第14話 ダンジョンコア攻略RTA(N+R装備限定)(前編)
『N+R装備限定ダンジョンRTA、開幕です』
『タイム計測開始(何のタイムだよ)』
『チャート組んでおけよ(無茶)』
『ガバったらリセポから(ダンジョンにリセポはない)』
コメント欄がRTA勢のノリで盛り上がってる。
私はRTA勢じゃない。どちらかというと周回勢だ。RTA勢の「1フレームの無駄を削る」思考は理解できるけど、私の適性は「いかに楽に経験値を稼ぐか」の方にある。
でも今は——早ければ早いほどいい。ブロック化が街に届く前に、ダンジョンコアを叩く。時間との戦い。
「RTAじゃなくて普通の攻略だよ」
『タイムを競う内容なのにRTAじゃないとかあります?』
『コメ欄の期待を裏切るな(無茶振り)』
「うるさい」
◇
ブロック化した森の、地面に穴を掘った。Rツルハシでかこんかこんと。土ブロック、石ブロック、たまに鉄ブロック。掘り進む度にアイテムがインベントリに溜まっていく。
「下掘り、ダメって前の世界のゲームだと言われてたやつだ」
「したほり?」
リルアが覗き込んでる。私の真上から。後光がぽわぽわ。
「真下に掘るの。下に溶岩があったら即死するから、マイクリだと初心者がやるミス」
「ようがんって何?」
「熱い液体。落ちたら焼け死ぬ」
「ひなたちゃん、やめて!」
リルアが後ろから抱きついてきた。
「大丈夫。マイクリ知識で、まずは斜め下に掘る」
『N勇者、ガチでマイクリRTA走者になってる』
『正解です(マイクリ初心者講座)』
『直下堀りを避けるという基本知識を披露してくれてる(教育配信)』
ダンジョン内には私たちパーティだけ。鑑定スキル持ちは街に戻ったから、ナビも遠隔支援もない。頼れるのは私の前世のゲーム知識と——コメント欄。
斜め下、斜め下、たまに横。マイクリの基本ムーブ。Rツルハシで階段状に掘り進む。リルアは私の後ろから、背中にぴったりくっついて見守ってる。昨夜の聖手当法で腐敗病は完治してるから、もう手繋ぎ回復は必要ない。それでも甘えん坊のR女神は離れない。
しばらく掘ると——途中で、虹色に輝くブロックが出てきた。
「え、レア鉱石?」
ツルハシを振り下ろした。
かっ。
刃が弾かれた。まったく掘れない。
『輝石鉱脈っぽい、たぶんSR級ピッケル要』
『無料勢には触らせないやつ(典型)』
『課金の壁じゃん』
コメント欄がいつものように教えてくれる。鑑定スキルじゃないけど、たぶん合ってる。
『無料プレイヤーには触れないレア鉱石(典型)』
『課金ガチャで採掘ピッケル引かないと無理(酷い)』
『Rツルハシ:Rブロックまで対応。SRブロック以上不可(仕様)』
「なんでそんなシステムなんだよ」
諦めて、普通の石ブロックを横に掘った。輝石鉱脈は見なかったことにした。
◇
深度15メートル。
空洞を迂回した先、横に広い通路に出た。
天然の洞窟っぽい。石の床、石の壁。でも微妙にブロック化してる。境界が曖昧。地上のカクカク感と、地下の自然な岩肌が混在してる。
暗い。松明がないから、光源はリルアの後光だけ。
「リルア、前を照らして」
「うんっ」
リルアの後光がランタン級に輝いた。通路の先が見える。赤っぽい地下の岩肌。苔がちらほら生えてる。そして——
影が動いた。
「……何かいる」
視線の先で、人型の影がふっと消えた。瞬間移動?
『影人! マイクリのエルダーマン枠』
『視線を外すと瞬間移動する習性! 見てれば動けない』
『目合わせると怒るタイプ要注意』
コメント欄が一気にモンスター辞典化した。鑑定スキルじゃないけど、ゲーマー集合知。
「エルダーマンじゃん……」
「えるだー?」
「前世のゲームのキャラ。目を合わせると怒って襲ってくる」
「じゃあ目合わせちゃダメ?」
「基本はそう。見ないフリして通り過ぎるのが——」
リルアが影人の方をじっと見た。
「リルア?」
「かわいそう」
「え?」
「だって、一人でこんな暗いところにいて。さびしそう」
リルアがつかつかと影人に近づいた。私が止める間もなく。
影人も微動だにしない。リルアの視線に固定されてる。
「こんにちは」
リルアが挨拶した。
影人が——動いた。
「逃げ——」
影人が跳ねた。でも攻撃じゃなかった。びゅんと後ろに下がって、リルアから全力で逃げてる。影の足が、カクカクした歩調で必死に走ってる。
「あ、追いかけちゃダメ!」
リルアが追いかけた。R女神が影人を追いかける構図が発生した。
「なんで逃げるの? 話したいだけなのに!」
「リルア、戻って——!」
影人が壁にぶつかって、ジタバタしてる。本気で怖がってる。
『影人、R女神の浄化光が苦手っぽい?(推測)』
『R女神を捕食対象として認識できないのか(仮説)』
『敵側のレア種族扱い疑惑』
「リルア、追いかけたらかわいそう」
リルアが追いかけるのを諦めた。「……帰っちゃった」
影人が壁に溶けて消えた。
後光がしゅんとした。
『R女神、モンスターに逃げられる(悲しい)』
『浄化光で無意識トラウマ(影人のメンタルケアが必要)』
『話したいだけなのに(天然の加害性)』
「リルア、影人はモンスターだから、仲良くしようとしないで」
「だって、さびしそうだったもん……」
「わかる。わかるけど。モンスターだから」
リルアが膝を抱えて座り込みそうだったから、手を繋いだ。「一緒に行こう」
後光がぽわっと戻った。
◇
次のエリアは——毒沼地帯じゃなかった。
茶色の大きな球体がふわふわ浮いてる。バスケットボール大。茶色い膨らみに、小さな目が二つついてる。
「あれは……キノコ?」
『膨張キノコ(バルーンシュルーム)! 近づくと爆発するやつ』
『マイクリのクリーパー枠』
『爆発範囲:たぶん半径3メートル(ふんいき)』
コメント欄、まじで使えるな。
「爆発? エルダーマンの次はクリーパーか」
「くりーぱー?」
「ゲームの話。気にしないで」
キノコが3個、通路をふわふわ漂ってる。真ん中通らないと進めない。
「爆発範囲、コメント欄が言うには3メートルくらい」
『接触起爆。HP的にひなたさん即死ライン』
『レクトの聖剣で速攻処理推奨』
「レクトちゃん、頼む」
レクトが前に出た。聖剣を構える。
「処理すればいいのか」
「できれば誘爆させないで1個ずつ」
レクトが膝を屈めて——飛んだ。聖剣を下段から上段へ。1匹目のキノコを一閃。
ぽんっ。
弾けた。音がかわいい。でも半径3メートルの衝撃波が壁に響いた。
2匹目、3匹目も同じ要領で処理。レクトのスピードなら爆風より速く動ける。さすがSSR。
でも——
「レクトちゃん、もう少し距離取って。真下から斬ると爆風で吹き飛ばされるよ」
「わかっている。ふんっ」
レクトの前髪が爆風でなびいてる。耳が赤いのは爆風のせいじゃない。
『レクトさま、派手に処理(SSRの暴力)』
『半径3mの爆発をゴリ押しで処理するSSRの力業』
『聖剣、対キノコにも使える(用途広い)』
通路の先を覗いた。
奥の広間に、膨張キノコがふわふわぷかぷか。10、20、30——50は超えてる。
「50体、レクトちゃんでも捌ききれない」
「正面突破は無理だ」
レクトが考え込む。
「トラップで処理できないですか?」
セラフィーナが提案した。
「トラップ?」
「はい。この通路は狭いので、入口に何か置いて——キノコが自分から突っ込むようにすれば、まとめて爆発して処理できます」
なるほど。
「私、マイクリで似たようなトラップ組んだことある」
「マイクリ……?」
「気にしないで。要は、誘導と起爆の自動化」
掘ったブロックをインベントリから取り出した。土、石、木材。それと、虚無のポーション。
『マイクリ知識でトラップ作戦!』
『ひなたさん、本領発揮タイム』
『これN勇者の頭脳プレイ枠』
通路の入口に段差を作る。土ブロックを3段積んだ。リルアと一緒に。レクトが監督してる。セラフィーナが変な場所に積もうとしたのを全員で止めた。
「セラフィーナさん、こっちじゃなくてあっち」
「あっ、ごめんなさい!」
「セラフィーナ、もう積むな」
「ひどい!」
段差の上に、紐を仕掛ける。引っ掛け式の罠。キノコが浮遊して通過すると紐に触れて、上に積んだビン——虚無のポーション入り——が傾いて落ちる仕組み。マイクリのレッドストーン回路の代わりに、原始的な物理トリガー。
「できた」
「あとは起動を待つだけだな」
レクトが頷いた。
待機。
しばらくすると、キノコの群れが段差に近づいてきた。ぷかぷか浮きながら、通路をふわふわ。
1匹目が紐に触れた瞬間、ビンが傾いた。
ばしゃ。
虚無のポーションが降ってきた。キノコの動きが止まる。
ぽん。
爆発した。
誘爆。隣のキノコも連鎖爆発。さらに隣も。
ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん。
ポップコーンみたいな連鎖音が通路に響いた。煙が立ち込めて、30秒後には——
静寂。
全部消えてた。50匹のキノコが、トラップ1つで壊滅。
『神トラップ(感動)』
『マイクリ知識を異世界に持ち込んだN勇者の本領発揮』
『ポップコーンパーティ(成仏)』
「うまくいった……」
リルアが「ひなたちゃんすごい!」と抱きついてきた。後光ぽわぽわ。
レクトが腕を組んで「……ふん。前の世界の知識、なかなか侮れんな」と呟いた。耳が赤い。
◇
深度25メートル。灼熱層。
温度が上がってきた。地下なのに熱い。地熱が強いのか、壁や床がじわじわ温かい。溶岩は近くに見えないけど、岩盤の向こうにはあるらしい。
汗が出る。
リルアの銀色の髪が、汗で頬にくっついてる。白いワンピースが肌に張り付いてる。後光もちょっと弱ってる。暑さでしんどそう。
レクトとセラフィーナは——。
「レクトさま、お水どうぞ」
「いらな……。……いや、いる。もらう」
レクトの聖なるマントが汗でしっとりしてる。SSRの鎧は装飾が多くて、たぶんセラフィーナよりレクトの方が暑い。
「ここで一旦休憩しよう」
通路の脇に、小さな洞穴があった。自然にできた窪み。横に広くて、腰掛けるのにちょうどいい。4人が入っても多少ゆとりがある。
「ここで一旦休憩」
『周囲、モンスターの気配なし(コメ欄調べ)』
『たぶん1時間くらいは安全(推測)』
『コメ欄、ガイド役買って出てる(鑑定スキルではない)』
鑑定スキルじゃないから100%は信じられないけど、コメント欄の集合知は意外と当たる。1時間。短いけど、ないよりマシ。
レクトが洞穴の入口に座った。「私は入口側を見張る。セラフィーナは奥側を頼む」
「はい。奥側、わたしが見ております」
「ひなたとリルアは奥で寝ろ。——先に休めているぞ」
レクトの声が素っ気ない。いつものツンデレ。でも配慮してる。
「ありがとう、レクトちゃん」
「ふんっ」
洞穴の奥に、リルアと入った。岩肌に背を預けて座る。床が温かい。汗が止まらない。疲労が一気に押し寄せてきた。
リルアが私に寄りかかった。
「ひなたちゃん、つかれたね」
「うん」
「……ねむい」
「寝ていいよ。添い寝回復しよう」
二人で岩の床に横になった。外からレクトの気配がする。でも洞穴の奥は暗くて、入口から見えない位置。
リルアの手を握った。あったかい。いつもの温度——じゃない。いつもよりちょっと高い。暑さのせいか、それとも——
「ひなたちゃん」
「ん」
「心臓、はやい」
気づかれてた。
「……リルアも」
リルアの手首に指を当てた。脈が速い。鼓動が手のひら越しに伝わってくる。
しばらく、二人とも黙ってた。
——リルアが、ぽつりと言った。
「……ひなたちゃん」
「ん」
「私ね、本当のこと、まだ話してないことがあるの」
リルアの声が、暗がりの中で小さい。後光は控えめに灯ってる。レクトに気取られないようにしてるんだろう。
「本当のこと?」
「うん。私が——『余りもの』の女神だって、前に言ったでしょ」
「うん」
「それ、半分くらいしか合ってないの」
リルアが、握ってる手に少しだけ力を込めた。
「私、リーゼリスっていう女神のコピーなの」
「リーゼリス?」
「世界を創った女神。創成の女神様。——もう、いないの」
リルアの声がやさしい。寂しさが混じってる。
「リーゼリス様は、世界を創ったときに、力を全部使い切っちゃったの。だから今はもう、本体はいない。でも、いなくなる前に、世界のあちこちに、自分のコピーを残したんだって。世界に何かあった時に、勇者を支えるために」
「それが、女神たち」
「うん。私もその一人。コピー、たくさんいるの。何百人もいる、たぶん」
何百人。
世界のあちこちに、リルアと同じ存在が、何百人もいる。
「だから、私の力は弱いの。一人分のリーゼリス様を、何百人で分けてるから。SSRのセラフィーナちゃんは単体の女神だから力が強いの。私はコピー女神だから、配布女神でR女神で、後光がロウソクサイズなの」
リルアが、自嘲気味に笑った。
「……元から、こうなんだ」
「リルア」
「うん」
「——それでもいい」
私は、リルアの手を握り直した。
「リーゼリスさんがどうとか、コピーがどうとか、何百人いるとか、関係ない。ここにいるリルアが、私の女神だから」
リルアの後光が、ぽわっと一回だけ大きく灯った。
「ひなたちゃん……」
「私が引いたカードはリルアだから。コピーでもRでもロウソクでも、ここにいるリルアが、私の世界一のSSRだよ」
リルアの目に、涙が溜まった。暗がりの中でもわかる。きらっと光る涙。
「えへへ……ひなたちゃん」
リルアが私に体を寄せた。岩の床の冷たさが、二人の体温で消えていく。
「だから、私はロウソクのR女神。ひなたちゃん一人を守るので、いっぱいいっぱい」
「十分だよ」
「えへへ」
リルアが、私の胸に顔を埋めた。後光がぽわぽわ。あったかい光が、暗い洞穴の中に小さく灯ってる。
——余りものの女神じゃない。創成の女神の、確かな分け身。
ロウソクでも、ランタンでも何でもいい。この子が私の隣で光ってくれてるなら、それで十分。
——熱気と、二人の体温と、リルアの後光と。死地を前にした夜は、まだ、これからだった。




