第17話 コメント欄、尊いって叫んでください(後編)
——勝った。
『勝った』
『勝ったーーーーー!!!』
『URキス覚醒、無事配信完了!!!』
『N縛り勇者、UR討伐達成!』
『ガチャ歴史上、最大の番狂わせ』
『R女神(UR+1)、最強女神に確定』
『UR討伐の前例なし、本日付で記録更新!』
『運営、頼むからUR以上をガチャに入れないでくれ(懇願)』
『約束の絆の続き』
『二人の絆、忘れんなよ』
『ご褒美の時間です』
『コメント欄、楽しみに待ってます』
「……黙ってて」
ぼそっと呟いた。
リルアが、私の腕の中で、笑った。
「ひなたちゃん」
「ん」
「いま、わたしの後光、まだ、星屑、混じってる?」
——え。
「えっと、ちょっと、混じってる」
「そっか」
リルアが、目を、伏せた。
「これ、戻れるかな」
「戻したい?」
「うん」
「戻せると思う」
リルアの体から、星屑が、ふわっ、と、剥がれていった。後光が、SR、R——どんどん、しゅるっ、と、収束していく。
——その、瞬間。
ふわっ、と。
リルアの輪郭が、また、揺らいだ。
——あの時と、逆方向に。
リルアの体が、二つに、分かれた。
私の腕の中の、R女神のリルア。
そして、もう一人——隣に、ふわっ、と、現れた、もう一人のリルア。
「あっ」
「あ……」
二人のリルアが、お互いを、見つめ合った。
『限界突破、解除!』
『UR+1の合体、解けた!』
『もう一人のリルアちゃん、戻ってきた』
『元の世界に、帰る時間か』
私の腕の中のリルアが、目を、潤ませた。
「わたし……」
もう一人のリルアが、ふっ、と、笑った。
「もう、戻る時間、だね」
「うん」
「向こうの世界の、わたしの主も、待ってる」
「うん」
もう一人のリルアの体が、すこしずつ、透けていった。星屑が、ふわふわ、空に、ほどけていく。
「ねぇ、ひなたちゃん」
もう一人のリルアが、私を、見た。
「うん」
「ひなたちゃんのこと、わかるの。さっきまで、合体してたから」
「あ……」
「こっちのわたしが、どれだけ、ひなたちゃんに、大切に、されてるか——ぜんぶ、見ちゃった」
ふふっ、と、笑った。ちょっと、いたずらっぽく。
「だからね、私、ちょっと——」
「うん?」
「ひなたちゃんと、私も、二人だけの時間、過ごしたかったかも」
「ぶっ」
私の喉から、変な音が出た。
「あ、安心して。私の主は、別にいるから」
「あ、そ、そうなんだ……」
「だから、ひなたちゃんは、こっちのわたしの、専属。安心して、可愛がってあげてね」
もう一人のリルアが、私の腕の中の、自分を、ぎゅっ、と、抱きしめた。
「こっちのひなたちゃん、よろしくね」
「うん」
「ぜったい、しあわせに、なって」
「うん」
二人のリルアが、最後に、おでこを、こつん、と、合わせた。
それから——もう一人のリルアの体が、ふわっ、と、星屑になって、空に、溶けていった。
◇
『あぁぁぁ』
『もう一人のリルアちゃん、帰っちゃった』
『最後の言葉、攻めすぎだろ』
『「ひなたちゃんと、私も、二人だけの時間、過ごしたかったかも」』
『割と本気のトーンで言うな』
『ひなたさん、顔真っ赤』
『向こうの世界の主、誰なんだ気になる』
『さよならは言わない、また会う日まで』
夜空のワンピースが、白いワンピースに、戻った。
R女神のリルアが、私の腕の中に、いた。
「リルア」
「うん」
「ロウソクサイズが、一番、軽そうで、いい」
リルアが、目を、見開いた。
「えっ」
「URの間、ずっと、リルアの体、重そうだった」
「うん、わたしも、重かった」
「だから、戻ってくれて、助かる」
「えへへ」
リルアが、しゅるっ、と、私の腕の中で、丸まった。
後光が、ぽわぽわ、ぽわぽわ。
——これだ。
これが、私のリルア。
R女神の、リルア。
引いたカードで、戦って——勝った。
◇
レクトが、瓦礫の中から、ふらつきながら、立ち上がった。聖剣を、地面に、突き立てて、それを杖にして、こっちに、歩いてくる。
エルナも、目を開けた。背中の傷は深くないみたいで、呼吸が、整ってきた。
セラフィーナが、レクトの腕の中で、ぼんやり、目を、開けてた。後光は、まだ、シャンデリアまでは、戻ってない。
全員、生きてる。
リルアの後光が、ぽわぽわ。私の腕の中で、ちょっと震えてる。
街は——壊れた壁とか、結界の名残とか、いろいろあるけど、人的被害はゼロだった。レクトの結界とセラフィーナの結界が、市民を守った。
雲が晴れた。普通の、夕方の空。
「終わった」
私が呟いた。
「終わったね」
リルアも、呟いた。
『お疲れ様でしたーーー』
『最終決戦、配信終了』
『一同、解散』
『——と、見せかけて』
『さて』
『さて』
『さて』
『約束の時間です』
『二人だけの時間、開幕』
「……ちょっと、待って」
『待たない!』
『俺たち、ずっと、待ってた!』
『信仰の対価!』
ベッドに、リルアと、座った。
リルアが、ちょっと、照れて、私を見た。
「ひなたちゃん」
「うん」
「みんなに、見られてるね?」
「うん——」
「えへへ」
リルアの頬が、赤くなった。
「恥ずかしいけど、みんな、見ててね」
『えっ』
『リルアちゃん、ノリ良すぎ!』
「リルア、それ……」
「だって、約束したから」
「う、うぅ……」
——とは言っても、私はもう、リルアの両肩に手を置いた瞬間、コメント欄を遮断した。
「『今だけ、二人きり』のスキル、発動」
『は!?』
『コメント欄、切られた——』
『約束は!? 約束は!?』
『嘘だろ!!!』
『拗ねた! 今すぐ復活してくれ!!』
ぎゃーぎゃーと、最後の悲鳴。
そして——コメント欄が、すーっと薄くなった。
「ふふ。コメント欄、ごめんね」
リルアが、くすっと笑った。
「みんなには、別の方法で、ご褒美を渡そ」
「別の方法?」
「うん。私たちが、これからもずっと一緒に幸せに生きていく姿を、最後まで、見ててもらう」
——いいオチだ。
◇
ベッドの中で、リルアと向き合った。
カーテンを引いた部屋。リルアの後光だけが、ぽわぽわ、私たちの顔を照らしてる。
「ひなたちゃん」
「ん」
「キス、して」
唇を、合わせた。
戦場でしたキスより、ずっと、ずっと、深く。今日、何度、この唇に、キスをしたんだろう。何度しても、新鮮だった。
「ね」
「ん」
「今日は、わたしが、する」
「えっ」
「みんなが、見てるなら——わたし、ひなたちゃんを、可愛がってあげたい」
「リルア、それ——」
「恥ずかしいんでしょ」
「……うん」
「えへへ、知ってる」
——戦闘の余韻と、URになったリルアの感情と、戦場で交わした「いっしょに、勝とう」という約束の続きが、ベッドの上で、ゆっくり、溶けていった。
リルアの唇が、深く、私の唇を塞いだ。リルアの後光が、ふたりの体を、桃色に染める。
「リルア……」
「ひなたちゃん」
「すき」
「私も、ずっとずっと、好き」
リルアが、私の額にキスをして、「ひなたちゃんの一番、私だよね?」と聞いた。
「うん。リルアが一番」
——その夜のふたりだけの時間は、リルアの後光だけが、知っている。
リルアの後光が、シャンデリアの一歩手前まで明るくなって、それからまた、ロウソクサイズに戻っていった。
「ロウソクサイズが、一番、可愛い」
「えへへ。それ、戦場でも言ってた」
「うん。本気だから、何度でも言う」
「えへへ」
リルアが、私の胸に、頬を寄せた。
「ひなたちゃん」
「ん」
「あいしてる」
「私も。ずっと、あいしてる」
リルアの後光が、ぽわぽわ、ぽわぽわ、私の鎖骨のあたりで、揺れていた。
◇
——コメント欄が、戻ってきた頃には、私たちはもう、ベッドの中で、お互いの体温を確かめ合いながら、ゆっくり眠りに落ちようとしていた。
『……ふぅ』
『集中しすぎて、コメント、できなかった』
『プライバシーフィルター入ってるはずなのに、なんかこっちまで尊死した』
『画面、目を離したら、神の瞬間を見逃すから、絶対、目を離せなかった』
『リアルタイム実況、不可能でした』
『リルアちゃん、可愛かった……』
『ひなたさん、可愛すぎた……』
『百合の極み、観測完了』
『生きててよかった』
「ふふっ」
私は、思わず、笑った。
「リルア、コメント欄、お疲れ様だって」
「えへへ」
リルアも、ふわっ、と、笑った。
私は、リルアを、抱きしめたまま、目を、閉じた。
「リルア」
「うん」
「ありがとう」
「えへへ。ひなたちゃんこそ」
「ありがとう」
——長い、長い、一日が、終わった。
ガチャ爆死の勇者。
R女神のリルア。
引いたカードで、二人で一緒に戦って——勝った。
リルアの後光が、ぽわぽわ、ぽわぽわ。
私の腕の中で、すぴすぴ、寝息を、立て始めた。
——R女神のリルア。
——私の、リルア。
エピローグがあとちょっとだけ続きます!




