23.決壊
エルヴィスは眼前のオリヴィアを呆然と見ていた。
(今……こいつは何て言ったんだ?)
言葉の意味は分かるが、それがオリヴィアの口から出てきたという事実が理解できない。
困惑で眉が歪む。
いや、それよりも、『これ』はアーロンの問いへの答えになってしまっている。
撤回させなければ。
女王の臣下への告白を『戯れ』にしなければならない。
「……冗談はやめてください、陛下」
努めて沈着な顔で、落ち着いた声で言うと、目の前のオリヴィアはその紫の瞳を悲しそうに揺らした。
つき、とエルヴィスの胸に何か鋭いものが刺さる。
オリヴィアがそんな顔をする理由が分からない。
……まさか冗談なんかじゃないとでもいうのか。
「私は戯れで言ってるんじゃないわ、エルヴィス。本気なの。旅の頃から、ずっと」
「……ずっと?」
「ええ。エルヴィスは……気付いていなかったかもしれないけど。旅の間、何度も私を助けてくれたでしょう。エルヴィスがいなかったら今の私はいなかった」
冷静を努めていたエルヴィスの仮面が、思わず外れかけた。
──それこそ冗談はよしてくれ!
確かにオリヴィアは、自分なしでは女王の地位に就けなかったかもしれない。
あまりにもお人好しで、臆病だったから。
だがだからといって、オリヴィアが女王となったのは自分が助けた結果ではない。
自分が、己の復讐のためにオリヴィアを利用してきた結果だ。
誰でも分かるはずなのに、底抜けにお人好しな彼女は、そこに善なるものがあったと信じている。
そんなところが堪らなく眩しくて……見ていると苦しい。
「……謙虚なのは陛下の美徳ですが、あまりご謙遜なさると損をしますよ」
確かにエルヴィスの導きによってオリヴィアはここまで来た。
しかし、エルヴィスの復讐心に飲まれず、エルヴィスや他の苦しむ人々のために魔王を討ったのは、間違いなくオリヴィア自身の力だ。
……導き手は、自分でなくても良かった。
エルヴィスは言外に、その思いを匂わせる。
もうこれ以上、彼女を傷つけたくない。
そんなエルヴィスに、オリヴィアは力強くきっぱりと言った。
「いいえ!貴方の力よ。貴方の知恵と強さ、そして優しさのおかげで……ここまで来たの。……資格がないって言ったわね。私を利用した自分には、問いに答える資格がないって」
あの星月夜のことだ。
オリヴィアは「私が結婚したらエルヴィスはどういう気持ちになるか」と尋ねた。
浅ましい感情はこの胸にある。
しかし、それを露にするなどとてもできなかった。
「貴方は自分を責めてる。私に罪悪感を持っている。……エルヴィスが優しいからよ」
「違います」
「違わないわ。じゃなきゃこんなに、苦しそうな顔なんかするわけないじゃない」
ハッとエルヴィスは思わず自分の頬に触れた。
感情を押し隠していたつもりだった。
できていなかったのか。
それとも、彼女には分かってしまうのか。
「貴方は私に罪悪感なんて抱く必要ないのよ。エルヴィスが『利用した』と言っていることは、全て私にとって『救い』だった。それでも利用だと言うなら……私だって同じだわ。私も領地を救う必要があった。だからエルヴィスを利用した。お互い様よ」
「違います、陛下……!」
それは何て優しい『利用』なんだ。
自分の魂胆は、決してそんな純粋なものではなかった。
口から出ることを許されない葛藤が、エルヴィスの喉に引っ掛かって詰まる。
その時、温かいオリヴィアの手が、エルヴィスの両手をきゅっと包み込んだ。
エルヴィスの意識が、喉から瞬時に手の温もりに移る。
包まれた手から、そっと顔を上げると、目の前のオリヴィアと目が合った。
彼女の紫色の目は、まっすぐエルヴィスを見つめていた。
この眼差しを知っていた。
旅の途中、何度も目にした。
誰かを助けると決めたとき。
誰かを守ると決めたとき。
彼女の覚悟が決まったときの、強い信念の宿った目。
「エルヴィスが好きよ。強くて、賢くて、そして……優しい貴方が大好き。必ず貴方を幸せにするわ。結婚してください」
突然のプロポーズに、固唾を飲んで動向を見守っていた周囲が再びどよめいた。
そのざわめきはエルヴィスの耳にも届いていたが、どうすることもできなかった。
女王の側近として、本来ならばこの騒動を丸く収めなければならなかった。
自分が言うべき台詞や取るべき行動は、考えればすぐに分かるはずだ。
しかし、全く頭が働かない。
こんなことは初めてだった。
外野はざわざわしているが、自分とオリヴィアの二人の周りの空間だけはとても静かだ。
……夢でも見ているのだろうか。
喉が熱かった。
心臓が聞いたことないくらい早く拍動していて、胸を突き破って出てきそうだった。
拒絶しなければならないはずなのに、もう言葉が見つからない。
正面のオリヴィアの瞳から目が離せなかった。
強い意思の宿った、美しい目。
「……はい」
エルヴィスの口から、勝手に返事が転がり出た。
だが、エルヴィスはその答えが嫌ではなかった。




