17.動揺
「出揃った提案内容としてはこんな感じだ」
「ありがとう、エルヴィス」
オリヴィアが提出された和平条約交渉の草案に目を通す。
「すごいわ、これ。エルヴィスとサイモンが考えたの?」
「アランにも協力してもらってる」
「皆に感謝ね」
オリヴィアが満足そうにフフッと笑う。
エルヴィスも小さく微笑んだ。
オリヴィアが婚姻を断るための条約案だ。
手抜かりはない。
だが、続いたオリヴィアの言葉で空気が一変した。
「特にこの案とか双方にとって良いわよね。これは私が婚姻を蹴った場合の案になるわけだけど……婚姻を受けた場合も採用できるかしら?」
どくん、とエルヴィスの心臓が大きく拍動した。
「……は?」
エルヴィスは、自分の口から出てきた声の低さに自分で驚いた。
オリヴィアも目を見開いている。
「……エルヴィス?」
「……お前は結婚を蹴るって言っただろ?だからこれを考えたのに何言ってんだ?」
言いたくないのに、口が止まらない。
勝手に低い声が喉を震わせて出てくる。
「例えばの話よ。断るつもりだけど、例えば受けるとしたら……」
エルヴィスがぎゅっと拳を握った。
机を叩かないように堪えるのに必死だった。
身体が、暴れようとしている。
血が出るほど固く握りしめられた手を見て、オリヴィアが言葉を呑み込んだ。
「……ごめんなさい。せっかく考えてくれたのに、軽率だったわ」
「……違う」
「えっ?」
エルヴィスの喉が上下する。
「……そういうことじゃねえ」
エルヴィスが、静かに握りしめた拳を机の上に置いた。
険しい顔で唯一、唇が震える。
言葉を伝えようとしているのか、とどめようとしているのか。
「……」
「……エルヴィス?」
「……何でもない。頭冷やしてくる」
エルヴィスはくるりと背を向けると、足早に執務室から去っていった。
オリヴィアは、先程のエルヴィスの苦悶の表情を思い出していた。
(エルヴィスは……何を言いたかったのかしら……?)
思案してもその答えは分からなかった。
誰もいない手近な仮眠室に入るエルヴィス。
ドアを閉めると、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。
(……俺は、バカか!)
危なかった。
もう少しで、一臣下として言ってはいけない言葉を言うところだった。
嫉妬と独占欲に塗れた言葉を。
──俺の前で他の男との結婚の話なんかするな。
ばんっと自分の太ももを叩く。
(あいつの縁談相手に嫉妬するなんて何考えてんだ!俺はその立場にないっていうのに……)
恋とは厄介だ。
自覚してから所構わず暴れだしている。
理性も何もかも置き去りにして。
(……サイモンは俺の悪い部分も含めて、オリヴィアは俺を必要としているといった。だが……さすがにこんな醜い感情は含まれないはずだ)
傷つけておきながら、大切にしたいと言う。
資格がないと言いながら、恋をする。
許せないと言いながら、暴れてまた同じことをしようとする。
己の矛盾が理解できないし、受け入れられない。
心は平静ではなかった。
だが求められているのは冷静なエルヴィス。
エルヴィスはなんとか、落ち着きを取り戻そうとする。
エルヴィスは乱れた髪を流し、深く深呼吸をして、息を整えた。
目を瞑って開けたときには……いつもの、冷静沈着なエルヴィスがそこにいた。
(オリヴィアがまた婚姻のことを口にしても、もう嫉妬で揺らいだりしない。大丈夫だ)
そう思った瞬間、胸の奥が小さく軋む。
だがそれには気付かないふりをして、エルヴィスは背筋を伸ばすと、鍵を開けて仮眠室から出ていった。




