第4話 冒険者ギルド、ランクは最底辺です(後編)
翌朝。昨日のことは、昨日のことだ。
◇
気持ちを切り替えて、本日のクエストに向かう。
昨日と同じ東の草原。スライム討伐。今日のNアイテムは昨日ほどの当たりはなかったけど、虚無のポーション(小)が1本出た。壊れやすいビンは出なかったので、今日はポーションを直接ぶっかける近接スタイルで行くしかない。
草原に向かって歩いていると——向こうから、見覚えのある銀の鎧が歩いてきた。
レクト・ヴァルシュタイン。
隣にセラフィーナ。後光がいつも通りまぶしい。朝日とセットでまぶしさ2倍。
レクトちゃんが立ち止まった。碧い目がこちらを見る。
「桜庭」
「あ、レクトちゃん。おはよう」
「……おはよう」
小さく返事をした。耳が、ちょっとだけ赤い。
「聞いた」
「え?」
「ギルドで……揉めたと」
早い。もう噂になってるの。
「あっ……」
「配布女神と呼ばれたR女神を庇って、中堅冒険者に啖呵を切った、と」
「いや、啖呵ってほどじゃ——」
「セラフィーナが聞いてきた」
セラフィーナがぺこりと頭を下げた。
「リルア先輩を守ったんですね! 先輩の勇者さますごいです!」
「あ、ありがとうセラフィーナちゃん……」
レクトちゃんが腕を組んだ。何か言いたそうな顔。でもなかなか口を開かない。
「レクトちゃん?」
「……なんでもない。忘れろ」
出た。「忘れろ」。
「ただ……」
レクトちゃんが横を向いた。碧い目が遠くを見てる。
「Fランクが中堅相手に啖呵を切るのは、勇敢か無謀かのどちらかだ」
「無謀の方だと思います」
「……だが」
レクトちゃんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「自分の女神を守ろうとする姿勢は、悪くない」
碧い目がちらりとこちらを見た。
耳が赤い。
その時、ふと思いついた。
「レクトちゃん」
「なんだ」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
ポケットから2つ目のフレンドポイントの結晶を取り出した。1つ目はリルアにもエルナさんにも効かなかった。これが最後の1個。
「これ、受け取ってもらえない?」
「……なんだそれは」
「フレンドポイント。たぶん友人に使うアイテム。2つ引いたけど、1つ目はリルアにもエルナさんにも効かなくて——」
「友人に?」
レクトちゃんの眉がぴくっと動いた。
「私に……使うのか?」
「うん。データ収集も兼ねて。ダメ?」
レクトちゃんが黙った。
碧い目が揺れてる。
「別に……構わない。断る理由もない」
声がちょっと震えてる。
私はフレンドポイントの結晶をレクトちゃんに向けた。意識を集中する。「レクトちゃんに使う」。
結晶が、光った。
今度は——弾けた。
きらっ、と小さな光の粒子がレクトちゃんの全身を包んで、すっと消えた。
「……え、効いた!」
「なっ——!」
レクトちゃんの頭上に、小さな文字が浮かんだ。
◇
**【バフ:フレンドポイント】**
対象:レクト・ヴァルシュタイン
効果:攻撃力+1(1日限定)
◇
攻撃力+1。
レクトちゃんのステータスが全項目A以上の中で、+1。
……誤差じゃん。
『+1wwwwww』
『全ステA以上に+1は草生える』
『限凸MAXのSSRに経験値1入れるようなもの』
『確率ニキ、A+1の上昇率は?』
『微小すぎて計算する意味がない(正論)』
レクトちゃんが自分のステータスを見て、複雑な顔をしている。
「……攻撃力が1上がった」
「うん。ごめん。しょぼくて」
「しょぼいのはわかっている。だが——」
レクトちゃんが言葉を切った。
耳が赤い。首まで赤い。
「——効いた、ということは」
「うん。レクトちゃんは"フレンド"判定されたっぽい」
リルアがぱちぱち拍手した。
「すごい! ひなたちゃんにフレンドができた!」
「フレンドができた、って言い方やめて。初めて友達ができた小学生みたいでしょ」
「初めてじゃないの?」
「……………………」
初めてです。
『初フレンドがSSR勇者、格差フレンドすぎる』
『いやむしろSSR勇者がフレンド枠に入ってくれたのレア案件では?』
レクトちゃんが咳払いをした。
「か、勘違いするな。これはシステム上の判定であって、私がお前と友人関係にあるということでは——」
「でもフレンドって出てるよ?」
「誤認だ。私はお前に興味があるだけで——」
はっ、と口を塞いだ。
「……興味?」
「忘れろ」
顔全体が赤い。耳だけじゃない。首筋まで紅潮してる。
セラフィーナが横で微笑んでいる。
「レクトさまは、本当は嬉しいんです」
「余計なことを言うな!」
『ツンデレの見本市か?』
『SSR勇者、照れ属性でデバフかかってない?』
レクトちゃんが歩き出した。背中を向けたまま、ぽつりと。
「……私のほうが先にお前を助けたかったのに」
「え?」
「今のはなしだ」
早歩きで去っていった。朝日に照らされた白銀の鎧がキラキラしてる。
「……今、なんて言った?」
「さあ……?」
リルアが首を傾げた。
『「私のほうが先にお前を助けたかったのに」って言いました(聞こえてた)』
『SSR勇者のフレンド1号ポジション、尊すぎない?』
『レクトさん、照れてない? 照れてるよね? 全身で照れてるよね?』
『確率ニキ、レクトがデレる確率は?』
『現時点のサンプル数で計算は不可能だが、耳の赤さから推定して——高い』
確率ニキ、珍しく曖昧な回答。
リルアが私の腕にぎゅっとくっついた。
「ひなたちゃん」
「ん?」
「フレンドポイントは私に効かないけど。レクトさんもエルナさんも、ひなたちゃんにやっていないことが、私にはあるから」
「それはなに?」
「膝枕!」
「声大きい!」
朝日が照らす中の街で「膝枕!」と叫ぶR女神。通行人がこっちを見てる。
「えへへ。帰ったら膝枕してあげるね」
「いいから歩こう。ね」
リルアがにこにこしてる。後光がぽわぽわしていた。
◇
その後、スライムを2体倒した。
虚無のポーション直がけスタイルは効率が悪すぎて、昨日の半分も戦えなかった。やっぱりビンがないと投擲ができない。来世は壊れやすいビンをまとめて引きたい。来世じゃなくて明日のガチャで。
帰り道、リルアが約束通り膝枕をしてくれた。草原の真ん中で、夕暮れの光の中で。
「……ひなたちゃん。今日はとってもがんばったけど、疲れちゃったね」
「そうだね……」
リルアが私の前髪をすっと撫でた。草原で初めて膝枕してくれた時と同じ、やさしい手。
「宿に帰ったらお風呂入ろうね。一緒に」
「え、お風呂!? 一緒!?」
「だって一人で入ったら寂しいでしょ?」
リルアがにこにこしてる。後光がぽわぽわしていた。
…………あれ。
なし崩しに、入ることになってないか?
「……まあ、その……うん、そう、だ、ね」
「やった! じゃあ帰ったらすぐ行こうね!」
なんで私、うなずいた? 断れたよね?
異世界に来て4日目。そういえばちゃんとお風呂に入っていない。
そして今夜、リルアと一緒に入ることになった。
…………どうしよう。




