22.羨望
ふつ、と嫉妬にも似た感情がアーロンに湧いた。
なぜ、我々はこんなにも違う。
女王と王子。
同じ王族なのに、どうしてここまで……彼女は自由で、自分は窮屈なのか。
この和平条約案は父王の命令だった。
王族として国の役に立てと。
父王は婚姻という形にこだわった。
第二王子である自分は、他国へ婿入りし、その中枢へ食い込む駒として使える。
自分の意思など必要ない。
ただ王の命に従うだけだった。
母国に身を捧げ、人生を捧げ、命を捧げる。
そこに自分の意思など必要ない。
女王との婚姻に乗り気でなくとも、自分が他国の領土に興味がなくても、『王』には関係ないのだ。
『駒』はただ、それに従うのみ。
それが当然だと思っていた。
だが……目の前の彼女はどうだ。
何にも縛られず、その紫の目に宿る意志は強く光り輝いている。
彼女が従うのは、己の心のみ。
自分が……とうの昔に失ったものだ。
胸の奥からほんの少し顔を覗かせた意地の悪さが、笑みを浮かべたアーロンの口から出た。
「……王族でも叶わない幸運の持ち主が羨ましいですね」
その台詞にエルヴィスの頭が激しい警鐘を鳴らした。
アーロンは言外に牽制している。
意訳すれば『王族である自分が断られたのに、まさかその相手は他国の王族だったりしないだろうな?』といったところだ。
自分は縁談を諦めて別の形で和平条約調印を行ったのに、その相手が他国と婚姻を結んだとなれば面白くないだろう。
エルヴィスはいよいよこの会話を強制的に打ち切るかどうか悩んだ。
オリヴィアの返答次第だ。
(ちゃんと意味が分かってればいいが……。うっかり他国の王公貴族の名前を挙げようものなら、たった今結んだばかりの和平条約がパーだぜ)
オリヴィアの想い人が誰なのかは知らなかった。
だが、それを追及する権利をエルヴィスは持たない。
彼女を散々利用し、傷つけ、その挙げ句に浅ましい感情を抱くなど。
一臣下として許されないことだ。
オリヴィアが誰に想いを寄せていてもいい。
自分にできるのは……その恋路を守ることだけ。
「……あなた方には、教えておかなければいけませんね」
オリヴィアの呟きに、その場にいる者全ての注目が集まった。
しんと静まり返った部屋の中、オリヴィアが立ち上がり、椅子が引かれる音、歩く靴の音が異様に響く。
(何をする気だ……?)
エルヴィスが唾を呑み込む。
コツ、コツ、という音が続く。
靴音は少しの間続くと、やがてピタリと止まった。
──金髪碧眼の側近、エルヴィスの目の前で。
「私が好きなのは貴方です。エルヴィス」
一瞬、空気が止まる。
直後、周囲が一斉にざわめいた。
当然だ。
他国の貴賓もいる前で、王が愛の告白をするなど聞いたこともない。
ましてや相手は側近とはいえ臣下だ。
サイモンはさっと周囲に目を配る。
ジョンは驚愕で口をぽかんと開け、その隣のアーロンは笑んだ口元のまま、目は鋭くエルヴィスを注視している。
後ろの外交官たちは動揺を隠しきれていない。
そして当のエルヴィスを見ると……彼は、その目をまん丸く見開き、口を半開きにして目の前のオリヴィアを見ていた。
常に冷静で周囲の警戒を怠らない彼が、他国の人間もいる前で無防備に呆気にとられている様子は、大変貴重と言えた。
フッと笑いそうになるのをこらえるサイモン。
(まさか全く想像もしていなかったというのかい?そうだとしたら鈍すぎる)
オリヴィアのエルヴィスへの好意は、端から見ているだけでも明らかだった。
一方でエルヴィスは、常にオリヴィアとの間に一線を引き、一定以上距離が縮まらないようにしていた。
それが意識的になのか、無意識でなのかは分からないが。
そして、あくまでもサイモンの見た印象ではあるが、エルヴィスは「オリヴィアが自分に想いを寄せることなどあり得ない」と考えているようだった。
(だけどまあ……潮時だよ。陛下が覚悟を決めたからね。エルヴィスも観念したらどうだい)




