第16話 UR、そんなレアリティ聞いてないんですけど(後編)
——その時。
雲の手前に、小さな、光が現れた。
ぽっ、と。
光が、降りてくる。
人型。半透明。淡い、光をまとった——
「えっ」
「ルミナ」
私は、その光を、知ってる。
アイドル総選挙で、女神化して、消えたはずの——ルミナ。
光の花びらになって消えた、3D最強アイドル、ルミナ。
それが——空から、降りてきた。
「あ」
リルアが、息を漏らした。
「ルミナさん」
セラフィーナも、目を瞠った。
「あの光は——女神の波形、です」
ルミナは、雲を抜けて、私たちの前まで降りてきた。半透明の体。表情は、悲しそうだった。優しい目で、私たちを見てる。
「みなさん」
ルミナの声。ステージで何百回も歌った、あの声。
「ルミナ……?」
「お久しぶりです」
ルミナが、微笑んだ。
「ようやく、声が届きました」
「届いた、って——」
「女神化してから、ずっと、神々の世界にいました」
ルミナの体が、少し透けて、向こう側の景色が見える。完全な実体じゃない。
「桜庭さん。リルアさん。セラフィーナさん。レクトさん」
ルミナが、私たち一人ひとりを見た。
「逃げてください」
——え。
「逃げる、って」
「ヴァニタスは、もう、女神世界の半分を、喰らいました」
ルミナが、目を伏せた。
「先輩女神たち、ほとんど、いません。もう」
「そんな……」
セラフィーナが、口元を押さえた。
「ルミナさん」
リルアが、おずおずと、声をかけた。
「うん?」
「あの——女神になって、苦しかった?」
ルミナが、ふっと、目を細めた。
「正直、最初は、こわかったです。女神世界に行くのも、誰の声も届かないのも」
「うん」
「でも——」
ルミナが、私を見た。
「女神世界からも、応援が、聞こえる時が、ありました。総選挙に投票してくれた人たちの『推せて、よかった』っていう声が。あれが届いてる間は、こわくなかったです」
「届いてたんだ」
「はい。ファンって、すごいですね」
ルミナが、ちょっと、笑った。
「だから、わたしが、最後の警告を、伝えに来ました」
ルミナの体が、もっと、透けてきた。
「リルアさん、セラフィーナさんは——逃げてください」
「逃げる、って」
「ヴァニタスは、女神を優先的に、喰います。SSRもRも、関係なく。見つかったら、おしまいです」
ルミナの目が、苦しげに、揺れた。
「でも、ヴァニタスは、リルアさんを——」
その時。
ルミナの体が、ぐらっと、揺れた。
「あっ」
ルミナの胸の真ん中から——白い、紐のようなものが、伸びていた。
紐の先は、北の空、雲の渦の中まで続いてる。
紐は、ルミナの中の——光を、吸い上げてる。
「ルミナ!」
私は走り寄った。手を伸ばした。でも、ルミナの体は半透明で、触れない。
「気付かれて、ました」
ルミナが、苦笑した。
「ヴァニタスに、わたしが警告に来ることを」
「ルミナさん、戻って!」
「もう、戻れません」
ルミナの体から、光が、ごっそり吸われていく。
ルミナが、私を見た。
「桜庭さん」
「うん」
「メロちゃんに、ありがとうって、伝えてください」
「うん、伝える、ぜったい伝える、だから——」
「メロちゃんは、わたしの分まで、生きてくれてます。投票してくれた、みんなの分も」
「うん」
ルミナが、最後に、笑った。
「みんな、ありがとう」
ルミナの体が、白い光になって、ヴァニタスの紐に、吸い上げられて——
消えた。
雲の渦の中で、ルミナの光が、一瞬、明滅して。
そのあとは、ただの、黒い雲。
ルミナがいた場所に、何も、残らなかった。
◇
『うわぁ』
『ルミナ……』
『無理だ、これ、無理だ』
『俺たち、無力じゃん』
『でも、警告、届いた』
『ルミナさん、消えてしまったよ(涙)』
私の頬を、何かが、伝った。
涙。
「ひなたちゃん」
リルアが、私の手を、ぎゅっ、と、握った。リルアの目も、濡れてる。リルアの指が、私の指の間に、しっかり、絡まった。離さない、っていう握り方だった。
「わたしも、泣いていい?」
「うん」
リルアが、私の肩に、頭を、預けた。後光がぽわぽわ揺れて、私の腕に、温かい光が、ぽたぽた、こぼれた。
「ルミナさん、最後まで、優しかった」
「うん」
「逃げて、って」
「うん」
「でも、わたしたち——」
リルアが、北の空を見た。
「逃げたら、追いかけてくる」
「うん」
「逃げきれない」
「うん」
私は、リルアと、セラフィーナと、レクトを、見回した。
エルナも、隣に立ってた。
五人。
「逃げないよ」
私は、空を見上げた。
「逃げて、追いかけられて、街の人たちが巻き込まれるくらいなら——ここで、迎え撃つ」
レクトが、聖剣を握り直した。
「同感だ」
セラフィーナも、シャンデリア後光を、控えめに灯した。
「わたしも、戦います」
リルアが、私の手を、もっと強く握った。
「ひなたちゃんの隣にいる」
エルナが、ノートを閉じて、ペンをポケットに入れた。
「わたし、戦闘は素人ですが、サポートはできます。鑑定スキルで、敵の弱点を探します」
『五人、揃った』
『最終決戦パーティ』
『N+R勇者×R女神×SSR勇者×SSR女神×記録者ギルド職員』
『なんか、属性的に、バランス良い』
『ただし、N+R勇者の主役感』
『主人公補正、ここで来てくれ』
私は、深く、息を吸った。
「みんな」
四人が、私を見た。
「私たち、今まで、いろんな『カード』を引いてきた」
「うん」
「Nアイテム、Rアイテム、SR——途中でやめたみんな、続けてきたみんな、出会った人」
「うん」
「全部、引いたカード」
「うん」
「全部、使う」
私は、北の空に、向き直った。
ヴァニタスの白い影が、雲の中で、ゆっくり、大きくなっていた。空の半分が、もう、黒い。
「引いたカードで、戦う」
リルアが、私の隣で、笑った。
「うん」
「この子と、一緒に」
リルアが私に、肩を寄せた。
「ぜったい、勝つ」
『出陣』
『主役、覚悟完了』
『次回、最終決戦』
『コメント欄、尊いって叫べ』
『叫ぶよ』
『叫ぶ』
『推しを、推す時が、来た』
ルミナの最後の笑顔を、思い出した。
「メロちゃんに、ありがとうって、伝えてください」
——伝える。
絶対、伝える。
そのためにも、ここで、終わるわけにはいかない。
私は、Rツルハシを、腰から抜いた。
「行こう」
雲の渦から、白い手が、伸びてきた。
街の上空に、巨大な、顔のない影が、ゆっくり、ゆっくり、降りてくる。
無貌神ヴァニタス。
URレアリティの、ラスボス。
ガチャで一度も見たことのない、聞いたこともない、伝説のシルエット。
——爆死しすぎて、ラスボスまで「初引き」になるとは思わなかった。
『運営、最後にURをぶっ込んできた』
『運営、こいつをガチャに入れんな』
『これは抗議します(最終話)』
『でも、引いちゃったからには、戦うしかない』
『N縛り勇者、URに挑む(神回確定)』
リルアの手を、強く、握った。
「行くよ」
「うん」
五人で、走り出した。
街の北。雲の渦の下。
——最終決戦。
引いたカードで、戦う。




