1.誓約
時は少し遡る。
オリヴィアがエルヴィスに公開プロポーズをした翌日、アーロン率いるマインズ王国外交団は帰っていった。
そしてすぐに重臣たちによる緊急会議が開かれる。
議題は、『エルヴィスの今後の扱い』について。
幸い、王を支える四つの名門『四宝』たちの間に、オリヴィアとエルヴィスの婚姻に反対する者はいなかった。
何せ聖剣エクスカリバーが認めた王配なのだから。
しかし、王配となった後も今まで通り政治に参画すべきか──そこでは意見が割れた。
「エルヴィス様の政治的センスは見事ですわ。これからも参画していただくべきです」
賛成するのはデボラ・フォーサイス。
神器『杯』を継ぐ家門の当主だ。
小麦色の豊かな髪が肩で揺れている。
それと、
「実力がある者がそれを発揮する機会を奪われるというのは残念なことですなあ」
隻眼で豪放磊落な武人然とした男、『腕輪』のルーク・ガルシア。
反対に、
「王とその配偶者に同等の権限があっては、国を二分しかねない事態になります」
細目の策士風の男、外交を司る『鏡』のアラン・ロバーツと、
「エルヴィス様がそうとは言いませんが、王配が王を操り内政を乗っ取るといった前例を作ってはなりません」
片眼鏡を掛けた鋭い目付きの男。
財政と技術を司る『指輪』のパトリック・ベイリーは、エルヴィスは王配として政治から手を引くべきと主張した。
(若いのに大したものだ)
ルークが密かに感心する。
(父親が急に当主の座を引退すると言ったときはどうなることかと思ったが……大丈夫そうだな)
白熱した議論を、外野から見守るエルヴィス。
ぎゅっと拳を握る左手を、自身の右手で押さえた。
エルヴィスはもともとオリヴィアの補佐として統治に関与したが、博学多才な彼はその才を政界においても発揮した。
複雑な利害調整も、山積する書類も、鮮やかに捌いていった。
オリヴィアの理想を実現させるために、どういう道を敷けばいいのかが分かる。
この仕事は、彼が初めて『自分の価値』を実感できる場所でもあった。
しかし……会議の流れは反対派に傾く。
エルヴィスはそっと目を伏せた。
(もともと覚悟していたことだ。王配になればこれまで通りにはいかないと分かっていた。甘んじて受け入れるしかない)
しかし、そこに待ったを掛けたのが側近のサイモンだった。
「まあまあ、落ち着いて皆さん。これほど見事な腕を持った男を王配の椅子に閉じ込めるなんて、宝の持ち腐れだと思いませんか?」
そして思いがけず、女王オリヴィアまでもが口を挟んだ。
「お恥ずかしい話だけど……エルヴィスがいないと私、困るわ。だって彼の頭脳は国家に有用だもの。なんとか、今まで通り支えてもらってはだめかしら?」
そして一同の目がエルヴィスに向く。
「「エルヴィス様はどうお考えで?」」
エルヴィスは急に注目が集まって瞬きをする。
「私は……」
本音を言えば、政治へ参加したかった。
しかし、王配が女王に最も近い臣下として内政に参加する……それが、見る者によっては危険な状況に映ることを、エルヴィスは理解していた。
それに、エルヴィスのことを信頼してくれているオリヴィアの姿勢が、一臣下を贔屓する愚王と見られることも堪えられなかった。
(……言えない。自分の欲など)
そう思い、目線を上げたときだった。
女王オリヴィアと目が合った。
にっこりと微笑むオリヴィア。
その眼差しが、正直なエルヴィスの気持ちを聞きたいと言っている。
(……そうだ。俺にはまだやるべきことがある。こいつの、平和で甘っちょろくて夢みたいな理想を実現させるために、こいつの政を隣で支える使命が)
エルヴィスは腹を括った。
「……国政への参画を希望します。公平公正を心掛けますので、引き続き側近として携わることを認めていただけないでしょうか」
深く頭を下げるエルヴィス。
「エルヴィス様!」
慌ててデボラが立ち上がった。
エルヴィスに人一倍敬意を抱いている彼女は、彼に頭を下げられて驚いてしまったようだ。
オリヴィアが、よく通る凛とした声を発する。
「では皆さん、本人の希望もあることだし、公平公正の誓いのもと参画を認めてはどうかしら?誓いに反すると議会に判断されたときは権限を没収するということで」
オリヴィアの言葉に、即座にサイモンが「異議なし!」と答える。
「異議ありませんわ」「異議なし」デボラとルークも続く。
パトリックはちらりとアランを見た。
アランは瞼を閉じると、小さく「……異議なし」と答えた。
それにパトリックも「異議なし」と続いた。
「それでは、エルヴィスには今後王配となった後も『左珠』として辣腕を振るってもらうということで。解散」
オリヴィアの宣言のもと、会議は終了した。
◇◇◇
「……さっきはありがとな」
誰もいなくなった会議室。
オリヴィアが一人窓から外を見ていると、隣に来たエルヴィスがぽつりと言った。
エルヴィスは女王であるオリヴィアに対し、人前では敬語を遣うが、二人きりでは本来の砕けた口調で話す。
オリヴィアは微笑んで首を横に振った。
「ううん。私は私のお願いを言っただけだもの。こちらこそありがとう」
暫しエルヴィスはオリヴィアをじっと見ていたが、やがてふっと小さく笑った。
オリヴィアの鼓動が跳ねた。
普段クールな男の微笑みは心臓に悪い。
自然と、エルヴィスの形の良い唇に目がいった。
思い出すのは昨日の夜のこと。
想いが通じ合ったあの時、二人は初めてキスをした。
愛する人に「愛してる」と言われながら受けるキスは、この上ない幸福で……。
「どうした」
エルヴィスに声を掛けられオリヴィアはハッと意識を取り戻す。
いつの間にか目の前にエルヴィスの顔があった。
「わーっ!」
オリヴィアは慌てて離れる。
全く気がつかなかった。
動悸が激しい。
顔が熱くなってくる。
まさか昨日の口付けのことを考えていたとは、口が裂けても言えない。
「なっ、何でもないです!」
しどろもどろになって言うオリヴィアに、エルヴィスは怪訝な顔をしたが何も言わなかった。
オリヴィアは深呼吸をしながら、いい言い訳を考える。
「……そう、婚約指輪!婚約指輪のことを考えてたの」
「婚約指輪?」
「そう。私たち、結婚の約束をした『婚約』って形になったでしょう?それなら婚約指輪があったほうがいいと思うの!結婚指輪では気が早いけど、結婚するまで指輪がないというのも寂しいじゃない?」
ふと思い付いた言い訳だったが、言ってみると存外良い考えのように思えてきた。
結婚を誓い合った二人の特別な印。
彼との未来を予感させるその指輪は、きっとオリヴィアに多幸感をもたらしてくれるだろう。
ふむ……とエルヴィスは顎に手を当てた。
「……ま、お前が欲しいならやってもいいけど」
エルヴィスが乗り気であることにオリヴィアは内心喜ぶ。
「決まりね!じゃあ今度、指輪のデザインとかの相談をしましょう」
「ああ」
オリヴィアは窓からの日差しを受けながら、晴れやかに笑った。
──その笑顔を曇らせる書簡が届いていることなど知らずに。




