第14話 ダンジョンコア攻略RTA(N+R装備限定)(後編)
ダンジョン最深部、コア部屋。
休憩が終わった、はずだった。が、たぶんもうちょっと時間がたちすぎている。RTA祭のはずだったのに。
リルアの後光はやっと落ち着いた。私も心拍がやっと正常に戻った。レクトは最後まで耳を赤くしてたけど、そのまま先頭に立って歩き始めた。
洞穴を出て、通路を進む。灼熱層の奥。空気がさらに重くなる。
——そして。
通路が急に広がった。
天井が高い、円形のドーム状の空間。
中央に、光る結晶が浮いてる。
「……これが」
「ダンジョンコアです」
『深度30メートル地点、結晶体確認! これが原因!』
『これがダンジョンコア(初めて見た)』
ダンジョンコア——と呼ばれる、紫と青の結晶。大人の人間くらいのサイズ。ふわふわ宙に浮いてる。コアから四方に、エネルギーが放射されてる。このエネルギーが地上のブロック化を引き起こしてるんだろう。
レクトが聖剣を構えた。
「斬る」
突進した。聖剣が煌めく。
——かきん。
弾かれた。
レクトの聖剣が、コアに弾き返された。レクト自身もダメージはないけど、剣筋を逸らされた。
「……硬い」
しばらく沈黙。
そして——
『コアが守護者を召喚してる、まずい!』
ドームの奥、影が動いた。
地鳴り。
結晶の床から、何かが生えてきた。紫と青の結晶が組み合わさった——人型。いや、巨人。
3階建ての建物くらいの高さ。両腕が太い結晶でできてて、脚は太い柱。頭は小さく、ただの飾りみたいに見える。全身が結晶で、光を内側から放ってる。
「結晶巨兵」
『ブロック化領域を守護する上位モンスター!』
『ダンジョンコアからエネルギー供給を受けて再生(典型的なボスギミック)』
『物理攻撃無効。コアから引き剥がせ』
『推奨攻略:①コアとの繋がりを断つ→②装甲破壊→③核を露出させて撃破』
『3段階ボスです(ガチ攻略勢)』
「3段階」
ゲームならお馴染みの構造。ボス戦の典型。コメント欄、ありがとう。
結晶巨兵がゆっくりこちらを向いた。結晶の目が、青く光る。
地面が揺れる。巨人が一歩踏み出した。一歩の重さが、ドーム全体を揺らす。
リルアの手を握り直した。
「みんな」
全員を見回した。
「第1段階——コアとの繋がりを断つ。巨兵とコアの間にエネルギーのラインが見える。あの線を遮る」
「線?」
「よく見て」
目を凝らすと、巨兵の胸から結晶コアに向かって、細い光の筋が繋がってた。かすかだけど、確実に脈動してる。
「レクトちゃん、セラフィーナ、あの線を斬って。聖剣と後光なら魔力系の繋がりに干渉できる」
「了解した」
レクトがセラフィーナに目配せした。「行くぞ、セラフィーナ」
「はい、レクトさま!」
二人で飛び出した。レクトが巨兵の注意を引きつけて、セラフィーナがその隙に後光で光の線を焼き切る——作戦。
レクトが巨兵の足元を駆け抜けた。聖剣を振るって巨兵の膝を斬る。傷はつかないけど、注意はレクトに集中した。巨兵が腕を振り下ろす。
「ごっ——」
地面が陥没した。レクトは一歩前で避けた。
その隙にセラフィーナが上空に跳躍。シャンデリア後光を全開。光のビームが、コアと巨兵を繋ぐ線に直撃した。
ぱきゃん。
線が切れた。
結晶巨兵がふらついた。ほんの一瞬。
『第1段階完了!』
『次は装甲破壊フェーズ』
「次。装甲破壊」
「これは私とリルアの出番」
Rツルハシを構えた。
「ひなたちゃん!?」
「ダメージ微弱のRツルハシでも、対象がブロック系なら効く。結晶巨兵の装甲は——結晶ブロック」
結晶の塊。ブロックの塊。Rツルハシで掘れるかもしれない。
リルアが手を握った。「わたしも!」
「リルアは浄化光を。結晶にヒビを入れて、ツルハシの効きを良くして」
「わかった!」
レクトとセラフィーナが巨兵の注意を引き続けてる。巨兵の腕が二人を追いかけてる間に、私とリルアが足元に潜り込んだ。
「いくよ」
「うんっ」
リルアの後光が巨兵の脚に当たった。浄化光。結晶がちりちりと音を立てる。光が結晶の奥に染み込んで、内側から脆くしていく。
「今!」
Rツルハシを振り下ろした。
かこん——かしゃん。
結晶の装甲が、割れた。
ヒビが入って、1ブロック分が剥がれ落ちた。ぽろっと。
「——斬れた!」
「もう一回!」
リルアが光を連射。私がツルハシを連打。ブロック1個ずつだけど、確実に装甲が崩れていく。
巨兵が脚の異常に気づいた。屈んで私たちを見る。結晶の目が、青く光る。
「ひなた!」
レクトの声。
巨兵が手を伸ばしてきた——のを、レクトが聖剣で受け止めた。手のひらと聖剣が拮抗する。レクトの腕が震えてる。
「ひなた、急げ!」
「うん——!」
ツルハシをさらに振るう。結晶の装甲がぼろぼろ剥がれていく。ようやく——巨兵の胸の中心に、青い光る部分が見えてきた。
核だ。
「ここだ」
『その青い光が核! 破壊してください!』
『コア露出フェーズ完了、最終段階へ!』
でも——
「遠い」
胸の中心は、3メートル以上の高さ。ツルハシが届かない。
レクトは腕を押さえてて動けない。セラフィーナはレクトの傍にいるけど、戦闘行動はまだ取れる。リルアは浄化光を出し続けてるから移動できない。
「……私が跳ぶしかない」
『ひなたのステータス的に跳躍できる高さじゃない(無慈悲)』
『C〜Dでその高さは無理(物理)』
そうだった。私は全ステータスC〜D。ジャンプ力も貧弱。普通に跳んでも届かない。
でも——
私は腰のポーチから、ビンを1本取り出した。
『N:一瞬だけ凍る水』
昨日のガチャで引いたやつ。用途不明だったN。
「これ——水に触れた瞬間、その水だけ一瞬凍るんだよね」
『触れた水だけ凍結! ただし1秒で溶ける』
『水がなきゃ何も起きないNアイテム(地味)』
「セラフィーナ! 水魔法、出せる!?」
セラフィーナがレクトの傍から顔を上げた。紫の瞳が、一瞬で状況を読み取る。
「——足場、ですね」
さすがSSR。一を聞いて十を知る。
「私が跳ぶ。届かない高さに、水を浮かせて。私が踏んだ瞬間にこのビンを割る——その水だけ凍ればいい」
『えっ空中の水を踏み台に!?』
『発想がアクロバティック過ぎる(褒めてる)』
『水魔法+凍る水+ジャンプの三段コンボ』
「1秒でいい。踏み込む一歩だけ凍ってくれれば——」
セラフィーナが片手を掲げた。紫の魔力が手のひらに集まる。
「リルア、巨兵の胸を照らして!」
「うんっ!」
リルアの光が胸の核を照らす。その光の下、私の頭くらいの高さに——セラフィーナが水魔法を放った。
ざぱっ。
宙に水の塊が浮かぶ。落ちる前のほんの一瞬、空中で球体になって留まる。
「いっくよ——!」
地面を蹴った。届かない高さ。でも、目の前に水球。
踏み込む足を、水球に当てる——その瞬間、私はビンを足元で叩き割った。
ぱりん。
凍る水が、空中の水球に飛び散る。
ばしゃんっ——足の裏で、水球がほんの一瞬、氷になった。
足のサイズ分だけ。靴の裏に張り付くみたいに。
「今ッ!!」
その氷を踏み台にして、もう一段、跳んだ。
氷が溶ける。溶ける前に蹴り上げて、さらに高く——結晶コアの目の前。
Rツルハシを両手で振りかぶった。
「——Rツルハシ、いくよッ!!」
振り下ろした。
かこん——ぱきゃん!
結晶コアが、割れた。
内側から青い光が漏れて、巨兵の体全体に亀裂が走る。結晶がパキパキ音を立てて、全身にヒビが広がっていく。
巨兵が動きを止めた。
崩れる。
ゆっくりと、後ろに倒れる。巨大な体が床に激突して、結晶の破片が四方に飛び散った。
私は足場の氷が溶けると同時に落下したけど、リルアの後光に押されて、ふわっと着地した。R女神のエアバッグ。
巨兵が完全に静止した。
撃破。
しん、と静寂。
レクトが手を緩めた。セラフィーナがレクトの腕を押さえてる。リルアが私に駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついた。
「ひなたちゃんっ!!」
「大丈夫、ありがとうリルア」
「こわかった……!」
「私もこわかった」
◇
結晶コア——つまり、ダンジョンコアに向き合った。
巨兵が倒れたことで、コアの守護が消えた。今なら壊せる。
「これを壊したら、ブロック化は止まるんだよね?」
「はい。エネルギー供給源が断たれれば、既存のブロックも時間経過で元に戻るはずです」
「了解」
Rツルハシで、結晶コアを突いた。
最後の一撃。
ぱきゃん。
コアが砕けた。
青と紫の光が爆発的に広がって、ドーム全体を照らした。光が壁に吸い込まれて——空気が変わった。
重かった空気が、軽くなった。地下なのに、外の風を感じるみたいな感覚。
「……終わった?」
『クリア!!!!』
『完走(パチパチ)』
『タイム、測ってなかった(休憩が長かった)』
『N+R装備限定でコアダンジョン踏破(記録的快挙)』
コメント欄が歓喜してる。
その時——
耳元で、ぴこんと音が鳴った。
【桜庭ひなた、コメントスキルのレベル2に到達しました】
「え」
【スキル:コメント欄——アップデート可能】
スキル画面が脳内に浮かんだ。レベル2で解放された新機能。
【新機能:コメント共有(解放済)】
『任意の対象に対して、コメント欄の情報を共有可能。対象は自分と対象の双方の同意が必要』
「……コメント共有?」
『新機能解放(ワクワク)』
『これ、リルアと共有したら大変なことになるやつ』
『ひなたさんのコメ欄、リルアに見られたらヤバい件』
「即封印しよう」
思わず口に出た。
「何?」
リルアが首を傾げる。後光ぽわぽわ。
「なんでもない。地上に戻ろう」
『封印宣言されたーーー』
『絶対そのうち解除されるやつ』
『フラグ立ってる』
コメント欄がうるさい。
◇
地上に戻った。
ブロック化した森の入口に出た瞬間、空気が違うのがわかった。重かったエネルギーが、薄くなってる。
森の方を見た。ブロック化した木が、さっきより少しだけ輪郭がぼやけてる。ゆっくり、自然な形に戻っていく。
「ブロック化、止まったみたい」
「よかったね、ひなたちゃん」
リルアが私の手をぎゅっと握った。後光がぽわぽわ。
『拡大停止確認!』
『時間経過で徐々に元に戻るパターン(典型的)』
『街、間に合った(拍手)』
◇
街に帰った。
ギルドへの正式報告は明日に回した。今夜はとにかく休みたい。全員、ヘトヘト。
宿に戻った。
レクトとセラフィーナは自分の部屋に戻った。レクトが去り際に「……よくやった」と小声で言ってくれた。耳が赤かった。
私とリルアの部屋に入った。
ベッドに倒れ込んだ。
「つかれた……」
「つかれたね……」
リルアが隣でぐったりしてる。後光がすやすやモード。
そして——また、耳元でぴこんと音がした。
【コメント共有機能:使用しますか?】
システム通知。自動で起動しようとしてる。
「使わないです」
【キャンセルしました】
よし。封印維持。
リルアがもそっと動いた。
「ひなたちゃん、さっきの洞穴のこと……」
「え?」
「……うれしかった」
顔が熱くなった。
洞穴でのキスを、思い出した。
「うん。……私も」
リルアが笑った。後光がぽわぽわ。
長い一日だった。
でも——まだ、これから何かが始まる気がした。
スキル画面の「コメント共有機能」が、やたらと気になった。
封印するって決めたのに。ふとした拍子に、気になる。
——使ったら、何が起こるんだろう。
その答えを知るのは、もう少し先のことだった。
——と、思ってたら。
「あ」
「ん?」
「今日の無料ガチャ、忘れてた」
ダンジョン攻略でバタバタしてて、深夜0時のルーティンを完全にスルーしてた。今は街に戻った夜中。日付的にはぎりぎりまだ今日のガチャ枠。間に合う。
「ひなたちゃん、引こう引こう!」
ぐったりしてたリルアが、ぱっと起きた。後光がぽわぽわ。ガチャの度にこの子は元気になる。本当に懲りない。
「いつものやつだろうけどね」
「えへへ。一緒に回そ」
ベッドに座り直して、リルアと手を重ねた。えいっと。
光が弾けた。
——灰色、灰色、灰色、灰色、灰色——金。
「金!?」
「ひなたちゃん、金だよ!? 金!!」
リルアが私の腕にしがみつく。後光が爆発的に光る。
金色の光なんて、何話ぶりだろう。SR以上の輝き。
「SRだ……!」
「やったやった! ひなたちゃん、すごい!」
光が収束していく。手のひらに、SRの輝きを放つアイテムが実体化する——
リルアと一緒に、息を呑んで覗き込んだ。
『SR:好きなRを取り出せる券(ただしこれまで手にしたものに限る)』
「…………」
「…………」
二人で、無言になった。
「えっと……これって……」
「これまで引いたRから、好きなRを1個選べるってこと、だよね?」
「うん」
「リルア」
「ん?」
「これ、SRだけど、結局、Rが出るやつ」
「うん」
「SRだけど、Rのチケット、ってこと」
「うん」
「……Rじゃん」
「Rだね」
私はベッドに倒れた。リルアも一緒に倒れた。
「金色の光、何だったの……」
「期待持たせるだけ持たせて、結局Rかぁ……」
R女神を引いてる時点で運営は私のところに何かを察してる気がする。「こいつ、Rしか引かないからRしか出さなくていいや」みたいな。スタッフルームでそういう会議があったんじゃないか。
『SR:Rチケット(Rです)』
『運営、ガチャの仕様考えた人クビでお願いします』
『金色の光出すなら本物のSR出してくれ(最低限)』
『SRの皮を被ったR(哲学)』
「……これまで引いたRって、何があったっけ」
指折り数えてみる。
「短剣(品質:並)」
「フレンドポイント、2個」
「化粧水」
「鉛筆」
「サイリウム……ライブの時の」
「Rツルハシ」
「……以上」
「結構あるね?」
「並べると、まあ、それなりに」
爆死人生14日分のRアイテム、種類だけ見ると6種類。それなりに引いてるはずなのに、戦闘で使えるのが短剣とツルハシくらいしかない時点で、爆死は爆死。
「短剣(品質:並)……Rとはいえ、品質は『並』だから、レクトちゃんの聖剣に頼る方が強いんだよね」
「うん」
「フレンドポイントは、フレンド申請成立しないと使えない条件付きアイテム。ばらまいても、ほとんど効かなかった」
「ほぼ未使用のまま在庫だね」
「そう。今これを複製しても、使う相手の心当たりがない」
「化粧水は——」
「異世界の乾燥対策で重宝してるけど、もう1本増えても消費に回るだけ」
「鉛筆も……」
「字を書くだけだし。1本ある」
「サイリウム」
「アイドル現場で振る用途だけど、今はそういう機会ないし……」
「ツルハシは、もう、ある」
腰のベルトに引っかかってる。一本で十分。二本になっても二刀流鉱夫になるだけ。
『二刀流ツルハシ(鉱夫)』
『ますます勇者から遠ざかる(採掘ガチ勢)』
『化粧水2本、鉛筆2本、サイリウム2本、フレンドポイント追加(生活感)』
『Rチケット、戦闘用途ゼロ(致命的)』
これまでに、N枠から出たアイテムは色々あった。虚無のポーション、壊れやすいビン、粘る糸、メッセージカード、一瞬だけ凍る水——便利なやつも、用途不明のやつも。でも全部N。Rチケットは対象外。
「使っても、今持ってるRが1つ増えるだけ。種類は増えない」
「うーん……」
「これからもっといろんなR引いたら、選択肢が増えるかもね」
「うん、いつかすごいR引けるかも!」
「いつか、ね」
そのいつかは、爆死を続けてる私には果てしなく遠い。
「とりあえず、とっておこう」
SRチケットをポーチにしまった。コメント共有機能と並ぶ、当面使い道のないアイテム第二号。
『SRチケット、ポーチ送り(合掌)』
『使えるRが増えるまで保管(気の長い話)』
『使う日は来るのか(疑問)』
「……結局、SRって言っても、Rなんだよなぁ」
ぼそっと呟いた。
金色の光に期待した分、落差がきつい。
「ひなたちゃん、元気出して!」
リルアが私に抱きついてきた。後光がぽわぽわ。あったかい。
「……うん」
R女神に慰められるN勇者。R女神を引いたガチャで、SRと思ったらRチケット。Rに始まり、Rに終わる一日。
ベッドに倒れたまま、リルアと一緒に眠りに落ちた。
長い一日が、ゆっくり終わっていった。




