第17話 コメント欄、尊いって叫んでください(中編2)
「ひなたちゃん」
「うん」
「もっと、もっと、強くなれそう」
「うん」
「コメント欄のみんなが——」
「うん」
「ひなたちゃんも、私を見ててくれる?」
「見てる、ずっと、見てる」
リルアが、ふっ、と、笑った。
そして——コメント欄に、向かって、言った。
「あの、みなさん」
『はい!』
『リルアちゃん、何でもどうぞ!』
『リルアちゃんと話せる日を待ってた!!』
「もし、もっと、信仰を、いただけるなら」
『はい!』
「わたし、——なんでもするから」
——その瞬間、コメント欄が、ぴたり、と、止まった。
しん、と。
『…………』
『…………』
『ん?』
『ん?』
『なんでもするって、言ったよね?』
『言いましたよね?』
『録音した(公式)』
『証拠(永久保存版)』
『あ、これは』
『あれは』
『あれっすね』
『俺たちの、本性、出すぞ』
『出すぞ!』
『ひなたとリルアの、尊いを、見せろ!』
『百合の極み、見せろ!』
『信仰のエネルギー、尊いで賄え!』
『戦場のキスで尊死した俺たちに、本物の尊いを摂取させろ!』
「えっ、いや、それは——」
私が、慌てた。
リルアの目が、私を見た。
「ひなたちゃん、お願い……」
「えっ」
「みんなが、信仰、くれるなら——」
リルアの月光と太陽の後光が、ふらっと、揺れた。さっきまでの強さが、まだ、足りない。ヴァニタスの再生速度に、対抗しきれてない。
私は、深く、息を吸った。
「みんな!」
『はい』
『はい!』
『はい!!!』
『終わったら——』
「もうわかったから、終わったら、二人の絆をみせてあげるから」
「だから、今は、信仰、もっと——」
——コメント欄が、爆発した。
『たぎってきたーーーー!!!』
『もっと拡散しろーーー!!!』
『リルアとひなたの絆を信じる!!』
『二人の絆が、俺たちの、希望だ!!!』
『他のスレに貼ってくる!』
『拡散希望、永久保存版!』
『ガチで信じてる、戦闘後のご褒美百合!!』
『俺たちの祈り、ここに極まる!』
『リルアちゃん、頑張れ! ひなたさん、頑張れ! 俺たちは、絆を楽しみに、信仰する!!!』
リルアの後光が——
太陽の金色が、もっと、深い、深い、色に、変わった。
夜空の色。
紺と、紫と、藍が混ざった、深淵の色。
そこに、星々が、ちらちら、瞬き始めた。
リルアのワンピースが、夜空に、変わった。星座が、布の上を流れる。
恒星と、銀河と、宇宙の、衣装。
でも、顔は、リルアのまま。
【信仰が最大級に集まりました。最終の女神昇格を行います】
【リルア:SSRランク→URランク】
——UR。
『URになったーーーーー!!!!』
『リルアちゃん、URに到達!』
『Rで爆死したあの日から、URへ』
『神回も神回、最終形態確定』
『お前らの信仰、ここに結実』
リルアの夜空の体から、銀河が、放たれた。
無数の、星。
ヴァニタスに、銀河ビームが、直撃した。
ヴァニタスの体が、ぐっ、と、後ろに、押された。
白い靄が、星々に焼かれて、蒸発する。
「やった——!」
『URキタ』
『さぁ、決着』
——でも。
ヴァニタスは、倒れなかった。
ヴァニタスの白い靄が、また、もくもく、湧き出してきた。
ヴァニタスの体が、ふっ、と、大きくなった。さっきより、二回りくらい、デカい。
「えっ」
『あれ?』
『再生、止まらないぞ?』
『むしろ、ヴァニタスが、強くなってる』
『これは……』
『取り込んだ女神たちの力を、解放した?』
ヴァニタスの腕が、リルアに向かって、伸びてきた。
リルアの夜空ビームが、その腕を、焼いた。
でも、焼く速度より、ヴァニタスが伸ばす速度の方が、早かった。
リルアが、後ずさった。
「リルア!」
「ひなたちゃん!」
リルアの後光が、ぐらっと、揺れた。
UR同士でも、決着が、つかない。
むしろ——リルアは、URになり立てで、ヴァニタスは、何柱もの女神を喰って、UR熟練。
——押されてる。
『おい』
『おい、これ、まずいぞ』
『URになっても、勝てないのか』
『やばい、やばい、やばい』
『どうする、ひなたさん』
——どうする。
私は、頭をフル回転させた。
ゲーム知識を、引っ張り出す。
——ガチャ。
——召喚。
——R女神。
——リルアは、創造神のコピー。
——他世界にも、リルアがたくさんいる。
頭の中で、何かが、繋がった。
◇
「あれ、しかない」
私は、ポーチの奥で眠ってたものを、出した。
『SR:好きなRを取り出せる券(ただしこれまで手にしたものに限る)』
——昨日、引いた、SRチケット。
——使い道がないと思って、ポーチの奥に、しまっておいたやつ。
——「これまで手にしたR」って、ガチャで引いたRアイテムだけだと思ってた。でも——
——たぶん、いける。
——たぶん、賭け、だけど。
——でも、もう、賭ける以外、ない。
「これ」
私は、券を、頭の上に、掲げた。
「使う」
【SRチケット:使用しますか?】
「使う!」
【取り出すRを、教えてください】
「R女神、リルア!」
【選択を確定しますか?】
「確定!」
——光が、はじけた。
私の隣の空間に、ぽっ、と、光の塊が、現れた。
光が、人型に、収束した。
銀の長い髪。青い瞳。白いワンピース。ロウソクサイズの、後光。
——もう一人の、リルア。
「えっ」
URに昇格したリルアが、自分のコピーを、見て、固まった。
「えっ、わたし……?」
R女神のリルアが、目を瞬いた。
「あれ? わたし、いま、別の世界にいたはずなのに、どこ……?」
私は、駆け寄った。
「リルア、ごめん、急に呼び出した」
R女神のリルアが、私を見た。
「あれ、ひなたちゃん?」
——え。
R女神のリルアが、私を、知ってる。
「あなた、桜庭ひなたちゃんでしょ?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「うーん、なんでだろ。なんとなく、知ってる気がする」
R女神のリルアが、首を傾げた。
『あ、これか』
『創造神のコピーは、他世界の自分と、なんとなく繋がってる説』
『リルアちゃんネットワーク』
『ロウソク後光なのに、繋がりだけは強い』
『コピー同士、姉妹みたいなもの』
URのリルアが、R女神のリルアを、見た。
「わたし……?」
「うん、わたし。違う世界の、わたし」
「えへへ」
「えへへ」
二人が、向かい合って、ちょっと、笑った。
そして、URのリルアが、夜空の衣装のまま、コメント欄に、声をかけた。
「みなさん、もう一人のわたしも、信仰、お願いします」
『おお』
『新しいリルアちゃん、参戦!』
『リルアちゃんが二人!』
『女神同時配信、伝説スタート』
『二人のリルアちゃんに、信仰、ドン!』
R女神のリルアの後光が、ぐっ、と、明るくなった。
ロウソクから、ランプ。ランプから、ランタン。ランタンから、月光——銀色の縁取りが、ワンピースに浮かんだ。
『お、SRに上がった』
『新リルアちゃんも、SRから』
R女神のリルアの後光が、さらに、明るくなった。
太陽の金色。
『SSR!』
そして——
夜空。
『UR!!!』
R女神のリルアが、笑った。夜空のワンピース。星々の瞬き。
URになったリルアと、もう一人のURリルアが、向かい合った。
二人が、両手を、合わせた。
——その瞬間。
ふたりのリルアの両手が、触れた瞬間。
——ぱしゃ、と、二人の輪郭が、滲んだ。
「あ、これ」
「これは——」
リルアが、もう一人のリルアと、見つめ合った。
「わたしと、わたしが、ここで会えたなら」
「うん、わたしと、わたしが」
「合体、しよ」
「うん」
二人のリルアが、ぎゅっ、と、手を握り合った。
そして——
二人の体が、光の中で、溶け合った。
一人の、リルアに、戻った。
——ただし、後光が、もっと、深く、なった。
夜空が、銀河を、孕んだ。
無数の、宇宙が、一人の女神に、収束した。
【限界突破を開始します】
【リルア:URランク→UR+1ランク】
『UR+1だとーーーー!?』
『そんなレアリティ、存在しない!』
『限界突破、最終形態の最終形態』
『運営、こんなの実装してたのか』
『ガチャ史上最高峰のレアリティ、初目撃』
リルアの体が、星屑をまといながら、ふわっ、と、浮かんだ。
ヴァニタスが、後ずさった。
リルアが、ヴァニタスを、まっすぐ、見た。
「ヴァニタスさん」
リルアの声が、宇宙に、響いた。
「あなたは、信仰を、食べる。でも——」
リルアが、両手を、広げた。
「わたしの信仰は、食べきれないよ」
ヴァニタスが、止まった。
「ひなたちゃんが、くれて」
リルアが、私の方を、ちらっと見た。
「コメント欄のみんなが、くれて」
リルアが、空を、見上げた。
「食べられても、すぐ、増えるから」
リルアが、両手を、ゆっくり、合わせた。
掌を、合わせた。
「みんなの——尊いを」
リルアの体から、無数の、光が、湧き出した。
夜空が、光で、塗りつぶされた。
「お返しします」
光の奔流が、ヴァニタスに、向かって、放たれた。
◇
『うわぁぁぁぁぁ!』
『これ、もう、終わるやつ!』
『ヴァニタスさん、お疲れ様でしたーーー!』
ヴァニタスの体が、光に、包まれた。
白い靄が、ぼろぼろ、剥がれていく。
ヴァニタスの胴体の中から、セラフィーナの体が、ぽろっ、と、落ちてきた。光に、押し出された。
「セラフィーナ!」
私は走って、セラフィーナを、受け止めた。
セラフィーナは、目を閉じてる。でも、息はある。後光が、戻ってきた。シャンデリア級。よかった。
——それだけじゃ、なかった。
ヴァニタスの体から、もう一人。
小さな、白い人影が、ぽろっ、と、こぼれ落ちた。
ふわふわの、髪。
「ルミナさん!」
私は、目を、見開いた。
ルミナさん——ヴァニタスに警告を伝えに来て、最後に喰われた、新人女神。
ルミナさんが、地面に、ふわっ、と、降り立った。おぼつかない後光。でも、ちゃんと、光ってる。
「あ、れ……桜庭、さん?」
ルミナさんが、寝ぼけたみたいに、目を擦った。
「生きてる」
私は、言葉に、ならなかった。
そして——ヴァニタスの体から、続々と、白い人影が、こぼれ落ちていった。
一人。二人。三人。
知らない顔の、女神たち。たぶん、ヴァニタスが、何百年、何千年もかけて、喰ってきた、女神たち。
『他の女神も出てきた!』
『何人いるんだ!?』
『過去に喰われた女神、全員、ヴァニタスの中に、いたのか』
『開放されてる』
『リルアちゃんの光が、全員を、押し出してる』
『歴代の女神、大開放セール』
女神たちは、ふわふわ、ふわふわ、地面に降りて、目を開けて、お互いを見て、生きてることを、確かめ合っていた。
ヴァニタスの体が、どんどん、小さくなっていった。
光に、削られて。
巨大な人型が、人間サイズに、なって。
人間サイズが、子供サイズに、なって。
最後に——
ヴァニタスの、輪郭しかなかった顔の真ん中に。
ぽっ、と——
人間の顔のようなものが、浮かんだ。
『無』の中に、かつての痕跡が、ほんの一瞬だけ顔を出した——みたいだった。
たぶん、原初の、ヴァニタスの、本当の顔。
哀しそうな、目。
口。
——目の色が、よく見えた。すごく、深い、紺。世界のはじまりに「光」が生まれる前の、暗い暗い色。その中に、ぽつんと、誰かを呼ぶみたいな、瞬きがあった。
——口は、何か、言いたそうに、開きかけて、結局、ことばにならなかった。
——たぶん、最初に言いたかった言葉が、もう、思い出せなかったんだろう。
「あ……」
リルアが、息を、漏らした。
「あなた、ずっと、寂しかったんだね」
ヴァニタスの顔が、ふっ、と、笑った。
笑った、と、呼べるかどうかも、たぶん、ぎりぎり。でも、顔の表情が、ほんの少しだけ、ほどけた。それは、たぶん、何万年ぶりかの、笑いだった。
リルアが、子供サイズになったヴァニタスの前に、ゆっくり、しゃがんだ。
両手を、そっと、差し出した。
「ねぇ」
ヴァニタスの紺の目が、リルアを、見た。
「ひとりで、虚無のままで、消えていくの——きっと、寂しいよね」
「……」
「だから、ね」
リルアが、微笑んだ。すごく、優しい、笑顔。
「私とひなたちゃんの、赤ちゃんに、ならない?」
「えっ」
私の声が、漏れた。
ヴァニタスの紺の目が、ぱちっ、と、瞬いた。
——リルアの方を、見て。
——私の方を、見て。
——もう一度、リルアの方を、見て。
そして。
こくり、と。
小さく、頷いた。
「うん。じゃあ、おいで」
リルアが、両手を、ヴァニタスの方に、広げた。
ヴァニタスの体——子供サイズの、白い人型——が、ふわっ、と、光になって、リルアの両手の中に、吸い込まれていった。
光が、リルアの両手から、お腹へ、ゆっくり、移動していった。
リルアのお腹のあたりが、ふわっ、と、淡く、光った。
そして、光は、リルアのお腹の中に、消えた。
——ヴァニタスは、もう、いない。
——リルアの中に、いる。
『えっ』
『えっえっえっ』
『今、何が起きた』
『ヴァニタスさん、リルアちゃんのお腹に、入った』
『赤ちゃんになった』
『虚無神→リルアとひなたさんの、赤ちゃん』
『輪廻転生、ガチで観測』
『創成の女神、極まる:虚無を、命に、変換』
『これ、エルナさんの鑑定そのまんまじゃん。「何かを生み出す力」』
『虚無→生命、変換成功』
『百合カップルが、赤ちゃん、授かった』
『尊い』
『尊い』
『尊い』
百合の総力戦みたいなコメント欄を、私は、ぼーっと、見てた。
——え、私とリルアの、赤ちゃん?
——ヴァニタスが?
頭が、追いつかない。
——空が、晴れた。
雲の渦が、ゆっくり、ほどけていった。
太陽が、戻ってきた。
リルアが、ふらっ、と、揺れた。
「リルア!」
私はリルアを、抱き止めた。
リルアの後光が、UR+1から、ゆっくり、UR、SSR、SR——下がっていった。
「ひなたちゃん」
リルアが、私の腕の中で、微笑んだ。
「みんな、無事?」
「うん、たぶん」
セラフィーナが、目を覚ました。
「あ、れ……?」
リルアの浄化光が、瓦礫の方にも、ふわっと届いた。
レクトの方を見ると、瓦礫の中で、レクトが、動いた。光に押されて、意識を取り戻したらしい。
「ぐっ……」
エルナも、息をしてる。眠ってるみたい。
「みんな、無事だ」




