第4話 冒険者ギルド、ランクは最底辺です(中編)
報告書を書いてた。今日も平和だ。——と、思ってた。
◇
報告書を書いていたら、後ろから声をかけられた。
「おい。お前、昨日スライムを倒したっていう新人だろ」
振り返ると、革鎧の男が3人、ニヤニヤしながら立っていた。腰に剣や斧を提げてる。見るからに中堅くらいの冒険者。一番後ろのやたらデカいのが腕を組んで、こっちを見下ろしてる。
「はい。Fランクの桜庭です」
「Fランク! 聞いたぞ、お前の女神。Rなんだって?」
横のでかい男が笑った。
「R女神の勇者なんて初めて見たぜ。配布女神だろ? チュートリアルで配られるやつ」
「配布ってやめてくださいよ。ちゃんと召喚されてます」
「召喚って言うなよ。お前のR女神、他の勇者に断られた余りもんだろ?」
——空気が、変わった。
リルアの後光がしゅんと暗くなった。
私の袖をぎゅっと掴んでいるリルアの手が、小さく震えてる。
余りもの。
昨日のフレンドポイントが効かなかった時の、あのしゅんとした後光と同じだ。
いつだってそうだ。「余りもの」って言葉は、リルアの一番深いところを刺す。ここに来る前から、ずっとずっと言われ続けてきた言葉。
リルアはまだ詳しく話してくれない。でもたまに寝言で「ごめんなさい」って呟くことがある。謝る必要なんて、どこにもないのに。
「聞いた話だと、スキルも2つしかないんだってな。"無料ガチャ"と"コメント欄"? なんだそれ。ハズレもいいとこだ」
革鎧の男たちがゲラゲラ笑った。
「おとなしく受付嬢に甘えて、Fランクで日銭稼いでろよ。お前みたいなのが上のクエストに来られたら、邪魔なんだよ」
私は、黙って聞いていた。
自分のことを言われるのは、まあいい。Fランクなのは事実だし、スキル2個も事実だし、今の実力じゃ上のクエストに行けないのも事実だ。
でも。
「配布」と「余りもの」。
その2つの言葉だけは、許せなかった。
引いたカードで戦うって決めたんだ。リルアは私が引いた——私に来てくれた、最高のカードだ。それを「余りもの」なんて言わせない。
「——リルアは余りものなんかじゃない」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
「は?」
「リルアは配布でも余りでもない。私が召喚された時に来てくれた、私のたった一人の女神さまだよ」
革鎧の男が目を丸くした。周囲のギルド員もこっちを見てる。
「たかがR女神に——」
「たかがR?」
一歩、前に出た。
「Rだろうがなんだろうが関係ない」
革鎧の男が後ずさった。
「リルアがいなかったら私は初日に泣いてたし、2日目の鑑定で折れてたし、3日目のスライム戦で手が震えた時にそばにいてくれたのはリルアだよ」
リルアが、息を呑んだ気配がした。
「あんたたちはSSR女神のありがたみは知ってるかもしれないけど、R女神の膝枕がどれだけ回復するか知らないでしょ」
「なっ——」
「知らないよね。知らないでしょ」
声が震えてる。自分でもわかる。怒りで。
「だったらリルアのこと配布とか余りとか言わないで。あんたたちにリルアの価値を決める権利はない」
しん、と静まり返った。
男たちが口をぱくぱくしてる。
コメント欄は——
『…………………………』
『正論マンも黙った』
一拍置いて。
『かっっっっっけえ……』
『「私のたった一人の女神さま」って言った。言ったよな? 俺は聞いた(尊死)』
『切り抜き動画はよ。タイトル「R女神の勇者、中堅にガチギレ」で頼む』
『名場面集入り確定。まだ4日目なのに(早い)』
『R女神の膝枕の回復力は草だけど感動した』
男たちとにらみ合う。でかい方が一歩前に出かけた——その時。
「——そこまでです」
カウンターの向こうから、冷たい声が飛んだ。
エルナさんだ。切れ長の目が氷みたいに静かで、さっきまでのデータオタクの面影がゼロ。
「ギルド内での揉め事は御法度です。これ以上続けるなら、クエスト受注を一時停止させていただきます。——双方とも」
双方とも。私にも釘を刺してる。
でかい方の男が舌打ちして背を向けた。
「……行くぞ。Fランクに構ってる暇はねぇ」
3人が去っていった。
◇
静まり返ったギルドに、リルアの声だけが響いた。
「ひなたちゃん」
振り返ると、リルアが泣いてた。
ぼろぼろ泣いてた。後光がぽわぁっと暖色に光っていて、でも全身がぶるぶる震えてた。
「ひなたちゃん……怒ってくれて、ありがとう」
「リルア……」
「誰も……言ってくれなかったの。余りものって言われても、いつも我慢してたの。でも、ひなたちゃんが……」
リルアの手が震えてる。
私はその手を、そっと両手で包んだ。
小さくて、冷たくて、震えてる手。
初めてスライムを倒した帰り道で、リルアが私の震える手を握ってくれた時と、逆だ。あの時は私が震えてて、リルアがあっためてくれた。
ぎゅっと握ったら、震えが少しだけ収まった。
「リルア。もう我慢しなくていいよ。私がいる時は、怒る役は私がやるから」
「……うん」
リルアがぎゅっと手を握り返してきた。泣いてるくせに笑ってる。後光がぽわぽわ。
……よかった。
よかった、けど。
ギルドを出ようとしたら、エルナさんがカウンターから小声で呼び止めた。
「桜庭さん」
「あ……すみません、さっきは騒いで——」
「いえ。あの方たちは常習犯なので、私からも注意しておきます」
……助かった。エルナさんが止めてくれなかったら、あのままエスカレートしてたかもしれない。Fランク新人が中堅と殴り合いなんてことになったら、冒険者登録取り消しもあり得た。
「エルナさん、ありがとうございます。本当に助かりました。今度何かお礼します。」
「いえいえ。受付嬢の仕事ですから」
エルナさんが少しだけ笑った。事務的な笑顔じゃなくて、もうちょっとやわらかいやつ。
「……でも、お礼いただけるということでしたら」
「はい」
「クエストの報酬がいっぱい貯まったら、おごってくださいね。おいしいお店、知ってるんです」
「え?」
「業務の一環——ではなくて、普通に」
エルナさんの頬がほんのり赤くなって、慌てて帳簿に目を落とした。
「い、行ってらっしゃい」
リルアの後光が一瞬暗くなった。敏感。
◇
ギルドを出てから、じわじわと後悔が来た。
さっきの自分の台詞が、頭の中でリピート再生されている。「R女神の膝枕がどれだけ回復するか知らないでしょ」——言った。人前で。大声で。膝枕の回復力について。
思い出すだけで顔が熱い。Fランク新人が中堅冒険者に食ってかかるのは、完全に不味い。wiki時代に荒れたコメント欄に突っ込んで炎上させた時の感覚に似てる。正論を言ってるつもりで、周りをざわつかせるだけのやつ。
「……私、やりすぎたかも」
「え? ひなたちゃん、かっこよかったよ?」
「かっこよかったかもしれないけど……ブレーキが効かなかった」
リルアが私の手をぎゅっと握った。
「言い方とか、面子とか、よくわかんないけど。私を守ってくれたのは嬉しかったよ。ほんとに」
後光がぽわっとした。
「だから……落ち込まないで?」
「落ち込んでないよ。反省してるだけ」
「反省してる顔が落ち込んでる顔だよ」
……鋭い。
『言い過ぎたと反省できるの、偉い(正論)』
『でもかっこよかったから許す(甘)』
『推しを守る啖呵、100点満点(百合豚の採点)』
コメント欄にも甘いのと厳しいのがいる。コメントの「偉い」という言葉が地味に沁みた。
でも、さっきのあの展開。ギルド内での揉め事は御法度だって。これから先、上位クエストに行くとしたら、あいつらとも関わることになるのかな。Fランクなら避けられるけど......スキル2個で、本当に上に行けるのか。行っていいのか。




