14.覚醒
「それで?僕が起こさなかったらいつ目覚める予定だったんだい?」
「設計では二十四時間後だ」
サイモンの問いに、エルヴィスが口を拭いながら答える。
あの小さな丸剤にこんなに血糊が入っていたとは。
ダニエルも大した男だ。
この丸剤を使用すると舌を噛みきったようには見えるが、実際にはそんなことはしていないので、無理やり口を開けられるとバレる。
今回運が良かったのは、周りにそんな無作法者がおらず、そしてサイモンがその無作法者であったことだ。
「それで今どういう状況だ」
エルヴィスがサイモンに尋ねると、彼はやれやれといったように、両方の手のひらを上に向けて答えた。
「君を起こしたのもそのあたりが理由なんだけどね。物凄いことになってるよ。陛下が暴走してる」
「何?暴走だと?」
「ああ。君を喪って自暴自棄になっているようだ。止めないと国を守るどころか世界大戦が始まるよ」
エルヴィスは唖然とした。
一体何故そんなことになっている?
自分という『足枷』がなくなったことで、慈愛の女王として騎士たちのもとに戻れたのではなかったのか。
分からないが……ただ一つ明確なのは、暴走するオリヴィアを制止しなければならないということだ。
エルヴィスはぐしゃぐしゃと髪を乱す。
「感情的になりやがって」
だが同時に、苦い思いも胸に広がった。
オリヴィアにこの仕掛けのことは何も言っていなかった。
あいつは、どれ程の衝撃を受けただろう。
──ほんの少し、罪悪感が湧く。
エルヴィスの言葉に、サイモンはフッと小さく笑い声を漏らした。
苦笑のような、彼には珍しい笑い方だった。
「仕方がないさ。真に君を愛しているんだ。本物の愛の前では理性など無力に等しい。感情的になるなというほうが無理さ」
サイモンの様子にエルヴィスは目を見張る。
いつも飄々としているこの男にも……そう思うような出来事があったのだろうか。
「……随分とあいつの肩を持つんだな」
「僕はいつだって陛下の味方さ。いつか君と陛下が痴話喧嘩をしたら僕は迷わず陛下側につくね」
「そうかよ」
エルヴィスがハンッと鼻を鳴らす。
こいつの過去に思いを巡らせた自分が馬鹿らしい。
次いで立ち上がろうとしたが、ふらついてその場に膝を突いた。
慌ててサイモンが手を差し伸べる。
「無理やり起こしたから薬が抜けていないんだろう」
「いや……関係ない。薬が切れてから目を覚ましたところで、二十四時間寝ていた状態からの起床だ。どちらにせよふらつく」
そう言いながら、エルヴィスはダニエルの警告を思い出していた。
『最悪の場合、麻痺などの一生ものの後遺症が出るかもしれません』
(……それを思えば、ふらつき程度で済んだのはかなりの幸運と言える。時間経過で回復するのかについては観察しないといけないが)
その思考は口に出さずに、エルヴィスはもう一度立ち上がろうとする。
右手側のサイモンの支えと、左手側の壁を伝うことで、何とか立ち上がった。
エルヴィスは横目でサイモンを捉えながら、弱った身体とは対照的に、力強い口調で告げた。
「お前はさっき仕方がないと言ったが、俺はそうは思わない。あいつは女王だ。あいつの下には多くの命がついている。あいつが女王である限り、愛という暴力的な感情であろうと制さなければならない」
エルヴィスの碧眼が、芯の通った意志で燃えている。
一見冷たいように思える台詞だが、同時に彼女のことを強く信頼しているようにも聞こえた。
──こういうところが、オリヴィアは好きなのだろう。
サイモンは小さく笑ってエルヴィスに言った。
「そう思うなら、『奥の手』のこと陛下にも教えてあげれば良かったのに」
「あいつは気が抜けたら緊張感がなくなるだろ。全てが台無しになる」
「とか言って、演技でも陛下に泣かれるのが辛いから言えなかっただけだったりして」
「無駄口を叩くな。さっさとあいつのところに連れていけ」
サイモンはからかうように、あからさまに肩を竦めて見せる。
そして、エルヴィスの右腕を自分の肩に掛け、エルヴィスの身体を支えた。
「やれやれ、分かりましたよ婚約者殿。陛下の近くまでお連れしますね」
「ふざけた口を利くな」
「ワガママだなあ」
「お前がいい加減なんだ」
二人は言い合いながら、ゆっくりと部屋から出ていった。




