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ガチャ爆死で異世界召喚されたけど、スキルが『無料10連ガチャ(99%低レア)』と『コメント欄』しかない ~ゲーム知識でがんばります~  作者: ころにゃん


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第16話 UR、そんなレアリティ聞いてないんですけど(前編)

朝の空に「顔のない影」が映った日から、世界はおかしくなった。


宿に戻る道すがら、もう一度、揺れた。三回目。今度は、地面じゃなくて、空が。


「空、揺れた?」


「揺れた」


雲が、波打ってた。


水たまりに石を落としたみたいに、空の真ん中で、見えない波紋が広がる。中心点が、移動する。雲が、その波紋に従って、ぐにゃっと曲がる。


『え』


『空が揺れるって、何』


『空って、揺れるもんなの?』


『揺れるはずないんだよな』


『でも、揺れてるな』


『俺たち、いま、ヤバいもの見てる』


リルアの後光が、ぴかぴか、ぴかぴかしてる。さっきから止まらない。マッチ棒サイズに絞ってても、勝手に明滅する。


街の人たちも、空を指さしてる。子供が泣き出した。商店のおばさんが、開けたばかりの窓を、また閉めた。


——何かが、来る。



宿に駆け戻った。


レクトとセラフィーナは、別の部屋にいる。ドアをノックした。


「レクトちゃん!」


すぐに開いた。


レクトが、聖剣を持って立ってた。鎧は着てないけど、剣だけはもう、抜き身を腰に下げてる。隣にセラフィーナがいて——いつもの女神スマイルが、消えてた。


「ひなた」


「見た? 空」


「見た」


レクトの声は、低い。


「どういう状況だ」


「エルナさんが言うには、世界の層が内側から押されてるって。あの——空に映った影が」


セラフィーナが唇を噛んだ。それからリルアの方を、ちらっと、見た。リルアも、セラフィーナを見返した。


二人の視線が、一瞬、絡んだ。


声を出さない、けど、何か、伝わった。研修時代を共有した二人にしか、わからない、合図みたいな何か。


リルアが、小さく頷いた。セラフィーナも、頷き返した。


「ひなたさま」


「うん」


「わたし、あれを、知っているかもしれません」


——え。


「知ってる、って?」


「正確には、聞いたことがあります。女神世界で、研修中に、噂として」


セラフィーナがリルアの方を見た。リルアが、首を振った。


「私は、覚えてない、けど……」


「リルア先輩は、わたしより前の研修期生でしたから、聞いてないかもしれません。わたしの代では、研修官が一度だけ口にしました。『もし出てきたら、女神は逃げなさい』と」


「逃げる?」


「はい」


セラフィーナの声が、震えていた。


「あれは——女神を、喰うんです」


部屋が、静かになった。


『…………』


『コメント欄、固まる』


『それ、ガチで聞いてはいけないやつでは?』


『女神を喰う、って、文字通り?』


『食物連鎖の頂点、女神の上に、何かいる』


「セラフィーナ、続けろ」


レクトが促した。


「はい」


セラフィーナが、椅子に腰掛けた。レクトはその横に立って、聖剣の柄に手を置いてる。


「研修官は、こう言いました。『女神とは、人々の信仰によって形を保つ存在。R女神もSSR女神も、信仰の量が違うだけで、本質は同じ。信仰の集合体だ』と」


「うん」


私はリルアの隣に座った。リルアの後光が、私の腿に触れて、ぽわぽわ揺れてる。


「そして、『信仰そのものを喰らう存在』が、ごく稀に、世界の外側から、こちら側に染み出してくる」


「それが——」


「『無貌神むぼうしんヴァニタス』」


——名前が、出た。


セラフィーナが、その名前を口にした瞬間、リルアの後光が、ぐらっと揺れた。マッチ棒サイズだったのが、急に、ふっと、消えそうになって、ぎりぎり残った。


「リルア!?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」


リルアの声が、小さい。


「名前、聞いた瞬間、なんか、引っ張られる感じが、した」


セラフィーナが頷いた。


「やはり、リルア先輩も感じましたか」


「セラフィーナちゃんも?」


「はい。わたしも、いま、後光が——」


セラフィーナの後光が、シャンデリア級から、急にスポットライト級くらいに弱くなってた。


「名前を口にすることで、向こう側に『気付かれる』のかもしれません」


「じゃあ、もう言わない方が——」


「いえ」


セラフィーナが首を振った。


「もう、気付かれています。空に映ったのが、その証拠です」


レクトが、聖剣の鞘を、ガチャっと音を立てて握り直した。


「敵の特性を、整理しろ」


「はい」


セラフィーナが指折り数えた。


「一、無貌神ヴァニタスは、世界の外側から染み出す存在。世界の層を破って、こちら側に出てこようとする」


「うん」


「二、信仰を喰らう。人々の祈り、女神への崇拝、応援——それらすべてを、エネルギーとして摂取する」


「うん」


「三、女神を喰らう。信仰の集合体である女神そのものを、丸ごと取り込んで力を増す」


「……うん」


リルアが、すごく小さく、頷いた。


「四、SSRの女神が、特に標的になる。信仰の密度が高いから、最も栄養価が高い」


『お前ら、うっかり信仰したら養分にされるからな』


『推し活が、文字通り、敵の餌になるパターン』


『コメント欄も、信仰の一形態』


『俺たち、知らずに養分を提供してたかもしれない』


「五、前例が、ある」


セラフィーナが、目を伏せた。


「研修官は『過去に一度、出現した』と言いました。その時は——SSR3柱、SR12柱、R無数、合わせて全部、喰われたと」


「全部?」


「はい。喰われた女神たちは、二度と戻らなかった」


部屋が、また、静かになった。


リルアの後光が、ぐらぐら揺れてる。後光が泣いてる、って感じ。


「で、どうやって倒したんだ」


レクトが聞いた。


セラフィーナが、ゆっくり首を振った。


「倒せなかったそうです」


「は?」


「向こうが、満腹になって、勝手に世界の外側に戻った、と」


『最悪じゃん』


『それ、倒したんじゃなくて、お引き取り願っただけ』


『今回も同じパターンを期待——』


『は? また女神全部喰わせろってか?』


『それは無理だろ』


レクトが、深く息を吐いた。


「で、今回は、どうする」


「わかりません」


セラフィーナが、頭を下げた。


「わたしも、伝聞でしか知らない存在です。具体的な攻略法は、伝わっていません」


「難しいな」


「申し訳ありません」


「いや」


レクトが、セラフィーナの肩に手を置いた。


「責めてない。情報を出してくれただけ、十分だ」


セラフィーナが、ちょっと、目を潤ませた。


『レクトさま、優しい』


『普段ツンツンしてるレクトちゃんが、最終章モード』


『SSR勇者、シリアス顔いただきました』


『これは死亡フラグでは?』


『言うな』


『言うな』


『レクトの死亡フラグを折るぞ俺たち』



私は、リルアの肩を抱いた。


「リルア、自分のこと、どこまで覚えてる?」


「……あんまり」


リルアが、目を伏せた。


「わたし、コピーだから、本物の女神の記憶は、ほとんどない」


「うん」


「でも、たぶん、ヴァニタスの名前は——本物のリーゼリス様が、覚えてた」


「リーゼリス」


「うん。創成の女神。わたしの——本物」


リルアが、ゆっくり、息を吸った。


「ひなたちゃん、ダンジョンの洞穴で、話したよね。わたしが、リーゼリス様のコピーだって」


「うん」


リルアが、私の手を、ぎゅっと、握り返した。世界を作って消えたリーゼリス様。何百人もいる、配布女神のコピー。「余りもの」の自分を、ひなたちゃんが選んでくれた——あの夜の話の、続き、みたいな顔だった。


「で、本題はね」


リルアが、少し、姿勢を正した。


「リーゼリス様の記憶の中に、ヴァニタスのことが、ぼんやり、ある」


「えっ、覚えてるの?」


「コピーだから、原本の記憶の断片が、たまに出てくる」


「マジ?」


『リルアちゃん、設定が思ったより重い』


『コピーだから断片だけ持ってる、ってのは、SF的にロマンある』


『創造神メモリーの欠片、コレクションアイテム化希望(運営は対応しなくていい)』


「ヴァニタスは、世界の外の、虚無から来る。リーゼリス様が世界を作った時、こぼれた『何もない』が、向こう側で形を持った——みたい」


「『何もない』が、形になる?」


「うん。世界の裏返し。世界が『ある』なら、ヴァニタスは『ない』。だから、顔がないし、輪郭しかない」


「うわぁ」


『なに、その哲学的な敵』


『ニーチェかな?』


『SCPっぽい』


『無貌神って訳すと「顔のない神」だけど、原義は「ない、ない神」』


「で——倒し方は、リーゼリス様も、知らなかった」


「えっ」


「だって、リーゼリス様も、ヴァニタスを倒したことはないから。前回も、満腹で帰ったって、セラフィーナちゃんが言ったでしょ」


「うん」


リルアが、目を伏せた。


「ごめんね、ひなたちゃん。コピーのわたしに、思い出せるのは、ここまで」


「ううん。十分、教えてくれた」


レクトが、聖剣の柄を、ぎゅっと握り直した。


「情報がないなら、出たとこ勝負だ。なんとかするしかない」


「うん」



——その時。


街の中央で——


ふっ、と、街の音が、消えた。


人の声、馬車の音、犬の鳴き声、屋台の呼び込み——全部、どこかに、吸い込まれた。


一拍の、静寂。


そして。


ごおぉぉぉぉぉん。


鐘が、鳴った。


低く、長く、不吉に。


「警鐘だ」


レクトが、聖剣を抜いた。


「行くぞ」



街の広場に、人々が集まっていた。


警鐘を鳴らしたのは、街の見張り台の兵士。彼は、北の空を指さしてた。


「あれ、見てください!」


私たち四人は、走って広場に出た。


北の空——昨日まで、晴れてた方角。


そこに、雲が、渦を巻いてた。


黒い雲。普通の雨雲じゃない。光を吸い込む、深い深い、黒。


そして、その雲の向こうに——


「あれ」


人々が、息を呑んだ。


雲の隙間から、ちらっと——白い、人型のシルエット。顔がない。輪郭しかない。


ヴァニタス、だ。


セラフィーナの後光が、震えた。リルアの後光は、もうほとんど見えない。


レクトが聖剣を構えた。


「市民、退避!」


レクトの声が広場に響いた。SSR勇者の声量。聖剣の鑑定スキルが補強しているのか、人々の体に直接届いた。みんな、ハッと我に返って、走り始めた。家に。地下に。安全な場所へ。


私はエルナを探した。


エルナがギルドの方から、走って来てた。手にノートを抱えてる。


「桜庭さん!」


「エルナさん」


「先程、観測しました。北の空のあの渦——空間の歪曲点です。あそこから、何かが」


「ヴァニタスでしょ」


「えっ」


エルナが、目を瞠った。


「セラフィーナさんが教えてくれた」


「無貌神、ですか」


「知ってるの?」


「ええ。神話の伝承で、何度か——」


エルナが、ノートのページを繰った。中には、びっしり、文字が書かれてる。エルナの几帳面な字で。


「『顔なき神』『神々の喰らう者』『虚無の極』——様々な名で記されています」


エルナが、ヴァニタスの方角に、視線を上げた。瞳の奥で、鑑定スキルの光が、小さく走るのが見えた。


「……鑑定、結果が出ました」


「何て?」


エルナが、ペンの先を、震わせた。


「『UR』、と」


「UR?」


「初めて見る表記です。わたしの鑑定スキルで、こんなレア度が出たのは、はじめて」


「SSRが、最高じゃ——」


「ええ。これまでは、SSRが上限のはずでした。でも、いま、確かに『UR』と出ています。おそらく、SSRの、さらに上を示す——そう解釈する以外、ないかと」


エルナの声が、わずかに、上ずった。事務的な彼女の口調が、揺れたのは、はじめて見たかもしれない。


『え、UR?』


『URって、聞いたことあるか?』


『ない』


『UR=ウルトラレア、もしくはアルティメットレア。SSRのさらに上』


『でも、この世界のガチャ、SSRが最高だったよな?』


『そう。だから、URって出ても、誰も実物見たことない』


『SSRより上、聞いてないんですけど』


『そんなレアリティ、存在しなかったはず』


『運営、最終ボス用に新ランク勝手に追加してきやがった』


『これは抗議します(新規ランク追加に対して)』


頭の中のコメント欄が、騒いでた。


私は、北の空を見上げた。


雲の中で、白い影が、ゆっくり、こっちに、近づいてくる。

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