカリオン王国とフラットランド帝国間で、停戦の上講和条約が結ばれることとなった。
目の前で調印が行われるのを眺めながら、サイモンはあの瞬間を振り返る。
修羅と化して帝国を滅ぼさんとしていたオリヴィアは、生きているエルヴィスの姿を認めた瞬間、正気……すなわち、元の『慈愛の女王』に戻った。
だがオリヴィアが帝国に与えた打撃は凄まじく、オリヴィアがレイピアを収めても、もう彼らが王国を侮ることはなかった。
また、エルヴィスのことも、帝国の者たちは『大人しい側近』と勘違いしていたようだが、この戦いを通じて誤解が解けたようで何よりだ。
彼がどれだけ『敵に回すと怖い』人物か、身をもって知っただろう。
そしてこちらも……認識を新たにすることがあった。
この国の頂点は間違いなく女王オリヴィアだが、要となるのは婚約者エルヴィスかもしれない。
オリヴィアは感情、特に愛情を大事にする。
愛する者が側にいればどこまでも強くなれるが、反対に、愛する者を喪えば活力を失う。
なんと美しく……危うい存在なのか。
しかしあの二人は互いに互いを必要として、想い、支えあっている。
その心がある限り、女王オリヴィアの治世は安泰だろう。
そこまで考えたところで、周囲から拍手が起こった。
調印が終わったようだ。
サイモンもなに食わぬ顔で拍手に参加する。
握手をする両国元首。
オリヴィアは心底嬉しそうに微笑み、帝国皇帝はどこか引きつった笑顔を浮かべている。
エルヴィスはそれを相変わらずのポーカーフェイスで見つめていたが、内心ニヤリと笑っているであろうことを、サイモンは知っている。
サイモンは小さく笑みをこぼし、拍手を続けた。




