第14話 ダンジョンコア攻略RTA(N+R装備限定)(中編)
灼熱層の洞穴。
暑さと疲労で、頭がぼんやりする。ダンジョンの奥で結晶巨兵が待ってる。次の戦闘で誰かが死ぬかもしれない。そういう状況の裏返しで、感覚が変になってる。
何かが近くにある。
いつもなら気づかないふりができるもの。いつもなら後回しにできるもの。
でも今は——近い。
「リルア」
「ん」
「……キス、していい?」
自分でも、どうして言えたのかわからなかった。
リルアの目が、暗がりの中で私を見た。青い目が、薄い光に揺れてる。
「……おでこ?」
「……ううん」
前のおでこキスじゃない。もっと——
「……唇」
言葉にした。声に出して言った。
お風呂でもキスした。あの夜も、した。でも——自分から「唇にしたい」って、言葉にしたことは、なかった。戦場で。仲間がすぐそばにいる場所で。死ぬかもしれなかった日に。
リルアの後光が、ぽわっと灯った。ロウソクの光。暗い洞穴の中で、二人の顔だけが淡く照らされる。
「……うん」
リルアが小さく頷いた。
顔を近づけた。近い。鼻が触れそう。リルアの吐息があたたかい。
触れた。
やわらかい。
リルアの唇が、私の唇に触れてる。
心臓がうるさい。洞穴に響きそうなくらいうるさい。でもリルアの心臓も同じリズムで鳴ってる。握った手から伝わってくる。
前とは、違う感覚だった。同じ唇なのに——死の匂いが残る場所で触れると、全身が震える。
羞恥心と興奮が、一緒に押し寄せてくる。仲間が洞穴の入口にいるという緊張。その危険性があるからこそ、余計に——心臓が激しく鼓動する。
短い。でも確かに、触れた。唇を離した瞬間、息が足りなくなった。
「……こんなところで、するの、はじめて」
リルアが呟いた。目を開けると、青い瞳が私を見つめてる。
「うん。……こんな場所で」
お風呂の時とも、あの夜とも、違う。死ぬかもしれない場所で交わすキスは——こんなにも、重い。
後光がぽわぽわと明滅してる。ピンクがかった光が洞穴の壁に揺れて、私たちの肌に柔らかく映り込む。リルアの頬が赤くなってるのが、薄暗い光の中でも見える。
「ひなたちゃん」
リルアが小さく言った。
「ん」
「……もう一回、していい?」
「うん」
今度はリルアから。リルアの手が私の頬を包んで、ゆっくり顔を引き寄せた。その時、リルアの吐息が私の頬に当たった。甘い、温かい息。
触れた。
さっきより、ちょっと長い。ちょっと深い。リルアが自分から唇の角度を変えて、より密接に。でもまだ、ゆっくりで——焦らず。
リルアの唇があたたかい。汗の味がする。でもいやじゃない。リルアの味。リルアの香り。スイートポテトみたいな甘い匂いが、こんなに近くから——全部が感覚に飛び込んでくる。
感じてる。確実に感じてる。自分の唇の輪郭がはっきりわかるくらいに。リルアとの接触点が、全世界みたいに思える。
「……ん」
小さく、声が出た。自分の声か、リルアの声か、わからない。
離れた。でも、すぐに——また。
ちゅ、と短く。今度は私から。リルアの下唇に、軽く唇を押し付けて、そっと離す。
「……後光、もれてる」
リルアの後光が、洞穴の外まで届きそうな勢いでぽわぽわ光ってる。さっきより明らかに、強くなってる。
「む、むりだよ……ひなたちゃんとキスすると、光っちゃうんだもん……」
「音、出さないようにしてね」
必死で、リルアに言った。洞穴の入口にレクトがいるんだから。
「……むりかも」
リルアが正直に言った。その声のトーンが——何か不安と期待が混じったみたいで。
「大丈夫。私が」
リルアの口に、そっと指を当てた。そしたら——リルアがその指を舌で舐めた。
「ひゃっ」
短い声が漏れた。それは——私の声。
リルアがその反応を見て、ちょっと悪戯っぽい表情になった。
「ひなたちゃん、敏感だ」
「余計に音出るから、やめて」
でも——本当はもっと、って思ってた。自分でもわかるくらい、顔が熱くなってる。
リルアの手が私の腰に回った。抱き寄せるみたいに。後光がその動きに合わせて、さらに明るくなった。
「ん……ひなたちゃん、あたたかい」
「リルアも、あったかい」
リルアの肌が、本当に熱い。戦闘の疲労と、暑さと、そして——この雰囲気が、全部が体温を上げてるんだろう。
頭がくらくらしてた。いや、くらくらじゃなくて——ぼーっとしてた。現実じゃないみたいな感覚。でも確実に感じてる。リルアの体温。リルアの匂い。リルアの吐息。
「もう一回」
リルアが言った。もう許可求めるんじゃなくて、そのまま唇を奪った。
唇を、合わせた。
灼熱層の洞穴で覚えた角度。深さ。リルアの頬を両手で包んで、舌を絡めた。リルアの後光がぴかぴかし始めて、でも、私の手の中で、行き場がなくて、ふわっと拡散する。私の体に染み込むみたいに、ぽわぽわ広がる。
死の匂いが残る場所で、私たちは、お互いの存在を、確かめ合うように、唇を重ねた。
お風呂の夜より、ずっと、ずっと、深いキス。仲間がすぐそばにいる場所で交わすキスは、こんなにも、危なくて、甘い。
「ひなたちゃん、好き」
「私も、リルア、好き、ずっと、好き」
——その先のことは、洞穴の壁に揺れたピンクの後光だけが、覚えている。
長い時間ではなかった。仲間が外にいる場所で、悠長なことはできない。
でも、リルアが最後に小さな声で「好き」と漏らした瞬間、リルアの後光がぽわっと一段明るくなり、洞穴全体がやわらかいピンクに照らされた。
「……誰にも」
「秘密。秘密だね」
「……うん」
リルアが、小さく笑った。その顔が——真っ赤だった。
でも——その赤さが、愛しかった。
◇
洞穴の入口から、咳払いが聞こえた。
レクトの咳払い。
「…………奥から光が漏れているのだが」
硬い声だった。いつものレクトの声より、明らかに硬い。
「え、あ、ごめん!」
「別に、邪魔をする気はない。ただ——」
レクトが言葉を濁した。口を開きかけて、閉じる。耳が真っ赤。何か言いたそう。でも、SSR勇者のプライドが、それを言わせない。
「ふんっ。何でもない。私は外で見張りを続ける——」
「レクトさま」
奥から、声がした。
セラフィーナの声。
「もう少し、こちらに来られたらいかがですか?」
セラフィーナが、岩肌の奥の見張り位置から、ゆっくり姿を現した。紫の瞳が、にこっと笑ってる。もしかして、最初から、ずっと、こちら側の番をしながら——全部、見ていた!?
「ぜ、全部聞いてたの!?」
「はい、全部」
セラフィーナが、にっこり。女神スマイル全開。
そして——
セラフィーナが、レクトの方を向いた。
「レクトさま」
「な、何だ」
「桜庭さんとリルア先輩、お二人だけずるくないですか? わたしたちもご一緒しましょう」
レクトが固まった。
「……は?」
「混ぜていただきましょう。きっと、お二人とも歓迎してくださいます」
「お前、何を言って——」
「レクトさまも、本当はそう思ってらっしゃるでしょう?」
セラフィーナが、レクトの目をまっすぐ見つめた。SSR女神の紫の瞳。
レクトの耳が、燃えるみたいに赤くなった。
「……ふんっ」
「ふんっ、はYesですよね、レクトさま」
「セラフィーナ、お前——」
「リルア先輩、桜庭さん。レクトさまとわたしも、ご一緒してよろしいですか?」
セラフィーナが、私たちの方を向いた。女神スマイル。完璧な敬語。
リルアが、ぱっと顔を上げた。
「セラフィーナちゃんも!?」
「先輩と桜庭さんがよろしければ」
セラフィーナの紫の瞳が、リルアをまっすぐ見てる。
「研修の時から、ずっと——」
「えっ」
「……いえ。なんでもないです。リルア先輩がよろしければ、ご一緒させてください」
セラフィーナの声が、いつもの女神モードに戻った。でも、紫の瞳の奥に——隠しきれない、何かが揺れてる。
リルアの後光が、ぽわっと一段階明るくなった。
「えへへ。セラフィーナちゃん、いいよ」
「ありがとうございます、先輩!」
セラフィーナが、ぴょんと跳ねるみたいに嬉しそう。SSR女神とは思えない、子犬みたいな喜び方。普段の女神スマイルが剥がれ落ちて、本気の感情が出てる。
そして——4人で、岩肌の上に集まった。
誰がどうという話を、誰もしなかった。ただ、なんとなく、4人で始まった。
リルアの後光が、私たち全員を、ピンクの光で包んでる。
セラフィーナが、リルアの前に膝をついた。SSR女神が、R女神の先輩の前に。
「リルア先輩、ずっと、こうしたくて」
セラフィーナの声が、いつもの敬語のままなのに、震えてる。
研修の時、髪を洗ってあげた話。リルアがしてくれた話だ。後輩のセラフィーナの髪を、リルアが洗う係だった。たぶんセラフィーナの方は、洗ってもらいながら、ずっと——。
セラフィーナが、リルアの首筋に、唇を落とした。
リルアの後光が、ぱぁっと、灯った。
——その隣で。
レクトが、私の前に膝をついた。
「お前」
「うん」
「……あの夜、私は——」
「……うん」
レクトの目が、揺れてる。SSR勇者の威厳が、剥がれ落ちてる。今ここにいるのは、ただの——ツンデレ。
「あの時、お前が私の腕を押さえていただろう。セラフィーナの治療を補助するためだ、と言って」
「うん」
「あの時から、ずっと——お前のことが、気になっていた。お前が私の腕を握っていた手の温度を、覚えている」
「私も」
「なに」
「あの夜、レクトちゃんの声、聞いてた。それから、ずっと——」
レクトが、私の唇を塞いだ。
ちゅ。
短い、不器用なキス。SSR勇者の初心者キス。
「……桜庭」
「ひなたって呼んでくれていいよ」
「……ひ、ひなた」
レクトが、私の名前を呼んだ。素直に。
「もう一回、いいか」
「うん」
二回目のキス。今度は、ちょっと深い。レクトの舌が、不器用に、私の唇をなぞる。やり方を知らない感じ。SSR勇者、聖剣以外は素人。
——岩壁の向こうで、リルアの「ふぁ」「あっ」っていう声が聞こえる。セラフィーナがリルアを攻めてる音。
——岩肌の上で、私はレクトと。
異世界に来て、こんなことになるなんて、想像もしなかった。
——4人の中で、いろんな想いが、こんがらがった糸みたいに、ほどけて、つながっていった。
レクトの不器用な手は、聖剣を握ってきた手で、力強くて、まっすぐで、迷いがあった。私の唇に触れる時、ぎこちなく震えて、それから、ためらいながら、深くなる。
「ひなた」
「レクトちゃん」
「……ひなた、と、呼ばせろ」
「うん」
向こうの岩肌で、セラフィーナがリルアにずっと片想いしていた感情を、ようやく言葉でも、体でも、リルアに伝えていた。
「リルア先輩、好き、ずっと好きでした……」
「セラフィーナちゃん……」
「研修の時、髪を洗ってもらった時から、ずっと——」
リルアが、セラフィーナをやさしく抱きしめている。先輩らしい、受け止める姿勢。
リルアの後光が、洞穴の壁に4人の影を映し、ピンクから、もっと深い色に揺らいでいた。
——その先のことは、書かない。4つの体温が、ひとつの空間に、絡みあった夜のことだけ、覚えている。
そんなことが、4人の間で、ぐるぐると、ずっと続いた。
最後にみんなが、ぐったりと岩肌の上に沈み込んだ時には、灼熱層の暑さが、ちょっとだけ和らいだ気がした。
◇
息が整うまで、しばらく。
岩肌の上に、4人。
セラフィーナが、リルアの胸に顔を埋めてる。にへっと笑ってる。とろけた笑顔。SSR女神の威厳がどこにもない。ただの——願いが叶った後輩女神。
「リルア先輩……」
「セラフィーナちゃん、すごかった」
「えへへ……ずっと、こうしたかったんです」
「えへへ」
リルアの後光がぽわぽわ。あったかいオレンジ色。受け入れて、慈しんでる光。
——一方、私とレクト。
レクトが、岩肌に座って、マントで自分を覆ってる。耳がまだ真っ赤。
「……ひなた」
「ん」
「……二度目のキス、悪くなかった」
「素直に言えるじゃん」
「ふんっ」
レクトのデレが、ちょっとだけ素直になった。聖剣以外は素人だったSSR勇者の、初めての夜。
リルアの後光が、ゆっくり落ち着いてきた。シャンデリアからランタン、ランタンからロウソクへ。あったかい光が、4人の汗ばんだ肌を、ピンク色に照らしてる。
セラフィーナが、リルアの腕の中で、すやすや言ってる。
「セラフィーナちゃん、寝た?」
「……寝かけてる」
「研修時代から、こうしてあげればよかった」
「先輩、優しい」
リルアが、にこっと笑った。SSR女神の片想いを、R女神の先輩が受け止めた瞬間。
——その光景を見ながら、ふと、頭の中で、何かが繋がった。
あの日のレクトちゃんの「治療」。あの時、セラフィーナは私を巻き込んだ。総選挙のあれこれの中で、なんだかんだ4人で過ごす時間が増えた。
昨日の聖手当法。腐敗病の治療、という建前で、私の心の壁が一個崩れた。セラフィーナは「リルア先輩、お手伝いいただけませんか」って、わざわざリルアを巻き込んで、3人で。
そして今夜、洞穴の中で——
「……あれ」
ぽつり、口から漏れた。
「ん?」
リルアが、リラックスした声。
「ううん。なんでもない」
なんでもないって言ったけど、頭の中では、点と点が線になってた。
セラフィーナがリルアの腕の中で、幸せそうに寝息を立ててる。
「研修の時、髪洗ってもらってる時から、ずっと——」
そう言ってた。それは、本当だと思う。
ただ——研修時代からずっと、その想いを胸にしまってきたセラフィーナが、ついに今夜叶えたのは、偶然じゃないはずだ。
たぶん、たぶんだけど。
セラフィーナは、これを狙ってたんだろうな。
私とレクトちゃんを巻き込んだのも、リルアを治療に呼び込んだのも、全部——リルアと、こうして並んで眠れる夜のための、長い長い助走。
私が「一人で抱え込む」タイプだから、まずは私を解す。レクトちゃんは「素直になれない」タイプだから、自然に距離を縮める。リルアの嫉妬を、独占欲じゃなくて分け合う方向に少しずつ慣らす。
そういう設計図が、今、なんとなく見える。
全部、ここに繋がってた。
「……してやられたな」
「ひなた?」
レクトが顔を上げた。
「いや、こっちの話」
「言え」
「言わないよ。たぶん、リルアが嬉しそうだから、それでいい」
レクトが、少し考えて、頷いた。たぶん、レクトもなんとなく察してる。SSR勇者にも、やっと届く類の鈍さ。
セラフィーナが、リルアの胸の中で「えへへ」と寝言を漏らした。本当に幸せな寝言。
——だったら、いいか。
長期計画かもしれないし、計算かもしれない。でも、今ここにある光景は——リルアもセラフィーナも、心からほっこりしてる。レクトちゃんも、不器用なりに、満たされた顔をしてる。
私も。
たぶん、私も。
戻ってきたコメント欄は、何も見えてなかったはずなのに、何が起きたのかを理解している書き方をしてる。なんで。
『聖手当法、今思えば布石だった疑惑』
『SSR女神、研修時代からずっと攻略の長期チャート組んでた説(仮説)』
『でもみんな幸せそうだからオールOK(結論)』
『セラフィーナの片想い、ようやく成就(感動)』
『これから先のレクトの心労が心配です(再)』
でも——その雑音さえ、今は心地よかった。




