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12.奥の手

時は少々遡る。

城内のある一室の天井、その隅の板が、すっと音もなく外された。

一部の者しか知らない、隠し通路の入り口だ。

そこからそっと顔を覗かせて室内の様子を伺うのは、側近『右笏』のサイモン。

オリヴィアとエルヴィスがこの部屋へ向かったと聞き、最短でここへ来たのだ。

部屋をさっと確認した後、彼は嫌そうに顔をしかめた。

……屍だらけだ。


入り口から身を乗りだすと、彼はストッという軽い音と共に、無音の部屋へ着地した。

そして横たわった一つの死体のもとへ、まっすぐに歩いていく。

──金髪碧眼の男、エルヴィス・フォスター。

最も、今は目を閉じていて碧眼を確認することはできないが。


サイモンは静かに、彼の側に腰を下ろした。

口元に手を近づける。呼吸なし。

首筋に手を当てる。脈拍なし。

「失礼」と言いながら左目を軽く開く。瞳孔反射なし。

……間違いなく死んでいる。


だが、サイモンにはある予感があった。

生前の彼からちらりと聞いた、小さな『希望』。

違ったら悪いと思いながらも、エルヴィスの口の端をそっと持ち上げる。

開いた隙間から、こぽ、と口内に溜まっていた血が流れ落ちた。

彼の死様が想像できて、サイモンの眉が痛ましく歪む。

彼の奥歯が見えるようになってから、そっと鼻を近づけた。

……仄かな薬香。


(ビンゴだ!)


思わずサイモンの口角が上がった。

──君はまだ、ここで消える運命ではない。


エルヴィスをうつ伏せから仰向けの状態にする。

先程口内に溜まっていた血は全て流れ出たので、喉に逆流することはない。

エルヴィスの頭を自分の膝に乗せた後、サイモンは胸元にしまっていた薬瓶を取り出した。

中に入っているのは気付け薬だ。


「本当はこういうことはレディーにやってあげたいんだけどね」


膝枕をされたエルヴィスの口に、薬液をそっと少量注ぎ込む。

軽く頭を持ち上げて、ゆっくり嚥下させる。

喉の奥まで流れたことを確認した……直後だった。


「うっ、ゲホ、ゴホ!」


エルヴィスが大きな咳と共に、意識を取り戻した。

むせたのか、身体を丸めて咳き込み続けている。

エルヴィスの咳が止まった頃、サイモンが軽い調子で声をかけた。


「やあ、気分はどうだい?」

「うるせえ……最悪だ」

「寝起きが悪いんだね」


エルヴィスがギロリとサイモンを睨むが、サイモンはどこ吹く風で笑っている。


「『奥の手』を使うのが早すぎるんじゃないかい?」


サイモンの一言に、エルヴィスは一瞬目付きを剣呑にした。

そのまま暫くサイモンを睨み付けていたが、やがて諦めたように目を瞑ると、一つため息を吐いた。

サイモンの言う奥の手──それは、『仮死状態にする薬』のことだ。


自然と、あの日の記憶が甦る。


◇◇◇


『四宝』の一つ、ベイリー家は財政を司る家系。

受け継ぐ神器『指輪』で、価値ある物を見抜き、守ってきた。

その価値ある物の中には、技術も含まれていた。


郊外にあるベイリー家別邸を尋ねたエルヴィス。

その中にある最新の設備が整った実験室に、彼はいた。

先代当主、ダニエル・ベイリー。


「お久しぶりですね、ダニエル様」

「……様はよしてください。貴方に様を付けて呼ばれるような者ではありません」

「引退しても貴方が先代当主であったことには変わりありません」

「そういうことではないのです」


ダニエルは顔をしかめて振り返った。

眼鏡を掛けた神経質そうな顔は、相変わらずだ。


「私は貴方に許されないことをした」

「それはもう済んだことです」

「こちらはそうは割り切れない」


ダニエルは苦しそうに目を逸らす。


ダニエルは以前、エルヴィスに刃を向けたことがあった。

その責任を取って、ダニエルは引退し、当主の座を息子に譲ったのだ。


「では、お詫びということでお願いを一つ聞いてくれませんか。それで帳消しにしましょう」

「帳消しにだなんて、そんな軽くできるようなことでは……」

「私が良いと言っているのです」


エルヴィスがきっぱりと言う。

ダニエルは不承不承ながら頷いた。


「……分かりました。それで、お願いとは何でしょう……?」


エルヴィスが、まっすぐにダニエルを見据えて言った。


「『仮死状態にする薬』を開発してほしいのです」

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