24.承認
サイモンは思わずふっと声に出して笑った。
エルヴィスがオリヴィアに手を包まれたまま、顔を真っ赤にして放心していたからだ。
一方のオリヴィアは、輝かしい笑顔を浮かべている。
エルヴィスと想いが通じたことが嬉しくて堪らないのだろう。
緊張の緩みからか、少し涙ぐんでいるようにも見える。
(おめでとう、陛下。おめでとう、エルヴィス)
サイモンの笑みとは裏腹に、会議場は大騒ぎとなった。
「陛下!これは、本気で……!?」
「これは婚約宣言として有効なのか?」
「説明していただきたい!」
「説明が欲しいのはこちらもだ!」
ざわめきは耳に届くが、エルヴィスの手は動かない。
顔だけが異常に熱い。
何が起こったのか理解はしているが、頭がついていかない。
オリヴィアの微笑みが温かく心に沁みる。
オリヴィアの「幸せにする」という言葉が思い起こされた。
堪らなく恥ずかしく、だが舞い上がるような妙な心地で、胸がむず痒くなる。
「陛下は……」
喉から出た声は掠れた。
オリヴィアが小首を傾げる。
「……陛下は、私といて幸せになれるのですか」
言った直後、晴れ晴れとしていた心が少ししぼんだ。
オリヴィアはエルヴィスの罪も罪悪感も全て受け入れて、その上で好きだと言ってくれた。
だが、それとオリヴィアが幸せになれるかどうかは別の話だ。
エルヴィスが「俺が幸せにする」と言えれば良かったのだが、過去が過去だけに易々とは言えなかった。
オリヴィアが緩く首を振った。
「愚問だわ。貴方がいてくれるだけで、私は幸せなの」
エルヴィスの頰が再度火照った。
気恥ずかしくて、思わず顔をしかめてしまう。
そんなエルヴィスを見て、オリヴィアは愉快そうに笑った。
エルヴィスがこほん、と小さく咳払いをした。
「……努力します。貴女が幸せになれるように」
「いてくれるだけでいいって言ってるのに」
その時だった。
マインズ王国側から声が上がった。
「しかし相手は臣下では……?身分は釣り合うのですか?」
サッと空気が変わる。
『四宝』の一人、アラン・ロバーツが声を張った。
「古来より王と家臣の娘の婚姻は行われております。女王と臣下の婚姻も問題ありません」
「しかしフォスター殿は……平民でしょう?貴族で『フォスター家』という名前は聞いたことがありません」
「さすがに平民との婚姻はまずいのではないか?」
さざめきは室内の前から後ろへと伝わっていく。
エクスカリオン王国側『四宝』と、マインズ王国側外交官たちの応酬が始まった。
「エルヴィス様は『左珠』という地位に就く側近です。実権力を持つ方だ。釣り合わないということはあるまい」
「側近であって重臣ではない。平民では後ろ楯がないでしょう。王配となる方がそんな脆弱な立場の方でいいのですか」
「そもそもこれは我が国の問題です。貴国には関係のないことでは?」
「王の配偶者は王と並ぶ国の代表ですぞ。関係ないとは言わせません」
「過干渉です!」
臣下たちの言い合いを見ながら、エルヴィスは……そっと、手を外した。
オリヴィアがハッと瞠目してそれを見る。
「エルヴィス……?」
「……やはり私は、貴女には相応しくない」
「そんな!」
オリヴィアの顔が悲痛に歪む。
「そんなことないわ!」
「聞いたでしょう。私には……貴女と並び立つほどの地盤がない。私と結婚すれば貴女の立場をも揺るがしてしまう」
「この国は剣が王を選ぶのよ?剣が選ぶ限り問題ないわ」
「私を選んだ結果剣に拒まれたらどうするのです!」
エルヴィスの瞳が揺れていた。
オリヴィアはそれを見て悟った。
ああ、彼は……心から私を愛しているのだ、と。
ここで「剣よりも貴方のほうが大切なのだ」と言ったら、エルヴィスは……喜ぶよりも、悲しむに違いない。
自分の幸せよりも、オリヴィアの幸せを望んでいるから。
その時だった。
『四宝』の一人、デボラ・フォーサイスが発言した。
「エルヴィス様の身分に関しては問題ありません。誰よりも高貴な方ですから」
一斉に注目がデボラに集まる。
「どういうことですか?」
デボラは静かにエルヴィスを見た。
「エルヴィス様。このようなことになり申し訳ありません。秘密を……打ち明けさせていただいてもよろしいでしょうか」
オリヴィアがそっとエルヴィスの顔を見る。
エルヴィスは、一度目を閉じると、ゆっくりと瞼を開けた。
覚悟を決めた目だった。
「……ええ」
「ありがとうございます」
デボラがエルヴィスに深く頭を下げる。
すっと一同を見ると、デボラはよく通る声で言った。
「エルヴィス様は、実は……先王の息子、フェリックス・エクスカリオン王子殿下であられます」
どよめきが起こった。
アーロンも目を見開いてエルヴィスを見ている。
「なんと……!魔王の襲撃で当時の王族は皆殺しにされたと聞いていたが……」
「生きていらっしゃったのか!」
ざわめきの中、「いや、待て!」と異議を唱える声が上がった。
「それならどうして今まで名乗りでなかったのだ。何故女王の側近などしている」
「偽物なのではないか?」
「本物だという証拠を示せ!」
「不敬な!」
エルヴィスを信じる者と疑う者で意見が真っ二つに割れる。
主張したデボラも悔しそうだ。
オリヴィアがすーっと深く息を吸った。
「……証拠なら示せます」
凛とした声は、大きくなかったのに部屋中に届いた。
しん……と室内が静まり返る。
オリヴィアはすっと右手を上げた。
「サイモン、聖剣を運んできて」
「はっ」
サイモンが足早に部屋から出ていった。
「エルヴィスは元王族。今はその身分を捨てていても、その身に流れる血は本物です。聖剣エクスカリバーを抜けるのは王だけ。彼は抜くことはできませんが……触れることはできる」
ざわりと一同に衝撃が走った。
マインズ王国側には首を傾げる者もいる。
「通常は触れることもできないものなのですか?」
「そうです。特に拒まれているものは近づいただけで弾かれます」
「触れられるということがどれだけ異常なことか……」
サイモンが戻ってきた。
二人の侍従と共に、聖剣を台座ごと運んでいる。
剣に触れることはできないからだ。
「陛下、お持ち致しました」
「ありがとう」
オリヴィアはくるりとエルヴィスのほうを向いた。
「エルヴィス」
「……はい」
こつ、とエルヴィスがエクスカリバーに歩み寄った。
厳かな雰囲気を放つ聖剣。
エルヴィスがそっと手を伸ばす。
柄に……触れた。
皆がざわめいた。
エルヴィスはそのまま、柄を握る。
上に引くが……剣は動かなかった。
デボラが声を張る。
「皆様、ご覧になったでしょう?エルヴィス様はフェリックス殿下ですわ!」
ざわめきは続いているが、反論の声は上がらない。
オリヴィアが聖剣に近づいたので、エルヴィスは手を放して離れた。
オリヴィアが聖剣の柄を握る。
「エルヴィスも柄を取って」
オリヴィアが言うと、エルヴィスは顔に困惑の色を浮かべた。
「何を仰います」
「一緒に抜きましょう」
「バカな」
エルヴィスは眉を寄せた。
「選ばれていない私が触れては抜けませんよ」
「やってみなきゃ分からないじゃない。ほら、握って」
「今ここで冒険しなくても……」
渋々ながらエルヴィスは手を添える。
本当は嫌だった。
自分が触れてはこの剣は抜けない。
そのことによって、本当は王の資格があるのに、オリヴィアが王に相応しくないのではと言われるのが嫌だった。
だがオリヴィアは全く気にしていない。
「さあ、抜くわよ」
「はい……」
二人が手に力を込める。
全員の目がエクスカリバーに注目する。
オリヴィアとエルヴィスが手を上に動かすと……聖剣は、台座からするりと抜けた。
皆が目を見開いた。
エルヴィス自身も絶句していた。
剣は、目映い光を放った。
近くにいた者が思わず目を瞑る。
「……一人で抜いたときより、抜きやすかったわ」
「陛下」
オリヴィアが戸惑い顔のエルヴィスを見て、柔らかく微笑む。
「やっぱりね。貴方は、王配として聖剣に選ばれているのよ。王と共に歩む者として」
その言葉に、エルヴィスが静かに瞠目した。
パチパチと拍手の音が聞こえる。
見ると、その音の発信源はアーロンだった。
「聖剣エクスカリバーは王としてオリヴィア女王陛下を、そしてその配偶者としてエルヴィス殿を選んだ。もう、何も言うことはありません」
マインズ王国第二王子がそう言ったことで、糾弾していた外交官たちも口を噤んだ。
アーロンの拍手に、ジョンも拍手を重ねる。
拍手の連鎖は広がっていき、部屋中の者が拍手をして二人を称えた。




