5.約束
オリヴィアとエルヴィスは互いの背中を守りながら戦っていた。
玉座の間を出て、城の内部を移動する。
というのも、ブライアンが隙を見て逃げ出したからだ。
どこかにいるこの帝国軍の指揮官と共に、隠れている可能性が高い。
この戦争を終わらせるには、ブライアンと交渉するのが一番早かった。
(まあ……本当はブライアン『を使って』交渉するのが最速だが)
エルヴィスは、口に出さず心の中だけで呟く。
ブライアンを人質にして相手国指揮官を脅すなど、この平和主義の女王はしないだろう。
廊下の角を曲がると、帝国軍が大勢駆けてきた。
オリヴィアは右足の踵を打ち鳴らす。
すると、オリヴィアの身体はふわりと舞い上がり……次の瞬間には、左側の壁を走っていた。
敵にどよめきが起こる。
それをエルヴィスは冷静に見ていた。
オリヴィアが両足に履いているのは『赤い靴』。
それは、オリヴィアの実家の子爵家に代々伝わる家宝だった。
『四宝』には及ばないが、聖剣エクスカリバーに連なって生まれた貴重な魔道具だ。
(あいつが実際に使ってるのを見るのは旅の頃以来か……。相変わらず踊るように戦う)
『赤い靴』は踵を打ち鳴らすことで、通常では不可能な高い跳躍や壁走りなどができるようになる。
しかし、長時間『靴』の力を使うと脚にダメージを与えるという代償があった。
(まあ……あのくらいなら大丈夫か)
オリヴィアはくるりくるりと空中を自在に駆け、すれ違いざまに敵に刺突を繰り出す。
右へ左へと、空間全てが彼女の舞台だ。
ふと、エルヴィスが前方、オリヴィアの着地地点と思われる場所を見ると、そこに武器を構える帝国兵がいた。
エルヴィスはまっすぐに短剣を投げる。
「ぐわ!」
兵が倒れ、周囲が何事かとざわつく。
だが彼らがそれを把握することはなかった。
エルヴィスの魔法のツルによって拘束され、次々と意識を失っていったからだ。
短剣を回収しつつ、エルヴィスはオリヴィアから目を離さない。
(お前の足場は俺が作る。そのまま行け)
エルヴィスは静かに、しかし確実に道を開き、廊下を走っていった。
(ああ……戦いやすい)
オリヴィアは剣舞を躍りながら、じんわりと感動していた。
エルヴィスのサポートが的確なのだ。
旅の頃からそうだった。
オリヴィアを自由に戦わせてくれ、万全のフォローをしてくれる。
右の壁に着地して、ふと後方のエルヴィスを見る。
廊下中央を駆けている彼は、まっすぐにこちらを見ていた。
時折視線を巡らせ、多方面に攻撃を仕掛ける。
まるでエルヴィスには死角がないようだ。
だがちょうどその時、彼の真後ろに潜んでいた敵兵が、大きく剣を振り上げる。
エルヴィスは振り返らずに短剣で受けた。
「……あっ!」
オリヴィアは思わず声を出した。
攻撃には気付いていたが返しの短剣の力が足りなかったようで、エルヴィスは押し負けて肩に小さな切り傷を負った。
ぴくりとエルヴィスの眉が動く。
「エルヴィス!」
オリヴィアは壁を蹴ると、ひとっ飛びでエルヴィスの元へと駆けつけた。
レイピアを逆手に持ち、真後ろの敵兵の腕を貫く。
「ぎゃあっ!」
敵兵が腕を押さえて倒れた。
「オリヴィア!」
エルヴィスが声を上げる。
「バカ、戻ってくんな」
「でも、エルヴィスが……」
「こんなのただのかすり傷だ」
エルヴィスが傷をぱっぱっと払ってみせる。
だが、そうは見えなかった。
肩から滲む赤が、嫌に鮮やかだ。
それに、位置が気になった。
もう少しずれていれば、刃は首に届いていた。
エルヴィスが早口で言った。
「オリヴィア。次こういうことがあっても振り返らずに前に進め」
「でも」
「俺がどんなに重傷を負ってもだ」
「そんな!」
オリヴィアが抗議の声を上げるが、エルヴィスは曲げない。
「お前がこの国の要だ。お前が無事なら、この国は生きていける。俺ごときの命で無駄にするな」
「貴方ごときなんて、私は……!」
「約束だ」
エルヴィスがオリヴィアをまっすぐに見つめた。
オリヴィアは眉を歪めて、その碧眼を見つめ返す。
(エルヴィスは……本気だわ)
ごくりと唾を呑み込んだ。
そんな状況、想像するだけでも恐ろしい。
でも、エルヴィスの意図は分かる。
女王として……非情の決断をしなければならないときがくるだろう。
その時は。
「……分かったわ。約束する」
「よし」
エルヴィスがぽんとオリヴィアの肩を叩く。
「それじゃ、行くぞ」
「……」
オリヴィアが考えている間にも、帝国軍は襲ってくる。
(本当は嫌よ。だって、貴方が大切だもの)
想いが胸から溢れ出て、口から出そうになる。
けれども、言えばきっと戦えなくなる。
だから飲み込むしかなかった。
必死に堪えて、オリヴィアは踵を強く鳴らした。




