13.覚悟
「仮死状態にする薬……?何のために」
「それは知らないほうが貴方のためです」
エルヴィスの微笑みに、ダニエルは背筋が冷える心地がする。
「分かりました、聞かないでおきましょう。もともと帳消しにするためのお願いなのですから」
「そうしてくださるとこちらも助かります」
エルヴィスがフードを被って出ていこうとすると、後ろからダニエルが声を掛けた。
「エルヴィス様。どうか……私への敬称と敬語はお止めください」
「……しかし」
「お願いします。これは……私の矜持なのです」
「……分かった」
エルヴィスは小さく答えると、静かに実験室から出ていった。
ダニエルから完成したとの連絡があったのはその約一ヶ月後。
(さすがは技術のベイリー家だ。早いな)
エルヴィスはそれを受け取りに彼のもとを訪ねる。
ダニエルは険しい表情で、直径5ミリメートルにも満たない小さな粒を摘まんで見せた。
「……これを使うような事態にならないことを願うばかりですが、一応説明しておきましょう。
この丸剤を奥歯に仕込み、いざというとき強い力で噛み砕くと、中に入っている液状の薬が舌下から素早く吸収され、一瞬で意識を失います。砕くときの歯の音もあって、端から見たら舌を噛みきって死んだようにしか見えないでしょう」
「奥歯に仕込んでいる間に丸剤の表面が溶けたりしないのか」
「唾液で溶解、吸収されないように出来ています。飲み込んでも身体に害はありません。そのまま糞便中に排泄されるだけです」
「なるほど……」
白い丸剤を受け取り、じっと観察するエルヴィス。
「この中に血糊は仕込めないのか?」
「……演劇でもなさるおつもりで?」
「相手を完全に騙せなければ意味はない」
エルヴィスの言葉に、ダニエルはじっと目の前の男を見つめる。
深く考え込んでいる様子だったが、やがて首を緩く横に振った。
「……貴方には一体何が見えているのか。しかし貴方を信じましょう。陛下が最も信頼している貴方のことを。血糊を仕込むとなると一回りサイズが大きくなりますがよろしいですか?」
「構わない。恩に着る」
「ではまた後日連絡します」
帽子を被り立ち去ろうとするエルヴィスの背中に、ダニエルが声を掛けた。
「エルヴィス様。これは……『最後の手段』です。『仮死状態にする薬』のつもりで私は開発したが、この世に絶対はない。そのまま目覚めないことだって十分にあり得る。……そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
エルヴィスは顔だけ振り向いてじっとダニエルの話を聞いていたが、ややおいて、フッと小さく笑った。
「覚悟はできている。忠告痛み入る」
今度こそエルヴィスが扉をくぐって出ていくのを、ダニエルは目を見開いて見送った。




