4.宣戦
カルブンクルス城玉座の間。
ここには、未だ嘗てないほどの緊張感が満ちていた。
間もなく、フラットランド帝国外交団が到着するからだ。
オリヴィアはそっと、視線だけで室内を見回す。
壁の両側に武装した騎士たちが整列している。
オリヴィアの左手側、前列の先頭に立っているのは、他でもないルーク・ガルシアその人だった。
その隻眼には強い警戒心が灯っている。
オリヴィアの座る玉座の後方左右には、側近二人が控えていた。
右に長剣を携えたサイモン、左には短剣を隠し持ったエルヴィス。
オリヴィア自身も、レイピアを帯刀していた。
エルヴィスは婚約者でもあるからオリヴィアの隣でもいいとオリヴィアは言ったが、エルヴィスは断った。
「正式に王配になったわけでもないのに恐れ多いです。左珠としての役目を全うさせていただきたく存じます」
それなら、ということでこの形に落ち着いた。
誰一人咳払いすらせず、鎧の擦れる微かな音だけが響く。
静寂が包む冷たい空気。
室内の者は皆、その時を待っていた。
◇◇◇
「エクスカリオン王国に来られたこと、大変嬉しく思います。フラットランド帝国外交団団長、第四皇子ブライアン・フラットランドと申します」
そう名乗ったのは、薄い茶色の長髪を後ろに纏めた男。
上げた顔に貼り付いていた笑顔が、兄ケヴィンにそっくりだった。
口元は笑っているのに、瞳には温度がない。
オリヴィアは薄ら寒いものを感じながら、微笑んで応じる。
「私もお会いできて嬉しいです。エクスカリオン王国女王、オリヴィア・エクスカリオンです」
「おお、何とお美しい。兄から聞いていた通りです」
エルヴィスが僅かに眉間に皺を寄せた。
(永久蟄居となったはずの兄から一体何を聞いている?)
ケヴィンと接触の機会があり、そしてそれを隠そうともしない。
──この男は危険だ。
オリヴィアは微笑みを崩さないまま答えた。
「ありがとうございます。それで、貴国の訪問理由は既に伺っていますが、それで間違いはないですか?」
「はい。先日は我が兄、ケヴィンが大変失礼致しました。国を代表して謝罪致します」
ブライアンが深々と頭を下げた。
演技臭く見えてしまうのは、猜疑心のせいだろうか。
頭を下げるブライアンの後ろで、団員たちが木箱を運んで積んでいく。
中身を取り出すと、華美な装飾品や煌びやかな金銀工芸品などだった。
次々と大量に並べられていく。
「目録でございます」と帝国団員から侍従、侍従からエルヴィスへ目録が渡され、エルヴィスから受け取ったオリヴィアが目を通す。
あまりの品目の多さに目眩がした。
(物を過剰に贈るのは帝国流なのかしら……)
そしてその後、ブライアンが、華麗な装飾の施された重そうな小箱を取り出した。
そっと開けると、中身は……書簡だった。
「我が国の皇帝から、これまでの謝罪とこれからの友好を願った和睦の書簡です。是非目を通していただきたい」
侍従が受け取ろうとすると、ブライアンはぱっと箱を避けて拒絶した。
「これは重要な書簡です。侍従ごときではなく、直接陛下にお渡ししたい」
「無礼な!」
ルークが声を張り上げると、ブライアンがじろりと目を向けた。
「無礼なのはどちらか。私は皇子だ。立場を弁えろ」
ぎり、とルークが歯ぎしりをする。
「……」
オリヴィアは壇上からじっと見ていたが、やがて凛とした声で言った。
「サイモン、貴方が行ってきて」
「かしこまりました」
サイモンが階段を下りていく。
ブライアンの目の前に来て書簡を受け取ろうとするが、ブライアンは渡さなかった。
「直接陛下にお渡ししたい」
「私が受け取ればすぐに陛下のお手元に渡る。お渡し願いたい」
サイモンが小箱の中の書簡を手に取る。
ブライアンがすぐさま、書簡の反対側を握った。
豪奢な小箱がガラガラン!と音を立てて床に落ちる。
書簡の引っ張り合いが始まった。
「直接陛下に!」
「何故そこまで陛下に拘る!私が受け取っても変わらないと言っているでしょう!」
「変わるのだ!これがあるからな!」
ブライアンが書簡の裏側をぐっと押す。
すると、何かが勢いよく書簡の中から飛び出した。
サイモンは咄嗟に躱す。
サイモンの顔の横スレスレを飛んでいって、床に落ちたのは……小さな金属製の矢だった。
ブライアンが薄く笑う。
「外したか。残念だ。毒が塗ってあったのに」
演技ではない笑みだ。
──面白がっている。
「女王を静かに仕留めたかったんだがな」
「エルヴィス!」
サイモンは振り向きながら大声で叫んだ。
「分かっている」
小さく答えるエルヴィス。
既に、オリヴィアの前に立っていた。
「射てーっ!」
外交団、一番後方の男が号令をかける。
団の前列の男たちが、隠し持っていた銃や弓矢を取り出して、一斉に射撃した。
「させるかあーっ!」
ルーク率いるエクスカリオン王国騎士団が駆け出す。
射撃隊に突撃し、二発目の発射を防いだ。
放たれた一発目がオリヴィア目掛けて飛んでくる。
「陛下には指一本触れさせません」
エルヴィスはそう呟くと、左手の指を鳴らした。
音に合わせて、植物のツルが何本も地面から生えてくる。
ツルは隣と絡まって太いツルとなり、オリヴィアとエルヴィスを球状に包み込んだ。
ドーン!
攻撃が命中し、煙が上がる。
玉座の後ろの壁が崩れ、火花が飛ぶ。
煙が晴れた後……ツルの球は、無傷のままそこにあった。
シュルシュルとツルが解かれ、中から傷一つないエルヴィスとオリヴィアが現れる。
「ありがとう、エルヴィス」
「当然のことをしたまでです」
エルヴィスがやや身体を傾けてオリヴィアを振り返ると、小さく囁いた。
「さあ、陛下」
エルヴィスが言わんとしていることが、オリヴィアにはすぐに分かった。
大きくゆっくりと頷く。
エクスカリオン王国女王オリヴィアは、その場に響き渡る声で告げた。
「宣戦布告を受けました。その者たちは和睦の使者ではなく敵です。全員捕らえなさい!」
その声は、玉座の間にいる者すべてを制圧した。
王国騎士団たちが、女王の命令に瞬時に顔を引き締め、敬礼する。
すると直後、帝国使節団の一人が特殊な形状の笛を吹いた。
それが合図だったらしく、次の瞬間、外門の方角から地鳴りのような足音が響いた。
開かれた門から、帝国軍が雪崩れ込んでくる。
(内通者がいたか)
閉じていたはずの外門が開けられたことを、エルヴィスは悟る。
王国騎士団も、応戦するために一気に駆け出した。
崩れた壁から火が燃え移る。
炎が乾いたカーテンを瞬く間に呑み込み、焦げ臭いにおいが玉座の間に広がった。
長い戦いの始まりだった。




