第15話 コメント共有機能?いらないんですけど(前編)
ダンジョンコアを叩いてから、三日。
街は、普通に戻っていた。
ブロック化現象は、コアを破壊した時点で拡大が止まり、街に届く前に踏みとどまった。地下から順に、ブロック化していた地形が時間経過で元に戻っていく。木は木に。岩は岩に。森の輪郭が、ぼんやりとした昨日の質感に戻った。
ギルドへの正式報告は翌日に終わった。エルナさんが報告書を受け取って、「お疲れ様でした」とすごく事務的に労ってくれた。事務的だけど、目が「ありがとう」って言ってた。
報酬金額は——「一旦の調査費+ダンジョンコア破壊の特別報酬」で、地味に大きかった。冒険者ランクは据え置き。N縛り勇者でも、普通に金は入る。
報告日の夜は、リルアと二人で湯につかった。お湯が普通に気持ちよくて、二人とも何も話さないまま、お湯の縁に頭を預けて目を閉じてた。それがすごく、平和だった。
二日目は、レクトちゃんとセラフィーナさんと一緒にギルドの食堂で昼食をとった。
三日目の今日、リルアが「お肉食べたい」と言ったので、屋台で串焼きを買った。リルアは両手でかぶりついた。後光がぽわぽわ。
あいかわらずガチャは爆死人生だけど、こういう日が一番幸せだ。
——と、その時は思っていた。
◇
三日目の夜。
宿に戻った。
ベッドに腰掛けて、リルアと向き合った。スキル画面を脳内に開く。
【スキル:コメント欄——Lv2】
【新機能:コメント共有(解放済)】
『任意の対象に対して、コメント欄の情報を共有可能。対象は自分と対象の双方の同意が必要』
——使わないと決めていたはずの機能。
封印した、はずだった。三日間、ずっと、画面を出さないようにしていた。それでも、ふとした拍子に、画面の輪郭が脳の隅に浮かぶ。風呂の中で。串焼きを食べながら。リルアの寝顔を見ているとき。
「使ったら、何が起こるんだろう」
——その問いが、消えなかった。
たぶん、余計な機能だ。たぶん、使わない方がいい。
でも、私の隣に、リルアがいて。リルアにコメント欄を見せたら、リルアはどんな顔をするんだろう、っていう、すごく単純な好奇心が、勝った。
「気になっちゃってさ」
「コメント?」
「うん。一回だけ、試しに。リルアに共有してみたいなって」
リルアが首を傾げた。後光がぴこんと跳ねる。
「ひなたちゃんのコメントを、私が見れるってこと?」
「らしいよ。同意がいるから、リルアが嫌なら——」
「見たい!」
即答だった。
『早ッ』
『食い気味すぎて草』
『これは興味津々』
「えっと、じゃあ、いくよ」
【コメント共有機能:対象を選択してください】
リルアの名前を選んだ。
【共有を開始しますか?】
「リルア、いい?」
「はい!」
【共有を開始しました】
リルアの目がきょろきょろした。耳の裏あたりを気にして、髪を触って、それから——ぱあっと顔が輝いた。
「見える……! ひなたちゃん、本当に流れてる!」
「うん」
【共有モード:表示中】
私の脳内のコメント欄が、リルアの脳内にも流れてる。同期。
その瞬間——コメント欄が、おかしくなった。
『リルア!?』
『リルアちゃんに見られてる!?』
『リルアちゃん本物だ』
「あ、はい、こんにちは……?」
リルアがおずおずと頭を下げた。
その瞬間、コメント欄が爆発した。
『可愛い』
『リルアちゃんがあいさつしてくれた』
『R女神(実質SSR)』
『ぽわぽわが画面越しに伝わってくる』
『推しを推せる時に推せ』
『俺の女神』
『いやお前のじゃない、みんなの女神』
『リルアちゃん等身大抱き枕(後光内蔵)売ってくれ』
『売り切れです』
リルアの顔が、見るからに赤くなっていった。
「えっ、えっ、これ、私のこと……?」
「リルアのことだよ」
「えっ、えっ……」
リルアの後光が、ぴかぴか明滅し始めた。嬉しいような、恥ずかしいような、混ざった明滅。
『後光ぴかぴか頂きました(記録用)』
『恥ずかしがってるのも尊い』
「ひなたちゃん……みんな、私のこと、こんなに——」
リルアの目が、うるうるしてる。後光がぽわぽわとぴかぴかの中間。
「えっと、いつもね、私、Rでロウソクで、いらない子だったから……こんなに褒めてもらえるの、はじめて……」
『泣くな』
『あ、もう泣いてる』
『運営、リルアちゃんに昇格通知を』
『いや、リルアちゃんはRでいい』
『R女神(信仰でSSR)』
リルアがふにゃっと笑った。後光がもう、いつもより、ちょっと大きくなってる。ロウソクが、束で点いたみたいに、ぽわぽわ揺らいでる。
ぽわぽわぽわぽわ。
「うれしい……」
私の中で、何かが、ちりっとした。
——なんで、こんなに、嬉しそうなんだろう。
——コメント欄の、誰かもわからない人たちに褒められて。
その時——コメント欄の、調子が変わった。
『これ、ひなたさん抱きしめてやれ』
『ここでキスでしょ』
『キス!キス!キス!』
『一線越えるシーン待機』
『お前らもう付き合ってんだから、見せ場くれ』
『ベッドはそこにあるんだぞ』
『R女神がぐらついてる今がチャンス』
『コメ欄民、調子乗りすぎ』
『でも見たい』
——リルアとの関係を、囃し立てられたくない。
——「キスしろ」って煽られて、するもんじゃない。
——リルアと心を通わせるのは、コメント欄のためじゃない。
『あ』
『嫉妬センサー作動』
『ヤバい、視聴者の俺たち、消されるかも』
リルアがまだコメント欄に夢中で気づいてない。
私は——私は、なんで、こんなことを試そうって思ったんだっけ。
「リルア」
「ん?」
「これ、切るよ」
「えっ」
「切るね」
「えっ、えっ」
【共有を終了しますか?】
迷わず「はい」を選んだ。
【共有を終了しました】
ぷつっ、と音がした。気がした。
リルアがきょろきょろした。
「あれ、消えちゃった」
「うん、切った」
『はぁ!?』
『切るな!!!』
『俺たちの楽園を切るな!!!』
『運営、復活ボタン』
「うるさいなぁ」
ぼそっと呟いた。
リルアが私の顔を覗き込んだ。
「ひなたちゃん?」
「……ううん」
「もしかして……怒ってる?」
「怒ってない」
『嘘だ』
『嫉妬してるって正直に言え』
「うるさい」
『独占欲覚醒イベント』
『煽った俺たちのせいでもある(反省)』
「うるさいって、言ってる」
リルアが目を丸くした。
「ひなたちゃん」
「うん」
「もしかして、コメント欄、なにか言ってた?」
「……うん」
「私には見えなくなったから、わかんないけど。最後の方、ひなたちゃんの顔、変わってたから」
息を吸った。
「コメント欄が、余計なこと言ってた」
「余計なこと?」
「うん。リルアと私のこと、囃し立てて、おもちゃにしようとしてた」
「囃し立てて……」
「『キスしろ』とか、『一線越えろ』とか。そういうの。リルアが、知らない人たちに、いいネタにされてるのが——なんか、嫌だった」
リルアが、目を丸くしたまま、しばらく止まった。
「あと、ちょっとだけ、嫉妬もしてた」
「ちょっとだけ?」
「……ちょっと多めに」
リルアの後光が、しゅん、と落ち着いた。明滅じゃなくて、深いところで、しっとり光る感じ。
「えへへ」
「笑うとこじゃないし」
「だって、嬉しい」
「なんで」
「ひなたちゃんが、コメント欄から、私のこと、守ってくれたから」
——言葉に、された。
私が言いたかったのに、リルアに先に言われた。「守る」って言葉、私の中ではちゃんとあったのに、口にする前に、リルアの方が拾ってしまった。
「言わないで」
「うん。ごめん」
「言わないで、それは」
「うん」
リルアが私の手を握った。後光が、私の手の甲までぽわぽわ伝ってくる。
「あのね、ひなたちゃん」
「うん」
「コメント欄のみんなに褒められたの、はじめてで、ぐらっとした。本当」
「うん」
「でも、わたし、知ってるよ」
リルアの青い目が、私をまっすぐ見た。
「わたしを一番最初に見つけてくれたのは、ひなたちゃんだから」
「うん」
「ぐらっとした分、ひなたちゃんに、ぎゅってしてほしい」
「……うん」




