3.星彩
「どうしよう、迷うわ……」
「ふふ。ゆっくりお選びください」
カルブンクルス城応接室。
室内にいるのは、女王オリヴィアと、その側近かつ婚約者であるエルヴィス。
そして、マインズ王国の装飾品細工師、セシリア・ペレス。
セシリアは鉱山国家マインズでも名高い宝飾職人で、その腕を求めて王侯貴族が列を成すという。
婚約指輪を作ってほしいというオリヴィアの依頼を受け、海を渡って来たのだ。
今、応接室のテーブルの上には所狭しと宝石が並べられていた。
赤、青、黄、緑、果ては金や銀に見えるものまである。
今二人は、指輪に飾る石を選んでいるところだった。
「どうしよう。どうしたらいいと思う、エルヴィス?」
「お前が着ける指輪なんだからお前が好きなのを選べ」
「選べないから困ってるのに」
口をへの字に曲げるオリヴィア。
セシリアが微笑んだ。
「何かイメージ等があればお手伝い致しますが」
「イメージ……」
オリヴィアが腕を組んで悩み始める。
「何て言ったらいいのかしら……。見たときに、彼を近くに感じられるようなものがいいのだけど」
「エルヴィス様を、ですか?」
「ええ」
セシリアが手を叩いて、明るい声を出した。
「それでは、エルヴィス様の髪か瞳の色の石になさるのはいかがでしょう」
「髪か瞳?」
「ええ。その人を連想しやすい色かと存じます」
オリヴィアは想像した。
自分の左手薬指に着けた指輪。
そこに輝くのは、月明かりのような黄金色か、揺蕩う海のような青い色。
「それにするわ」
気がついたら、オリヴィアの口は返事をしていた。
一度想像したら、オリヴィアの心の中で、もうそれしか考えられなかった。
隣でエルヴィスが眉を上げている。
セシリアがにこやかに言った。
「それでは、髪と瞳、どちらにいたしますか?」
「そうね……」
オリヴィアがエルヴィスの顔をじっと見る。
エルヴィスは顔をしかめて、目を逸らした。
「こっちを見て、エルヴィス」
「嫌だ」
「ねえ、お願い」
「見るな」
エルヴィスが両手で顔を覆う。
「もう!見えないじゃない」
オリヴィアがエルヴィスの指を一本一本剥がす。
そして、とうとうエルヴィスの顔が現れた。
エルヴィスの頬が、赤く染まっていた。
「……見るな」
エルヴィスが耳まで赤くして小さく言う。
このしかめっ面は、気恥ずかしさからくる照れた顔だ。
「……ふふ」
オリヴィアは何だか愛おしくなって笑った。
この目が好きだ。
大きな、パッチリしたつり目。
普段は恥ずかしがり屋なのに、大事なときにはまっすぐ見つめてくれる目。
「この目の色にします」
オリヴィアが言うと、セシリアが頷いた。
石を三種類選んで、テーブルの上に並べて置く。
ほんの少しずつ色味の違う、しかし美しい宝石だ。
「エルヴィス様の瞳の色ですとこの辺りが近いかと思いますが……どれにいたしますか?」
オリヴィアは石とエルヴィスの瞳を何度も見比べた。
エルヴィスはその度に視線を泳がせる。
最終的に、オリヴィアは一つの石を選んだ。
淡い水色が光る石。
波間の煌めきを閉じ込めたような美しい宝石だ。
セシリアがそっと、ケースごと受け取る。
「ブルージルコンですね。安眠を誘い、危険から身を守ってくれると考えられている石です」
それを聞いたオリヴィアが、笑顔でエルヴィスを振り返った。
「エルヴィスみたいな石ね」
「は?……安眠を誘う……?」
「違うわ!危険から守ってくれるほうよ」
ああ、そっちか、とエルヴィスは納得した様子だったが、オリヴィアはこっそりと息を吐いた。
(バレてないわよね……?)
オリヴィアが僅かに頬を赤らめる。
旅の頃の、不安で堪らなかった夜、恐怖が胸を過った夜。
そんな時聞こえてきたエルヴィスの寝息に、オリヴィアはいつも安心して、眠りにつくことができた。
だから「安眠を誘う」も間違っていないのだが……それを言うのは恥ずかしかった。
「エルヴィスは決めたの?」
誤魔化すように尋ねると、「ああ」とエルヴィスは即答した。
「俺のはもう決まってる」
そう言ってエルヴィスが手に取ったのは、深い赤に輝く宝石。
深紅のバラを思わせる、鮮やかな色だ。
「お前にぴったりの石だ」
そう言ってケースごと石をオリヴィアに近づける。
宝石の赤は……オリヴィアの長い赤髪に溶け込んだ。
セシリアが微笑んで言った。
「ルビーですね。愛と情熱の石で、太陽のシンボルとも考えられています」
(愛と情熱……太陽……)
並んだ言葉の偉大さに恥ずかしくなってオリヴィアは目線を逸らすが、その先でエルヴィスと目が合う。
オリヴィアは呼吸が止まったかと思った。
エルヴィスが……微笑んでいたから。
まるで「その通りだ」と思っているかのように。
オリヴィアは急に照れ臭くなって、顔を伏せた。
「石が決まりましたね。それではデザインのほうを考えてまいりましょう」
セシリアが穏やかに笑って言った。




