21.波紋
「差し支えなければお伺いしたいのですが」
声を発したのは、長テーブルを挟んだ向こう側、オリヴィアの正面に座ったアーロン。
調印が終わり、安堵が漂っていた部屋の空気が変わる。
オリヴィアはきょとんと、エルヴィスは警戒してアーロンを見た。
アーロンはにこやかに、世間話のように言った。
「女王陛下が今回の縁談をお見送りになったのは、もう既に決まったお相手がいらっしゃるからなのでしょうか?それとも、この先ご結婚はされないというお考えでいらっしゃいますか?」
(……最後になんて爆弾を投げやがる)
エルヴィスは口角がひきつりそうになるのを、顔の筋肉に力を込めて押し込んだ。
これに返答すれば、オリヴィアが公式に自分の婚姻について意向表明したことになる。
今回の結婚話を蹴るためにした努力の全てが水の泡だ。
どちらと答えてもオリヴィアの将来は決まる。
仮に相手がいると言えば、その相手は誰なのか追及されるだろう。
その名前を口にしたが最後、何がなんでもその相手と結婚しなければならなくなる。
反対に、結婚するつもりはないと答えれば、オリヴィアは一生独身でいなければならない。
……どちらにせよ、将来オリヴィアが望む伴侶が現れても、結ばれることはなくなる。
(ふざけやがって。自分が結婚できなかったからって封じ込めに来やがった。答える必要なんかねえ。うまく濁して逃げろ)
エルヴィスは斜め前の椅子に腰かけるオリヴィアに念を送る。
だがそんなことは露知らず、オリヴィアが口を開いた。
オリヴィアの凛とした声が室内に響いた。
「心に決めた人がいます」
途端に周囲がざわめいた。
いつも飄々としているサイモンも、笑んだ口のまま固まっている。
エルヴィスは変わらず無表情を貫いていたが、その下では激しく狼狽していた。
(おい、何を考えてる!?……心に決めた相手だと……!?いや、落ち着け。感情的になるな。今考えるべきはこの状況の打開策)
頭の中で目まぐるしく計算を始める。
絶対に明確な答えを出させてはだめだ。
求められたらうまく流すか話をすり替えるか、それとも植物のツルで窓でも割って注意を逸らすか……。
そんなエルヴィスの頭の中など知らず、両国元首の危うい会話は続く。
「それは……フィアンセがいらっしゃるということでしょうか?」
「いいえ、フィアンセではありません。その方にまだ気持ちを伝えていないので。でも、私にはその人しか考えられないのです」
アーロンが興味深げにオリヴィアを見た。
この美貌の女王は片思いをしていると自ら宣言している。
そしてその片思いに、自分の婚姻、すなわち人生を賭けている。
それは国の運命にも影響しかねないというのに。
アーロンは慎重に、しかし隠しきれない好奇心を滲ませて問いを重ねた。
「失礼な話になってしまうのですが……もし仮に陛下がお気持ちをお伝えになって、断られた場合はどうなさるのですか?」
オリヴィアは何にも怯まなかった。
変わらずまっすぐ伸びた姿勢、芯の強さが宿った目。
凛とした声で、オリヴィアは言った。
答えなど最初からそれしかないように。
「そのときは独り身で生きていくだけです」
「……!」
アーロンの身体に衝撃が走った。
普通の王族では考えられない返答だった。
国の存続のために、王族は圧倒的な武力を手に入れるか、周囲の国との調和を続けていかなければならない。
王族の婚姻は調和のための重要なカードだ。
それを、この女王は自分の想い人のために捨てようとしている。
成就の保証などどこにもないというのに。
信じられないほど純粋なのか、とてつもない阿呆なのか。
……聖剣が王を選ぶと言われるこの国なら、許される考えなのか。




