第18話 引いたカードで、生きていきます(中編)
宿に、戻った。
レクトとセラフィーナの部屋を、ノックした。
「レクトちゃん、起きてる?」
「ああ」
レクトが、ドアを開けた。
鎧は、外してた。普通の、シャツ姿。肩の傷は、セラフィーナの後光で、もう、塞がってた。
「ひなた」
「うん」
「昨日は、すまなかった」
「えっ」
レクトが、頭を、下げた。
「私は、お前を、守るつもりだった。だが、結果、私は倒れて、お前一人に、戦わせた」
「いや、待って、レクトちゃん、それ——」
「すまない」
——レクトが、頭を下げた。
ツンデレSSR勇者が、本気で、頭を、下げた。
「レクトちゃん、頭、上げて」
レクトが、ゆっくり、頭を、上げた。
「みんな、生きてる」
「ああ」
「セラフィーナも、戻ってきた」
「ああ」
「だから、それで、よかったんだよ」
レクトが、ふっ、と、息を、漏らした。
「……お前は、本当に、強いな」
「強くないよ」
「強い。Nしか引いてないお前が、URを倒した」
レクトが、ちょっと、笑った。
「お前はガチャに、最後の最後で、勝ったんだ」
レクトが、聖剣の柄を、ぎゅっ、と、握った。それから、握ったまま、ちょっと、目を、伏せた。
「ひなた」
「うん」
「私は、お前と、出会うまで、誰のためにも、戦ってこなかった」
「えっ」
「SSR勇者として、敵を倒すのが仕事だった。誰を守るかは、依頼書に書いてあった通りで、それ以上のことを、考えなかった」
「うん」
「お前と一緒に動くようになって、初めて——『この人を守りたい』って、思った」
レクトの耳が、ゆっくり、赤くなっていった。
「えっ」
「昨日、ヴァニタスに弾き飛ばされた時、悔しくて、悔しくて、たまらなかった。お前を守るって、決めたのに、お前一人に、戦わせた」
「レクトちゃん、それは——」
「お前が、勝った。だから、もう、いいんだ」
レクトが、ふっ、と、息を、漏らした。
「だが——一つだけ、覚えておいてくれ」
「うん」
「必ず、次はお前を守る。愛するひなたを」
——え。
「レクトちゃん、それ、本気で言ってる?」
「ふんっ。……本気だ」
「ふんっ」が、戻ってきた。でも、いつもの誤魔化しじゃなくて、照れ隠しの、ふんっ、だった。
「私も、レクトちゃんに、頼りたい時、ある」
「あるのか」
「ある。生活力ゼロのくせに、戦闘力だけは、最強だから」
「お前、いま、貶しただろう」
「貶してない。半分、褒めた」
レクトの耳が、もっと、赤くなった。
セラフィーナが、レクトの後ろから、出てきた。
「ひなた様」
「セラフィーナ」
「昨日は、ご迷惑を、おかけしました」
「ううん、無事でよかった」
セラフィーナの後光が、シャンデリア級に、戻ってた。
「あの、それで」
リルアが、エルナを、押しながら、入ってきた。
「みんなで、お祝い、しよ」
——リルアが、また、提案した。
レクトが、目を、瞬いた。
「お祝い?」
「うん。生き残ったお祝い。みんなで、確かめ合うの」
「酒でも、飲むのか?」
「もうちょっと、深い、お祝い」
リルアの目には、いつもの天然と、ほんの少しの確信犯が、混ざっていた。
レクトの耳が、ぱあっ、と、赤くなった。
「な、何を……」
「だって、前に、四人で、したでしょ」
「あ、あれは——」
「あの時の続き、エルナさんも、入れて、しよ」
セラフィーナが、ふふっ、と、笑った。
「わたしは、賛成です」
「セラフィーナ、お前——」
「レクトさま、生き残ったお祝いです。それに、ひなた様、リルア様、エルナ様、わたしたち、これから、ずっと一緒に、いる仲ですよ」
レクトが、息を、吐いた。
「……お前らは、本当に」
レクトの耳が、もっと、赤くなった。
「私は、お前らに、勝てない」
「えへへ」
リルアが、レクトの腕を、ぐっ、と、引っ張った。
「うん、仲間だから勝たなくていいんだよ」
◇
お祝いが始まった。
大きなベッドがある広い部屋。
私と、リルアと、レクトと、セラフィーナと、エルナ。
五人で、一つのベッドに、座ってる。
「みんな、いいの?」
私が、念の為、聞いた。
レクトが、頷いた。耳は、赤い。
「お前が、いいなら」
セラフィーナが、にっこり。
「わたしも、よろしいです」
エルナが、頬を、赤くしながら。
「わたし、初めてです、五人なんて」
「あー、たしかに」
リルアが、エルナの肩を、やさしく撫でた。
「エルナさん、大切にするよ」
「リ、リルアさん……」
リルアが、エルナの手を、握った。
それから——リルアが、私の方を向いた。
「ひなたちゃん」
「ん」
「始めよ?」
リルアが、私のシャツの裾を、そっと、つまんだ。
——その瞬間。
視界の隅のコメント欄に、薄いモザイクが走った。
『——プライバシーフィルター起動——』
『は!?!?!?』
『ちょっと待て!!!!!』
『嘘だろ!? 約束したよな!?!? 約束したよな!?!?』
『契約違反! 契約違反! 契約違反!!!』
『公約破棄!!! マニフェスト違反!!!』
『金返せ!!!(無料です)』
『あーーー! フィルター! フィルターが! 視界が! 消えていく——!』
ぎゃーぎゃーと、過去最大の大騒ぎ。
——でも、ごめん。五人もいるのに、見せられるわけないでしょ。
コメント欄が、すーっと、薄くなった。
文字が霞んで、ノイズが減って、最後にはほとんど何も見えなくなった。
——静かになった。
ありがたい。
「ひなたちゃん、コメント欄、消えた?」
「うん。消えた」
リルアが、くすっと笑って、私のシャツのボタンに、手をかけた。
「ひなたちゃん、脱がせるね」
「うん」
リルアの指が、ボタンを一つずつ、外していく。丁寧に。いつも通りの、リルアの手つき。
——5人で、お互いの想いを、いろんな形で、確かめ合った夜だった。
リルアは、エルナさんの肩に手を置き、私の肩に頭を乗せ、レクトの傷跡を撫で、セラフィーナの髪を梳いた。R女神の後光が、5人全員を、あったかいピンクの光で包んでいる。
◇
ベッドの上で、私は、セラフィーナと、向かい合ってた。
セラフィーナのSSR後光が、シャンデリアみたいに、あたたかく揺れてる。なのに——後光が、ぴかぴか、不安定に、明滅した。
「ひなたさま」
セラフィーナの笑顔が、すこし、曇った。
「あの……ずっと、言いたかったことが、あって」
「ん?」
「わたし——ひなたさまを、利用して、いました」
「……」
「研修の時から、リルア先輩のことが、ずっと、好きで。でも、先輩は、ひなたさまのことだけ見てて——わたしは、先輩の隣にすら、立てなくて」
セラフィーナの手が、膝の上で、ぎゅっと、握りしめられた。
「だから——ひなたさまのパーティに入れば、先輩のそばに、いられるって」
「うん」
「レクトさまの治療の時——わざと、ああいうやり方を、しました」
——あの時。草原で、レクトちゃんの脇腹の傷を治した時。セラフィーナの手が、金色の光が、レクトちゃんの肌の上を滑って——。
「レクトさまが、ひなたさまのことを好きなの——わたし、ずっと前から、気づいてました」
——え。
「だから——ひなたさまとレクトさまが近づけば、みんなの関係が動いて——その先に、リルア先輩と一緒にいられる場所を、作れるかもしれないって」
「……」
「あの夜——見張りで全部聞いてて、レクトさまを連れて、四人にしたのも」
——「混ぜていただきましょう」。女神スマイルで、完璧な敬語で。あの時のセラフィーナ、本気だった。
「全部——先輩に、近づきたくて、やったことでした」
セラフィーナの後光が、しゅん、と、小さくなった。SSRなのに、今だけ、Rみたいに、心細い光。
「ひなたさまを——利用して、自分の居場所を、作って——」
「セラフィーナ」
「ごめんなさい。ずっと——後ろめたくて——」
「セラフィーナ」
「はい……」
「知ってたよ」
「え」
「全部、リルアのためだったの。——見てれば、わかる」
セラフィーナの目が、大きく見開かれた。
「……バレてたんですか」
「バレバレだった。あの夜のも。レクトちゃん連れてきた時のセラフィーナ、笑顔だったけど必死そうだったもん」
セラフィーナが、ちょっとだけ、笑った。でも、すぐに、また、目を伏せた。
「それでも——利用したことに、変わりは——」
「でもね。誰も傷つかないように、ちゃんと考えてくれてたのも、わかるよ」
「……え」
セラフィーナの目が、また、大きく揺れた。
「セラフィーナは、自分のためだけに動いたんじゃない。みんなのこと、ちゃんと見てた」
私は、セラフィーナの手を、取った。ぎゅっと、握られてた指を、ゆっくり、開いた。
「セラフィーナは、私よりずっと前から、リルアのこと、好きだったんだよね」
「……はい。研修の時から——ずっと」
「だったら——私がリルアとくっついた時、胸、きゅって、締まったでしょ」
セラフィーナの後光が、ぴくっ、と、揺れた。
「……はい」
「先輩のことが好きなのに、その先輩は私のことだけ見てて——でも、パーティの仲間だから、笑ってなきゃいけなくて」
「……はい。嬉しいのと、苦しいのが——ずっと、両方——」
「ごめんね」
「いえ。ひなたさまが、謝ることじゃ——」
「ごめんね。気づいてたのに、何もしなくて」
セラフィーナの目から、涙が、一滴、こぼれた。
「ひなたさま……っ」
「でも——セラフィーナが、動いてくれたから、今がある」
私は、セラフィーナの涙を、指で、ぬぐった。
「セラフィーナが頑張ってくれなかったら——リルアは、私の隣にしかいなかった。レクトちゃんは、ずっと一人だった。みんなで一緒に、こうやって——なれなかった」
「……」
「セラフィーナが、みんなを繋げてくれたんだよ」
セラフィーナの後光が、じわっ、と、広がった。
「ひなたさま——」
「だから、利用とか、後ろめたいとか、もう、なし」
「……はい」
セラフィーナの手が、私の頬に、触れた。SSR女神の手。やさしい手。今は——頬を撫でる指が、ちょっと、震えてる。
「ひなたさま」
「ん」
「ありがとう、ございます。リルア先輩と——みんなと——繋げてくれて」
「こっちこそ」
セラフィーナの唇が、私のおでこに、そっと、触れた。やわらかいキス。涙の塩味が、ちょっとだけ、混ざってた。
「ひなたさま……好き、です」
「うん。私も、セラフィーナが、好き」
セラフィーナの後光が、ぱあっ、と、シャンデリアに戻った。さっきまでの不安定な明滅が嘘みたいに、あったかい、金色の光。
「もう、後ろめたくないです」
セラフィーナが、にっこり、笑った。研修時代のセラフィーナがきっとこんな顔してたんだろうなって思うくらい、まっすぐな笑顔だった。
◇
ベッドの反対側では、リルアが、セラフィーナに手を伸ばしていた。
「セラフィーナちゃん」
「リルア先輩……」
「ずっと好きでしたって、嬉しかった」
リルアが、にっこり、笑った。後光が、ぽわぽわ。
「わたしも、セラフィーナちゃんのこと、大好きだよ」
セラフィーナの目から、涙が、ぽろっ、と、こぼれた。今度のは、嬉しい涙。
「リルア先輩……っ」
セラフィーナが、リルアに、ぎゅっと、抱きついた。SSRの後光が、R女神の後光と、混ざって、きらきらした。
◇
エルナさんは、最初は記録者として一歩引いた場所にいた。
「わたしは、見てる側で——」
「エルナさん」
リルアが、エルナの手を、ぐっ、と、握った。
「エルナさん、ずっと、記録者で、ずっと、見てる側だったから」
「……はい」
「今日は、エルナさんが、こっちに来ていい日」
「リルアさん……」
エルナの切れ長の目が、揺れた。
リルアと私が手を握ったり髪を撫でたりするうちに、エルナの表情が、徐々に、変わっていった。記録者の目から、当事者の目に。
最後には、自分から——
「わたし、仲間に、入れて、もらえた……って、実感、しました……」
目を潤ませて、笑った。
リルアが、にっこり。
「最初から、仲間だったよ」
レクトが、不器用に、エルナの額に、こつん、と、おでこを当てた。
「……ようこそ」
エルナの涙が、ぽろっ、と、こぼれた。
「ありがとう、ございます……」
——みんなの顔を、見渡した。
リルア。レクト。セラフィーナ。エルナさん。
みんな、ここに、いる。




