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11.告白

人けのない王城内廊下を、オリヴィアは一人歩いていた。


(エルヴィス、どこにいったのかしら……)


エルヴィスがいそうな場所は見て回ったが見当たらなかったので、うろうろしているうちにこんなところにまで来てしまった。

ふと、廊下を曲がった先、奥のほうから話し声が聞こえてくる。


(もしかして、エルヴィス?)


そっと覗くと、そこにはエルヴィスとダニエル・ベイリーがいた。

ダニエルは眼鏡を掛けた神経質そうな顔立ちの男で、『四宝』の一つ、『指輪』のベイリー家当主だ。


顔を見知った二人に声を掛けようとしたが、オリヴィアは思いとどまった。

何だか、雰囲気が異様だったのだ。


(何か……言い争ってる?)


遠くから見守っていると、ダニエルが何か叫んで刃物を取り出した。

切っ先の鋭いナイフだ。

エルヴィスは厳しい表情でそれを見ている。

ダニエルがナイフを振りかぶった。

気がついたら、オリヴィアは全速力で駆け出していた。


「何をしているの!やめなさい!」


エルヴィスとダニエルの二人がハッとしたようにオリヴィアを振り返る。

二人とも、オリヴィアが来ていたことに気付いていなかったようだ。


オリヴィアは両手を広げてエルヴィスを庇うように立つ。

エルヴィスが驚いた声を上げた。


「陛下!おやめください。臣下よりも御身のほうが大切です」

「いいえ、やめないわ。ダニエル、ナイフを下ろして」


ダニエルはナイフを振りかぶった姿勢のまま止まっていた。

その手が震え、顔が苦悶に歪んでいる。

絞り出すような声でダニエルが言った。


「……陛下。これは貴女のためでもあるのです」

「どういうこと?」

「聖剣が選んだ者が王。それは揺るぎないこの国の柱なのです。それを崩しかねない異端は排除しなくてはならない」

「え……?」


困惑するオリヴィアの後ろで、エルヴィスが答えた。


「先程も申し上げたはずです、ダニエル様。私はエクスカリバーに選ばれていない。陛下の地位を揺るがすことはありません」

「その確証がどこにあるのですか!」


オリヴィアは呆然としていた。

何が何だか分からない。


(どういうこと……?ダニエルはエルヴィスが聖剣に選ばれるかもしれないって思っているってこと?でもどうして……?)


オリヴィアがぼうっとしている間に、エルヴィスがオリヴィアの前に出た。

オリヴィアを背に隠すようにして、エルヴィスが言葉を続けた。


「一先ず、それを下ろしてください。陛下の御前です」

「……」


ダニエルが静かにナイフを下ろす。


「私は……私なりに国を思ってやったのだ」

「分かっています」


そう答えるエルヴィスの顔は、どこかつらそうだった。


エルヴィスが小さくオリヴィアを振り返る。


「ダニエル様の処遇はどうしますか」


オリヴィアは暫し思案する。

エルヴィスの背後から顔を覗かせると、ダニエルを見て言った。


「……追って沙汰は知らせます。自宅に待機していなさい」

「……かしこまりました、陛下」


ダニエルはその場にナイフを置くと、ゆっくりと背を向けて、その場を後にした。



ダニエルがいなくなった後、オリヴィアはエルヴィスを見上げて尋ねた。


「ねえ、ダニエルと話していたの、どういうこと?」


オリヴィアの瞳が不安で揺れる。

ダニエルはエルヴィスが聖剣に選ばれる可能性があると考えていた。

だがエルヴィスは選ばれていないと言う。

エクスカリバーを抜いたのはオリヴィア。

エクスカリバーを抜くとき、エルヴィスはオリヴィアに言った。

「俺では抜けない。隣にいるからお前が抜け」と──。


(エルヴィスが聖剣に選ばれるかもしれないというなら、エルヴィスはどうして私に聖剣を抜かせたの?)


エルヴィスは斜め下の地面をじっと見ている。

やがて、静かな声で言った。


「今夜、聖剣の前に来い。そこで待ってる」

「エルヴィス……」


エルヴィスはオリヴィアと目線を合わせないまま後ろを向くと、そのままそこから立ち去っていった。


◇◇◇


夜。

玉座の間はしんと静まり返っている。

響く靴音が一つ。

靴音が聖剣にたどり着くと、そこには既に人がいた。


「エルヴィス」


オリヴィアが小さく声を掛ける。

聖剣の前に立っていたエルヴィスは、ゆっくりとオリヴィアを振り返った。


「来たか」

「ええ」


互いに向き合って、暫し無言で見つめ合う。

口火を切ったのはエルヴィスだった。


「ダニエルとの会話を教えてやる」


そしてエルヴィスは、廊下を曲がったとき、そこで待ち伏せしていたダニエルに会ったときの話を始めた。



「ダニエル様。どうしたのです、こんなところで」

「貴方をお待ちしていました。エルヴィス様。いえ……フェリックス王子殿下」


エルヴィスの眉がぴくりと動く。


「デボラから聞いたのか」

「いいえ、デボラは何も。ただ、ある時から貴方の正体について騒がなくなったので……真実にたどり着いたのだろうと思ったのです。その真実こそが、貴方の生存だ」

「……俺はもうフェリックスではない」


エルヴィスが重い声で言うと、ダニエルはゆるりと首を横に振った。


「貴方が『フェリックス』の名を捨てても、その身に流れる血は捨てられない。現に剣は貴方を拒まないでしょう」

「血筋には意味はない。世襲ではないのだから」

「それは良いのです。問題は貴方が剣に選ばれているということだ」


ダニエルが険しい顔で溢す。

静かな廊下に、その声は奇妙に響いた。

エルヴィスは冷静に続けた。


「俺は選ばれていない。拒まれていないだけだ」

「それが選ばれていると言うのです。剣に選ばれたオリヴィア女王陛下がいらっしゃるというのに、もう一人選ばれた人間がいるというのは破綻に繋がる」


その言葉を噛み締めるように、そっと目を閉じるエルヴィス。


「お前が懸念しているようなことは起こらない。俺には陛下の地位を脅かすつもりはないのだから」

「口ではどうとでも言えます!貴方が剣を抜いたら貴方が王だ。魔王に長年荒らされてきて、オリヴィア陛下のもとやっと国は一つに纏まろうとしているのに、すぐに王が変わったのではまた乱れる。聖剣への疑念も生まれる!」


ダニエルの声は必死だった。

本気でこの国の行く末を憂いている者の声だった。

エルヴィスが宥めるように言った。


「なら俺は二度と聖剣に触れない。それでいいだろう」

「いや、それでは不十分です。不穏の芽は……確実に摘まなければならない」



「……そこでダニエルがナイフを取り出したんだ」

「……」


オリヴィアは黙っていた。

いや、何も言うことができなかった。

様々な事実が、この無音の空間に渦巻く。


やがて、何とかぽつりと言葉を紡いだ。


「エルヴィスは……王子なの?」

「『だった』だ。先王の息子。『フェリックス』が俺の昔の名前だ」

「じゃあ……皆殺しにされた家族っていうのは……」

「十年前、この城で魔王に襲われた王家のことだ。王族は全員殺され、その首を門に吊り下げられた。……ただ一人、俺を除いて」


オリヴィアの目に涙が滲んだ。

エルヴィスの負った痛みを考えると、胸が張り裂けそうだ。


「その後はどうしたの……?」

「執事のジョセフと一緒に逃げた。俺の影武者が俺の代わりに吊られたから、俺の生存を疑うものはいなかった。逃げた先で奴隷狩りに捕まって、フェリックスの名を捨てエルヴィスと名乗った」


オリヴィアの頬を涙が伝う。

エルヴィスは家族も地位も名前も全て奪われて、最後に残った自分の身さえ奴隷に落とされ、その中で生きてきたのだ。

その悲しみや苦痛、屈辱はどれ程のものだっただろう。


「ジョセフさんは……?」

「……死んだよ。奴隷になってたときにな。死に目に会えたのは幸いだった。『坊っちゃん、生き延びてください』って言ってたよ」

「……」

「……泣くな」


オリヴィアの頬の涙を、エルヴィスが左手で拭う。

エルヴィスには珍しく、少し困ったような表情をしていた。


「……その後はお前も知ってる通りだ。奴隷として俺を飼ってた魔族がお前の領地に侵攻して、俺たちは出会った」

「あの時は音もなく枕元に立ってたからびっくりしちゃったわ」

「奴隷が自由になれる時間は限られてるからな」


話しながらオリヴィアは思い出す。

その後、二人は各地で魔王軍を撃破し、最後には魔王を倒した。

オリヴィアが聖剣エクスカリバーを抜き、この国の女王となったのだ。


オリヴィアは、心に引っ掛かっていたことをエルヴィスに尋ねた。


「……エルヴィスも聖剣に選ばれているって、ホント?」


エルヴィスは苦笑した。


「見ろ」


エルヴィスがそっと、聖剣の柄に手を添える。

拒まれている者は聖剣に触れることすらできない。

エルヴィスは……拒まれていない。


エルヴィスの目がまっすぐにオリヴィアを見ていた。

オリヴィアの心臓は緊張で早鐘を打った。

今もし剣が抜ければ、エルヴィスが王だ。

いや、そもそも……魔王を倒したときに、オリヴィアではなくエルヴィスが抜くべきだったのかもしれない。


エルヴィスが静かに手を上に動かす。

聖剣は……動かなかった。

静寂の中に金属の微かな震えだけが残る。


「あ……抜けない」


オリヴィアの口から、思わず心の声が零れた。

エルヴィスが目を伏せながら言った。


「これで分かっただろ。俺は拒まれていないが、選ばれてもいない。選ばれたのは……」


エルヴィスの視線がオリヴィアを捕らえる。


「オリヴィア。お前だ」


どくん、とオリヴィアの胸が強い拍動を打った。


「私が……女王でいいの……?」

「お前じゃないとダメなんだ。エクスカリバーが選んだのはお前なんだから。勇気があり、優しく、民を率いる器のあるお前を」


その言葉に、胸の奥が震えるのを感じた。

だが一方で、気にかかることもあった。


「どうして貴方ではダメなの?貴方も勇気があり、優しく、知恵だってあるし、民を率いていけるわ」

「何を根拠に言ってんだ」

「ずっと傍で見てきたもの」


オリヴィアは出会ったときのことを思い返す。


「あの時は本当に……貴方のお陰で助かった。貴方が戦術や情報を授けてくれて、『俺と一緒なんだから上手くいかないはずがない』って励ましてくれたから、私は剣を持って立ち上がることができた。私が勇者と呼ばれたのは貴方がいたから。……ありがとう、エルヴィス」


だがその言葉に、エルヴィスは眉間に皺を寄せた。

苦しげな声で呟くように言う。


「……俺は礼を言われるような人間じゃない」

「謙遜しないで……」

「謙遜じゃない」


エルヴィスの断固とした口調に、オリヴィアは息を呑んだ。

エルヴィスが、震えを抑えているかのような声でそっと言った。


「……お前に言わなきゃならねーことがある」

「言わなきゃならないこと?」

「ああ……」


エルヴィスは顔を伏せた。

オリヴィアからはその表情は伺い知れなかった。


エルヴィスが、強張った声で言った。


「俺がお前に協力を申し出たのは、純粋な善意からじゃない。これが……俺が聖剣に選ばれない理由だ」

「どういうこと……?」

「……俺は、お前を利用したんだ。俺の復讐に」


オリヴィアには、エルヴィスの言っていることがすぐにはピンとこなかった。

だがエルヴィスの様子から、彼にとってとても重大なことを打ち明けてくれていることは分かった。


「俺は復讐がしたかった。俺の全てを奪った魔王に。だが俺はしがない奴隷で、何の武力も、権力もなかった……。そこに、剣を扱える子爵令嬢であるお前が現れた。お誂え向きに魔族に脅されている。俺は閃いた。こいつを利用すれば、俺は自由になり、魔王を討ちに行けるぞと……」


オリヴィアの喉が動いた。

色んな情報で頭の中がぐるぐるしていた。

エルヴィスは、オリヴィアの絶対的な味方ではなく、彼なりの打算があってオリヴィアに近づいたということだ。

だが……。


「それが何だって言うの?」

「!?」


エルヴィスが驚いたように顔を上げた。

警戒心の高いエルヴィスが見せてくれた心の柔らかい部分に、オリヴィアは真摯に向き合った。


「エルヴィスが私を利用していたとしても構わないし、関係ないわ。だって……私は貴方に救われたんだもの」

「何言って……」

「エルヴィスはずっと私を利用してたって考えてるかもしれないけど、私はずっと貴方に助けられていると感じていた。利用されてるって思ったことはないし、今聞いてもそうは思えない」

「そうは思えないって……そうだって言ってんだよ」

「ええ、でも……それが私にとっての事実だもの」


オリヴィアがこつ、とエルヴィスに一歩近づいた。

そっと、近くからエルヴィスの顔を見る。


「エルヴィスが自分のことをどんな人間だと思っていても、私にとって貴方は大切な人。……優しいから、苦しかったのね。ありがとう、エルヴィス」


エルヴィスの目が、オリヴィアに釘付けになった。

これが、女王たる姿。

いや、女王であることなど関係ない。

オリヴィアの人柄だ。

底抜けに優しく、愚直なほどエルヴィスを信じる彼女。

その紫の目を見つめて、エルヴィスの心の中に、一つの感情がストンと落ちた。


(ああ。俺は……こいつが好きなんだ)


自分がとうの昔に失った純真さを美しく保った女性。

……その心に触れることなど、できるはずがなかった。


(この気持ちを告げることなど、許されない。俺にはその資格がない)


「これからも傍にいてくれる?」


オリヴィアが、優しく笑ってエルヴィスに尋ねる。


「ああ……どこまでも。いつまでも」


エルヴィスが、どこか寂しげに微笑んだ。

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