16.抱擁
「エルヴィス!」
オリヴィアは力の限り叫んで、エルヴィスのもとへと走った。
エルヴィスもオリヴィアのほうへと歩み寄っていく。
エルヴィスのもとにたどり着くと、オリヴィアは……ドン!とエルヴィスの胸を叩いた。
「いてっ」
エルヴィスが思わず声を出す。
傷口に響き、僅かに顔をしかめた。
オリヴィアは構わず、二発目、三発目を入れる。
段々力が強くなってくる。
「バカ」
「……悪い」
「バカ!」
「ごめん」
「バカ!!」
「悪かった」
「エルヴィスの……大バカ!」
オリヴィアが右手を平手にして振りかぶる。
頬を打たれる。
そう覚悟し、エルヴィスはぎゅっと目を閉じた。
ひゅっと手が風を切る音が聞こえる。
勢いのついた右手がエルヴィスの左頬に……そっと、優しく触れた。
エルヴィスが驚いて目を開ける。
眼前のオリヴィアは……大粒の涙をぼろぼろと溢していた。
「バカ……」
エルヴィスは慌てて両手をさ迷わせた。
どうしたらいいのか分からなかった。
「……すまない」
「何であんなことしたの」
「あの時はあれが最善だと思った」
「最悪よ!」
「悪い……」
ごしごしとオリヴィアが両目を擦る。
「どうして私を置いていったりしたの」
「……お前に、生きていてほしかったから」
「私だってそうよ!」
「ごめん……」
オリヴィアがキッとエルヴィスを睨んだ。
目を真っ赤にして涙の筋が何本もついていたが、エルヴィスはその顔が美しいと思った。
「約束して。もう二度とあんなことしないって」
「それは……」
「約束して!」
エルヴィスは困ったような顔をして目線を落とす。
せっかく仮死状態にする薬を作ったのに、という気持ちもあったが、もう、壊れるほど彼女を傷つけるようなこともできないと思った。
観念したように、目を瞑って頷いた。
「分かった。約束する。すまなかった」
オリヴィアは暫し怒った表情のままエルヴィスを見ていたが、やがてそっと、エルヴィスに手を伸ばした。
オリヴィアの指先が、恐る恐る彼の服を掴む。
離したらまた消える気がした。
胸に頭を乗せる。
(温かい。鼓動が聞こえる。エルヴィスが……生きている)
新しい涙の粒がどんどん溢れてきて、エルヴィスの服に染みた。
そのことに気付いて、オリヴィアはエルヴィスから身体を離し、両手で目を擦る。
その手を、エルヴィスが優しく止めた。
「……あまり擦るな。傷になる」
「……うん」
「悪いな、今綺麗な布とか持ってねーから」
エルヴィスが自分の指、手の平で、優しくオリヴィアの涙を拭う。
その体温が、大切なものに触れるような手つきが、切ないくらい温かくて、オリヴィアの目からは新しい雫が次々とこぼれてくる。
エルヴィスの見せた弱ったような顔が、オリヴィアの胸を高鳴らせた。
「ごめんね、エルヴィス。私もう大丈夫だから」
オリヴィアは自分の手の平で一度ぐいっと涙を拭うと、にこっと大きく笑った。
(ああ、これがオリヴィアだ)
笑顔を見たエルヴィスが、心の中で呟く。
相手を気遣って、相手を安心させるために笑ってみせる。
気丈で、底抜けに優しい、愛おしい女。
そんな彼女を、エルヴィスはそっと抱き寄せた。
「……俺も悪かった。後でちゃんと説明するから」
エルヴィスの低い声が、オリヴィアの鼓膜を心地よく揺らす。
大切な人の温もりと香りに包まれ、心臓の動く音を聞き、確かにその人がここにいると実感する。
幸せな夢に落ちていくように、オリヴィアはゆるゆると目を閉じて、とろけるような声で言った。
「うん……待ってる」
閉じた目から、涙が一筋頬を伝って落ちる。
(もう二度と、この温もりを手放したりしない)
エルヴィスはオリヴィアを抱く腕に、僅かに力を込めた。
戦場に上がっていた炎は、もう消えていた。




