16.救済
ノックする音が響く。
「僕だけど。エルヴィスいる?」
「『ぼく』って知り合いはいない。帰れ」
「冷たいなあ。サイモン・ロバーツに決まってるじゃないか。入れておくれ」
「チッ……入れ」
「今舌打ちした?」
軽口を叩きながらエルヴィスの執務室に入るのは、彼と同じく側近の地位にあるサイモンだ。
エルヴィスは机に向かって和平条約の代替案を出しているところだった。
入ってきたサイモンをじろりと睨む。
「今暇はないはずなんだがな」
「暇つぶしにきたわけじゃないよ。ちゃんと用事があって来たのさ」
「何だ」
サイモンは手に持っていた資料を出して、エルヴィスと話し込む。
方針が決まったところで、サイモンがエルヴィスに尋ねた。
「……ホッとしたかい?」
「何にだ」
「陛下が結婚しないことにさ」
「……」
エルヴィスが羽根ペンの動きを止めて、ため息を吐く。
「この間から何なんだお前は」
「心配してるんだよ、エルヴィスのことを」
「……は?」
怪訝な顔でエルヴィスがサイモンを見る。
「お前ならともかく俺が心配かけるようなことなんてない」
「いや、あるよ。例えばエルヴィスが元王子であることとかね」
「……気付いてたのか」
「これでも『四宝』の一族だからね」
エルヴィスが黙り込む。
サイモンが慎重に続けた。
「陛下の結婚の話になると反応が変になるよね。陛下に気持ちを伝えられないのは、その辺が関係してたりする?」
「……大まかに言えばそうだ。細かく言えば違う」
「じゃあ細かく教えてよ」
「お前に教える義理はない」
ペンを動かし始めるエルヴィスを見ながら、サイモンは壁際にあった椅子を机の近くに運んできた。
腰かけたサイモンを、エルヴィスが顔をしかめて見る。
「何で居座る」
「教えてよ。つらそうな陛下も、つらそうなエルヴィスも見てられないよ」
「……」
再び羽根ペンの動きが止まる。
「……つらそうだって?」
「ああ。僕にはそう見える」
「……俺が教えれば何か変わるのか」
「僕はそう思ってる」
エルヴィスは暫し逡巡している様子だったが、やがて重い口を開いた。
「……旅の間、俺は陛下を傷つけることをした。だから俺には想いを伝える資格がない」
「それに対して陛下は何て言ってるの?当然話したんだろ?」
「……自分にとっては救いだったから気にしないと言われた」
「じゃあいいじゃないか」
「何を言ってる」
エルヴィスがぎゅっと羽根ペンを握りしめた。
折れそうなほど拳に力を入れている。
「本人がいいと言ったからよくなるわけではないだろ。これは俺が背負っていく罪だ」
「そうやって自分を責め続けるのやめなよ。誰も救われないよ」
「うるさい」
エルヴィスが空いた手で前髪をぐしゃりと潰す。
苛立ちや葛藤が込められているようだった。
「自分を許して受け入れることが、エルヴィスのためにも陛下のためにもなるよ」
「黙れ。お前に何が分かる」
「見てれば分かるさ。陛下が望んでること」
「なに……?」
動きを止めてサイモンを見たエルヴィスに、サイモンはやや呆れたようにため息を吐いた。
「エルヴィスは直接言われたのに分からないのかい?陛下は自分を救う美しいだけの英雄が欲しかったわけじゃない。陛下が欲しいのは、かっこよくて強いだけじゃなくて、悪い部分も持ってて、それでも自分を傍で支えてくれる……」
サイモンの緑色の目が、エルヴィスを見つめる。
「君自身だよ」
「……」
エルヴィスは何も言えなかった。
オリヴィアとサイモンの言葉が何度も反芻される。
「でも……俺は……」
エルヴィスの声が震えた。
「……俺が許せない。たとえ陛下が許しても」
サイモンがそっと、静かに言った。
「それでもいいんじゃない。そんな君も含めて、陛下は君を大切にしてるよ」
エルヴィスは左手を顔に当て、フッと笑った。
「適当なことばっか言いやがって」
何故か、先程までより呼吸は楽になった。




