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サイモンは思わずふっと声に出して笑った。

エルヴィスがオリヴィアに手を包まれたまま、顔を真っ赤にして放心していたからだ。

一方のオリヴィアは、輝かしい笑顔を浮かべている。

エルヴィスと想いが通じたことが嬉しくて堪らないのだろう。

緊張の緩みからか、少し涙ぐんでいるようにも見える。


(おめでとう、陛下。おめでとう、エルヴィス)


サイモンの笑みとは裏腹に、会議場は大騒ぎとなった。


「陛下!これは、本気で……!?」

「これは婚約宣言として有効なのか?」

「説明していただきたい!」

「説明が欲しいのはこちらもだ!」


ざわめきは耳に届くが、エルヴィスの手は動かない。

顔だけが異常に熱い。

何が起こったのか理解はしているが、頭がついていかない。

オリヴィアの微笑みが温かく心に沁みる。


オリヴィアの「幸せにする」という言葉が思い起こされた。

堪らなく恥ずかしく、だが舞い上がるような妙な心地で、胸がむず痒くなる。


「陛下は……」


喉から出た声は掠れた。

オリヴィアが小首を傾げる。


「……陛下は、私といて幸せになれるのですか」


言った直後、晴れ晴れとしていた心が少ししぼんだ。

オリヴィアはエルヴィスの罪も罪悪感も全て受け入れて、その上で好きだと言ってくれた。

だが、それとオリヴィアが幸せになれるかどうかは別の話だ。

エルヴィスが「俺が幸せにする」と言えれば良かったのだが、過去が過去だけに易々とは言えなかった。


オリヴィアが緩く首を振った。


「愚問だわ。貴方がいてくれるだけで、私は幸せなの」


エルヴィスの頰が再度火照った。

気恥ずかしくて、思わず顔をしかめてしまう。

そんなエルヴィスを見て、オリヴィアは愉快そうに笑った。


エルヴィスがこほん、と小さく咳払いをした。


「……努力します。貴女が幸せになれるように」

「いてくれるだけでいいって言ってるのに」


その時だった。

マインズ王国側から声が上がった。


「しかし相手は臣下では……?身分は釣り合うのですか?」


サッと空気が変わる。

『四宝』の一人、アラン・ロバーツが声を張った。


「古来より王と家臣の娘の婚姻は行われております。女王と臣下の婚姻も問題ありません」

「しかしフォスター殿は……平民でしょう?貴族で『フォスター家』という名前は聞いたことがありません」

「さすがに平民との婚姻はまずいのではないか?」


さざめきは室内の前から後ろへと伝わっていく。

エクスカリオン王国側『四宝』と、マインズ王国側外交官たちの応酬が始まった。


「エルヴィス様は『左珠』という地位に就く側近です。実権力を持つ方だ。釣り合わないということはあるまい」

「側近であって重臣ではない。平民では後ろ楯がないでしょう。王配となる方がそんな脆弱な立場の方でいいのですか」

「そもそもこれは我が国の問題です。貴国には関係のないことでは?」

「王の配偶者は王と並ぶ国の代表ですぞ。関係ないとは言わせません」

「過干渉です!」


臣下たちの言い合いを見ながら、エルヴィスは……そっと、手を外した。

オリヴィアがハッと瞠目してそれを見る。


「エルヴィス……?」

「……やはり私は、貴女には相応しくない」

「そんな!」


オリヴィアの顔が悲痛に歪む。


「そんなことないわ!」

「聞いたでしょう。私には……貴女と並び立つほどの地盤がない。私と結婚すれば貴女の立場をも揺るがしてしまう」

「この国は剣が王を選ぶのよ?剣が選ぶ限り問題ないわ」

「私を選んだ結果剣に拒まれたらどうするのです!」


エルヴィスの瞳が揺れていた。

オリヴィアはそれを見て悟った。

ああ、彼は……心から私を愛しているのだ、と。


ここで「剣よりも貴方のほうが大切なのだ」と言ったら、エルヴィスは……喜ぶよりも、悲しむに違いない。

自分の幸せよりも、オリヴィアの幸せを望んでいるから。


その時だった。

『四宝』の一人、デボラ・フォーサイスが発言した。


「エルヴィス様の身分に関しては問題ありません。誰よりも高貴な方ですから」


一斉に注目がデボラに集まる。


「どういうことですか?」


デボラは静かにエルヴィスを見た。


「エルヴィス様。このようなことになり申し訳ありません。秘密を……打ち明けさせていただいてもよろしいでしょうか」


オリヴィアがそっとエルヴィスの顔を見る。

エルヴィスは、一度目を閉じると、ゆっくりと瞼を開けた。

覚悟を決めた目だった。


「……ええ」

「ありがとうございます」


デボラがエルヴィスに深く頭を下げる。

すっと一同を見ると、デボラはよく通る声で言った。


「エルヴィス様は、実は……先王の息子、フェリックス・エクスカリオン王子殿下であられます」


どよめきが起こった。

アーロンも目を見開いてエルヴィスを見ている。


「なんと……!魔王の襲撃で当時の王族は皆殺しにされたと聞いていたが……」

「生きていらっしゃったのか!」


ざわめきの中、「いや、待て!」と異議を唱える声が上がった。


「それならどうして今まで名乗りでなかったのだ。何故女王の側近などしている」

「偽物なのではないか?」

「本物だという証拠を示せ!」

「不敬な!」


エルヴィスを信じる者と疑う者で意見が真っ二つに割れる。

主張したデボラも悔しそうだ。

オリヴィアがすーっと深く息を吸った。


「……証拠なら示せます」


凛とした声は、大きくなかったのに部屋中に届いた。

しん……と室内が静まり返る。

オリヴィアはすっと右手を上げた。


「サイモン、聖剣を運んできて」

「はっ」


サイモンが足早に部屋から出ていった。


「エルヴィスは元王族。今はその身分を捨てていても、その身に流れる血は本物です。聖剣エクスカリバーを抜けるのは王だけ。彼は抜くことはできませんが……触れることはできる」


ざわりと一同に衝撃が走った。

マインズ王国側には首を傾げる者もいる。


「通常は触れることもできないものなのですか?」

「そうです。特に拒まれているものは近づいただけで弾かれます」

「触れられるということがどれだけ異常なことか……」


サイモンが戻ってきた。

二人の侍従と共に、聖剣を台座ごと運んでいる。

剣に触れることはできないからだ。


「陛下、お持ち致しました」

「ありがとう」


オリヴィアはくるりとエルヴィスのほうを向いた。


「エルヴィス」

「……はい」


こつ、とエルヴィスがエクスカリバーに歩み寄った。

厳かな雰囲気を放つ聖剣。

エルヴィスがそっと手を伸ばす。

柄に……触れた。


皆がざわめいた。

エルヴィスはそのまま、柄を握る。

上に引くが……剣は動かなかった。


デボラが声を張る。


「皆様、ご覧になったでしょう?エルヴィス様はフェリックス殿下ですわ!」


ざわめきは続いているが、反論の声は上がらない。


オリヴィアが聖剣に近づいたので、エルヴィスは手を放して離れた。

オリヴィアが聖剣の柄を握る。


「エルヴィスも柄を取って」


オリヴィアが言うと、エルヴィスは顔に困惑の色を浮かべた。


「何を仰います」

「一緒に抜きましょう」

「バカな」


エルヴィスは眉を寄せた。


「選ばれていない私が触れては抜けませんよ」

「やってみなきゃ分からないじゃない。ほら、握って」

「今ここで冒険しなくても……」


渋々ながらエルヴィスは手を添える。

本当は嫌だった。

自分が触れてはこの剣は抜けない。

そのことによって、本当は王の資格があるのに、オリヴィアが王に相応しくないのではと言われるのが嫌だった。

だがオリヴィアは全く気にしていない。


「さあ、抜くわよ」

「はい……」


二人が手に力を込める。

全員の目がエクスカリバーに注目する。

オリヴィアとエルヴィスが手を上に動かすと……聖剣は、台座からするりと抜けた。


皆が目を見開いた。

エルヴィス自身も絶句していた。

剣は、目映い光を放った。

近くにいた者が思わず目を瞑る。


「……一人で抜いたときより、抜きやすかったわ」

「陛下」


オリヴィアが戸惑い顔のエルヴィスを見て、柔らかく微笑む。


「やっぱりね。貴方は、王配として聖剣に選ばれているのよ。王と共に歩む者として」


その言葉に、エルヴィスが静かに瞠目した。


パチパチと拍手の音が聞こえる。

見ると、その音の発信源はアーロンだった。


「聖剣エクスカリバーは王としてオリヴィア女王陛下を、そしてその配偶者としてエルヴィス殿を選んだ。もう、何も言うことはありません」


マインズ王国第二王子がそう言ったことで、糾弾していた外交官たちも口を噤んだ。

アーロンの拍手に、ジョンも拍手を重ねる。

拍手の連鎖は広がっていき、部屋中の者が拍手をして二人を称えた。

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