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13.婚姻

「えっ?これ……どういうこと?」

「見た通りです」


オリヴィアの戸惑いに、エルヴィスが素っ気なく返す。

オリヴィアがその紫の目を揺らしながら見ていたのは、マインズ王国からの書簡──婚姻による和平条約の申し出だった。



昨今のエクスカリオン王国は、情勢が落ち着いていた。

女王であるオリヴィアのもとに皆一丸となって団結し、魔王に荒らされた地域も復興を始めていた。


それまでエクスカリオン王国の動向を慎重に見守っていた近隣諸国も、王国との関係構築に向けて動きを見せ始めた。

友好国はこれまで通りの交流を続けるため、そして距離を置いていた国は新たに友誼を結ぶために。

その中の一つが、今、オリヴィアの手の中にある婚姻の申し出だった。


「どうしよう……」


困り顔で目線を上げるオリヴィア。

その先にいるのは男二人。

『左珠』であるエルヴィスと、『右笏』であるサイモンだった。


「女王ですからね。政略結婚も当然和平交渉の選択肢として出てくるでしょう」


エルヴィスが冷静に述べる。

手元の資料をめくりながら続けた。


「アラン・ロバーツによれば、マインズ王国は軍事力が高くなく、鉱石の取引で生き長らえてきた国のようです。しかし鉱山の採掘可能な量があと数十年で尽きるのを鑑みて、今後は縁談により国交を強化しようとしているようです」


アラン・ロバーツは外交を司る『四宝』の『鏡』ロバーツ家の当主だ。

サイモンの父親でもある。


「陛下はどうしたいの?」


サイモンがオリヴィアに尋ねる。

オリヴィアは何かを言おうとして、口を噤んだ。

……この気持ちは言えない。


俯いたオリヴィアに、エルヴィスが言った。


「マインズ王国は長らく内政が安定していて平和な国です。また、鉱石はもうじき尽きますが、かの国は鉱石を使った加工技術にも目を見張るものがあります。国交を結んでおいて損はないかと」


その言葉に、オリヴィアが顔を上げた。

その表情が、どこか傷ついたように見える。


「……エルヴィスは、この婚姻に賛成ってこと?」

「反対はしません」

「……」


オリヴィアの胸がちくりと痛んだ。


(……本当に、私のことなんて眼中にないのね)


オリヴィアにとっては一生が懸かった重大イベント。

だがエルヴィスは、その相手に、オリヴィアが見たことも会ったこともない他国の王子を勧めてくる。

政治分野にも明るいエルヴィスはその人物の人となりを知っているのかもしれないが、オリヴィアは不安だ。

所詮王や王族の結婚なんてそんなものだと、割りきっているのだろうか。


そんなオリヴィアの胸の内を知ってか知らずか、エルヴィスが続ける。


「逆に、過度に賛成もしません。陛下が望まないなら結婚をしなくても良いのです。ただ、和平条約の提案としてこの話が来てますから、理由もなく断れば和平の意思なしと受け取られる恐れがあります。断るときには代替案を考える必要がありますね。その時には考えますので、好きに選んでください」


淡々と告げるエルヴィスを、オリヴィアは何も言えずに見つめた。

エルヴィスは……自分がこの結婚を受けても受けなくても、本当にどちらでもいいのだ。

エルヴィスの声には、感情の揺らぎが一切なかった。

喜びも、焦りも、惜しむ気配もない。

まるで、誰か他人の結婚話を論じているみたいだった。


結婚して失恋の痛みを抱えるのは自分だけ。

どうせこの結婚を断っても結ばれないのなら、国のためにこの話を受けたほうがいいのだろうか……。


サイモンは黙って成り行きを見守っていたが、やがてやれやれと言うように首を横に振ると、オリヴィアに優しく言った。


「さっきエルヴィスも言ったけどさ、陛下。本当に陛下の好きなように選んでいいんだよ。僕らは陛下が結婚するなら盛大に結婚式の準備をするし、しないなら徹夜してでも完璧な代替案を用意してみせる。僕らのこととか、国のためとか、全く考えなくていい。これは全て……陛下の心次第だよ」

「私の……心次第……」


呟いた言葉が、一滴の雫のように、ポトンとオリヴィアの胸に落ちた。

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