2.和睦
「……フラットランド帝国から?」
「はい。書簡が届いております」
答えるのは外交を司るロバーツ家当主、アラン・ロバーツ。
オリヴィアは眉根を寄せた。
フラットランド帝国で思い出すのは、あの忌まわしい事件。
第三皇子ケヴィン・フラットランドによる襲撃だ。
オリヴィアが女王として即位してから半年程経った頃。
即位のお祝いという名目でこの国を訪れたケヴィンは、オリヴィアに散々な無礼を働いた挙げ句、その命を狙って暴動を起こしたのだ。
その後捕らえられた彼は母国に送還され、今は永久蟄居の身であると聞く。
「帝国は何と言っているの?」
オリヴィアが尋ねると、アランが目を細めて淡々と答えた。
「昨年の第三皇子による無礼への謝罪と、今後の友好を願って和睦を結ぶために、エクスカリオン王国を訪問したいと言っております。……嫌になるくらい、丁寧な言い回しで」
「嫌になるくらい?」
「ええ。過剰に」
静かな執務室の中、防衛を司るガルシア家当主、隻眼のルーク・ガルシアが憤怒した。
「絶対に受け入れてはなりませんぞ!帝国め、あのときのようにまた我が国を危険に陥れるつもりです!ケヴィン第三皇子が陛下に刃を突きつけたときのことを昨日のことのように思い出せますぞ!」
「まあまあ落ち着いて」
ルークを宥めるのは、側近のサイモン。
紅茶を手渡そうとして断られる。
「しかし素直には受け取りにくいですね。無礼を詫びる気持ちが本当にあるなら、もっと早く来るべきだ」
エルヴィスが冷静に述べた。
「他に何か狙いがあると考えるべきでしょう」
そう言いながらオリヴィアを見ると、神妙な顔つきでオリヴィアは答えた。
「……例えば、私の暗殺とかかしら?」
エルヴィスの眉がぴくりと動く。
あの日の怒号が、オリヴィアの脳裏に甦った。
手に入れられないのなら破壊すると言ったケヴィン。
彼を生んだフラットランド帝国なら、何をしてきてもおかしくない。
「許せん!」
ルークが拳を自分の太ももに打ち付ける。
紅茶をテーブルに置いたサイモンがびくっとした。
エルヴィスが険しい顔をする。
「あり得ますね」
「じゃあ断るんですか?」
サイモンが問うと、アランが首を横に振った。
「謝罪と和睦を断るとなると国際的に絶交に等しい。名分がこれである以上、我が国から拒絶するのは得策ではないでしょう」
「じゃあ脅威を分かっていて受け入れるというのか!私は陛下とこの国を危険に曝すような真似は断固反対だぞ!」
ルークが語気強く言う。
そこだけ温度が上がっているようだ。
エルヴィスが思案顔で呟いた。
「……断って本当に和睦だとまずい。受け入れる姿勢は必要です。ただ、警戒心は隠さなくていい」
「どういうこと?」
オリヴィアが尋ねると、エルヴィスが静かに答えた。
「ケヴィン皇子の暴動という前例があります。もしものための警戒だと言って、こちらも武装して迎えればいいのです。帝国が本当に和平目的なら、武装を見ても抗議しづらい。抗議するなら、むしろ後ろめたい証拠です」
「不必要に敵意を煽るのは……」
「いや!相手にも見えるように武装すべきだ!抑止力にもなる」
アランが渋面を作ったが、ルークはエルヴィスに賛成した。
一同の視線がオリヴィアに集まる。
オリヴィアは一度咳払いをすると、目線を上げて言った。
「フラットランド帝国外交団の訪問を受け入れます。ただし、厳重に警戒した上で。皆もそれを念頭に置いて準備してください」
「はっ」
室内の全員が、オリヴィアに頭を下げる。
それぞれが、来たる客に備えて思案を始めていた。
同刻、フラットランド帝国。
「準備は整いました、殿下」
男は静かに笑った。




