第13話 Rツルハシ、使い道がありました(前編)
異世界17日目。
ガチャを回した。深夜0時、いつものルーティン。リルアと手を重ねて、えいっと。
光が弾けた。灰色——と、一筋の青。
青。Rだ。
「青い! ひなたちゃん、青いよ!」
「見えてる」
リルアの後光がぽわぽわ明滅してる。ガチャの度にこの子はお祭りモードになる。毎回N、良くてRまでしかでないのに懲りない。でもそのおかげで、爆死しても救われる。
光が収束して、手のひらに実体化したRアイテムは——
ツルハシだった。
「……ツルハシ?」
木の柄に、青みがかった金属の刃。サイズは片手で持てるくらい。鑑定スキルがないからステータスは読めないけど、Rの光沢がちゃんとある。
『Rツルハシ(採掘用・攻撃力微弱)』
コメント欄が教えてくれた。攻撃力微弱。つまり武器としては使えない。
「ツルハシ……って、何に使うの?」
リルアが首を傾げた。銀色の髪が揺れる。
「鉱山とかで、岩を掘るやつ」
「岩を掘る?」
「うん。でも、今の私たちに鉱山に行く予定はない」
N枠の結果も確認した。
虚無のポーション×3(安定供給)、壊れやすいビン×2(いつもの)、粘る糸×2(消耗品補充)、メッセージカード×1(誰に送るんだ)、そして——
「一瞬だけ凍る水?」
ビンに一滴だけ液体が入ってる。揺らすと、ちゃぽんともしない。液体が凍ってるからだ。常温なのに凍ってる。
『N:一瞬だけ凍る水(用途不明・観賞用?)』
用途不明のN。いつものことだ。ポケットにしまった。
Rツルハシは——腰のベルトに引っかけた。使い道がわからないけど、Rだから一応持っておく。ソシャゲーマーの性だ。いつか輝く日が来るかもしれない。来ないかもしれない。
「ひなたちゃん、ツルハシ似合うよ」
「似合ってほしくない」
「かっこいいのに」
「勇者がツルハシ持って歩いてたら、鉱夫と間違われるよ」
『N勇者、ついに採掘業へ転職』
『冒険者ランク最底辺で鉱夫は昇進なのか降格なのか(哲学)』
コメント欄のツッコミ、うるさい。
◇
翌朝。
ギルドに顔を出した。エルナさんがカウンターにいる。いつもの光景。ポニーテール。切れ長の目。ノートを広げて何か書き込んでる。
「おはようございます、桜庭さん」
「おはようございます。今日のクエストは——」
言いかけた時、ギルドの扉がばんと開いた。
息を切らした冒険者が飛び込んできた。革鎧のベテランっぽいおじさん。顔が蒼白。
「大変だ! 東街道の外れ——地面が、おかしくなってる!」
◇
街の東側、徒歩20分。
全員で来た。私、リルア、レクト、セラフィーナ、エルナさん。エルナさんは「鑑定スキル持ちとして現地調査が必要です」とギルド長に許可を取ってた。仕事が速い。
「これは……」
レクトが立ち止まった。
目の前の景色が、おかしい。
森だった場所が——四角くなっていた。
木がブロック化してる。幹が四角柱。枝が直方体。葉っぱが立方体の塊。地面も四角いグリッド状に区切られてて、土も草も石も全部、きれいな直方体に変換されてる。
「……マイクリじゃん」
口から出た。
「まいくり?」
リルアが首を傾げる。
「前の世界のゲーム。世界が全部ブロックでできてて、掘って積んで建てるやつ」
「ブロックでできた世界! かわいい!」
「かわいくはない」
境界線がはっきりしてた。ここから先がブロック化してます、というくっきりした境目。普通の草原が、ある線を越えた瞬間にカクカクのブロック世界になる。
エルナさんがノートを開いた。
「これが報告にあった『ブロック化現象』ですね。現在も拡大しているようですね」
「拡大中?」
「あちらを見てください、おそらく10分で10センチのペースで広がっています」
『マイクリ実況始まった(歓喜)』
『整地勢歓喜(やめろ)』
『ブロック化……バグですか? 仕様ですか?(真剣)』
コメント欄が反応してる。
レクトがブロック化した木に触れた。こんっ、と硬い音がする。
「硬い。普通の木より遥かに硬い。聖剣で斬れるが——」
レクトが聖剣を抜いて、ブロックの木を斬った。すぱっと切れた。が——切り口からまたブロックが生えてくる。2秒で再生。
「再生する。斬っても意味がない」
「うわ……」
セラフィーナがブロック化した花を見つけて、しゃがみ込んだ。四角い花びら。四角い茎。
「かわいいですね。四角いお花」
「セラフィーナ、今そういうタイミングじゃない」
レクトがツッコんだ。でもセラフィーナは後光をキラキラさせながら四角い花を眺めてる。
エルナさんが鑑定スキルを使った。目を閉じて、手をかざして。
「……ブロック化した物質は、通常の物理法則と異なるルールに支配されているようです。破壊しても再生する。ただし——『適切な道具』で掘削した場合、アイテム化して回収できる可能性があります」
「適切な道具?」
「鑑定結果に表示されました。『採掘道具による掘削でのみ、ブロックのアイテム化が可能』と」
全員の視線が、私の腰に引っかかったツルハシに集まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「ひなたちゃん! ツルハシ!」
リルアの後光がぱぁっと明るくなった。
いやいや。まだわからない。これが「適切な道具」かどうかは——
Rツルハシを構えた。ブロック化した土に向かって、振り下ろした。
かこん。
ブロックがぽんっと弾けて、手のひらサイズの土ブロックになった。再生しない。アイテム化した。
『使い道あったーーーーー!!!』
『Rツルハシ大勝利(手のひらクルクル)』
『さっきまでゴミ扱いしてたくせに(手のひらドリル)』
コメント欄が掌返しの大合唱。
「……使い道、あった」
思わず呟いた。
リルアが目をキラキラさせてる。「すごいすごい! ひなたちゃんのツルハシ、すごい!」
後光がぽわぽわぽわぽわ。
レクトが腕を組んだ。「……ふん。Rアイテムが役に立つこともあるのだな」
「レクトちゃん、SSRの聖剣で掘ってみる?」
「聖剣は採掘道具ではない」
「でしょうね」
◇
ブロック化した区域を探索してると——動くものが見えた。
ブロックの向こう側。カクカクした影。
「——何あれ」
ずるり。ずるずるずるり。
四角い体。四角い頭。四角い腕。全身がブロックで構成された人型の何か。肌は灰緑色で、目は空洞。口が開いてる——四角い口で。
ブロックゾンビ。
「……ゾンビがカクカクしてる」
3体。いや4体。ブロック化した木の陰からのそのそ出てくる。動きもカクカクしてる。1歩がブロック1マス分。まっすぐしか歩けないのか、曲がる時は90度ずつ方向転換してる。
「かわいくない?」
リルアが言った。
「かわいくない!」
「でもカクカクしてて……」
「かわいくないから! ゾンビだから!」
『ブロックゾンビ、こっちの世界だとキーホルダーとかで大人気!』
『ブロックゾンビ、動きだけ見たらかわいい(否定できない)』
『でもアンデッドです(冷静)』
コメント欄が半分賛同してるのが腹立つ。
レクトが聖剣を構えた。「下がれ。私が片付ける」
レクトが飛び出した——聖剣が一閃。
ブロックゾンビの胴体を横一文字に斬った。ぱきゃんとブロックが砕ける。が——2秒で再生。ブロックが元に戻って、何事もなかったかのように歩いてくる。
「再生する——!?」
「さっきの木と同じだ。ブロック化した存在は斬っても戻る」
エルナさんがノートに走り書き。「アンデッド系モンスター。ブロック化の影響で通常攻撃無効。再生速度は約2秒」
レクトが舌打ちした。初めて聞いた。SSR勇者が舌打ちするくらいには厄介な相手。
「虚無のポーション、いける?」
ビンを投げた。ブロックゾンビの顔面にぶつかって、紫の液体が飛び散る。
ゾンビが一瞬止まった。虚無のポーション、感情を無にする効果。でも——ゾンビにそもそも感情があるのか怪しい。2秒後にまた動き出した。効きが薄い。
「くっ——」
リルアが前に出た。
「リルア!? 危ない——」
「大丈夫。なんか……わかるの」
リルアが両手を広げた。後光がぽわっと——いつもより強く光った。
ロウソクじゃない。ランタンくらい。信仰を誓った夜に一瞬だけ見せた、あの明るさ。
光がブロックゾンビに当たった。
「————」
ゾンビが止まった。灰緑色の体が——白く光り始めた。ブロックの端から光が染み込んでいくみたいに。
「浄化……?」
エルナさんが息を飲んだ。
ブロックゾンビの体が、光に溶けていく。カクカクだった輪郭がぼやけて、ブロックが一つ一つ光の粒になって散る。
消えた。
4体全部。リルアの後光に照らされた範囲のゾンビが、全部浄化された。
静寂。
「…………」
リルアが振り返った。ちょっと驚いた顔。
「……あれ。消えちゃった」
「リルア……今の、何?」
「わかんない。でも、この子たちが苦しそうだったから——楽にしてあげたいなって思ったら、後光がぴかっとなって」
エルナさんの目が大きく見開かれてる。ノートに猛スピードで書き込んでる。
「R女神の後光に浄化能力……。アンデッドに対して有効。これは——」
エルナさんが息を整えた。
「リルアさんの後光は、回復効果だけでなく、アンデッド系への浄化効果を持っている。女神の後光は本来そういう性質を持つもので、今までひなたちゃんとの添い寝回復でしか発揮されなかったのは——使う場面がなかっただけ」
リルアの後光がぽわぽわしてる。「わたし……役に立てた?」
「立てた。めちゃくちゃ立てた」
リルアがにぱっと笑った。後光がぱぁっと。
『R女神、対アンデッド特攻持ち(新スキル解放)』
『ずっとベンチだったR女神がメタ環境で輝く瞬間(感動)』
『浄化スキル持ちは周回で必須(攻略勢並感)』
コメント欄が盛り上がってる。
◇
セラフィーナも試した。
「わたしも光れます!」
セラフィーナのSSR後光が——シャンデリア級にばぁっと輝いた。
広範囲。ブロック化した森の半分くらいが光に包まれた。
遠くで、ブロックゾンビがまとめて消えていく音がする。しゃらしゃら、と光の粒が散る音。
「SSR後光の浄化範囲、推定半径50メートル。R後光の約10倍です」
エルナさんがデータを取ってる。
「リルアさんの浄化範囲は半径約5メートル。効果は確実ですが、範囲が狭い」
「10倍……」
リルアの後光がしゅんとした。
「でも」
エルナさんが続けた。
「リルアさんの浄化は『持続型』です。一度浄化した範囲のアンデッドは再湧きしない。セラフィーナさんの浄化は範囲は広いですが、一瞬で消えるので、時間が経つと再湧きする可能性がある」
「R女神の真骨頂、『微弱だが持続的な加護』ですね」
リルアの後光がぽわっと戻った。「わたしの光、じわじわ効くタイプなんだ」
「うん。リルアらしい」
『R女神はサポートタイプ(永続バフ型)』
『SSRは瞬間火力、Rは持続回復。メタ的に両方必要(ガチ攻略)』
◇
探索を続けてると——異変が起きた。
ブロックゾンビの群れを浄化しながら進んでいた時。足元のブロック化した草を踏んだ瞬間、体に痺れが走った。
「っ——」
ステータスに異常が出た。
『状態異常:腐敗病(ゾンビが倒されたブロック化領域に長時間滞在することで発生。HP微減。移動速度低下。放置すると進行)』
「ひなたちゃん!?」
リルアが駆け寄った。
「大丈夫……ちょっと痺れただけ」
大丈夫じゃなかった。足が重い。息が少し苦しい。腐敗した空気を吸い続けてるせいだろう。この領域自体が体に悪い。
「桜庭さん、腐敗病は時間経過で進行します。領域外に出れば自然回復しますが——」
「出たら探索できない」
ジレンマ。ここに留まると体が蝕まれる。でも出たら原因究明ができない。
リルアが私の手を握った。
ぎゅっと。
「……あ」
痺れが和らいだ。腐敗病のデバフ表示が——薄くなった。消えてはいないけど、進行が止まってる。
「リルア?」
「えへへ。添い寝回復の応用。手を繋いでると、ひなたちゃんの悪いものが私の方に流れてくるの。私は女神だから、腐敗には耐性があるみたい」
リルアの手があたたかい。いつもの体温。でも今は——命綱。
「リルア、無理しないで」
「無理じゃないよ。ひなたちゃんを支えるのは、私の仕事だもん」
後光がぽわっと灯った。あたたかい光が、繋いだ手から腕に、腕から体全体に広がっていく。
レクトが横を向いた。耳が赤い。
セラフィーナが「素敵ですね」と呟いた。後光がきらきら。
エルナさんがノートに書いてる。「手繋ぎ回復による状態異常軽減効果——」
「エルナさん、今それメモしなくていいから」
「データは大事です」
『手繋ぎ回復、状態異常にも効くのか(万能)』
『R女神、パッシブスキル多すぎでは(隠れ強キャラ)』
『手を繋いで冒険する勇者と女神。絵面が最高(泣)』
◇
手を繋いだまま、探索を続けた。
ブロック化の中心部に近づくにつれて、ブロックの密度が上がる。地面が完全にグリッドになってて、足を置く場所がブロック1マス単位で区切られてる。
「ここ、地面が掘れそう」
Rツルハシを構えた。手繋ぎを一瞬離す——腐敗病のデバフが進行し始める——急いでブロックを掘った。
かこん。
土ブロックが1個アイテム化した。掘った場所に穴が開く。その下にも土ブロック。さらに掘ると石ブロック。
「……これ、下にも続いてる」
「地下構造がありますね。ブロック化は地表だけでなく、地下にも及んでいます」
エルナさんが鑑定した。目を閉じて、長い間集中してる。
「——深度約30メートル地点に、大きなエネルギー反応。おそらく、これがブロック化の発生源」
「ダンジョンの核……」
「はい。ダンジョンコアと呼ばれるものだと思います。これを破壊しない限り、ブロック化現象は止まりません」
リルアの手を握り直した。デバフが和らぐ。
「地下30メートルか……」
Rツルハシを見た。1ブロックずつ掘れる。30メートルは——かなり掘る必要がある。
でも今は、それより先にやることがある。
「日が暮れる」
レクトが空を見上げた。ブロック化した空。雲まで四角い。夕焼けの色だけは通常通りで、四角い雲がオレンジに染まってる。
「夜になると——ゾンビの数が増えるはずだ」
「アンデッドモンスターのお約束だね」
ブロック化した世界で夜を迎える。ゾンビが湧く。ゲームなら「拠点を作って籠城」が定石だ。
「みんな、建築しよう」
「建築?」
「拠点。夜を越えるための。ブロックを積んで壁を作る」
Rツルハシでブロックを掘った。土ブロック、石ブロック、木材ブロック。アイテム化したブロックは手のひらサイズだけど、地面に置くと元のサイズに戻る。掘って、置く。それの繰り返し。
「私も手伝う!」
リルアが土ブロックを両手で抱えて運んでる。小さい体で一生懸命。後光がぽわぽわ。
レクトが石ブロックを片手で持ち上げた。SSR勇者のステータスだと、ブロックなんて軽い。
「どこに置けばいい」
「壁。まず壁を4面作って、屋根を乗せる。簡単な箱型で——」
「了解した」
レクトが石ブロックを積み始めた。
速い。さすがSSR。1秒1ブロックくらいのペースでぱかぱか積んでいく。
……が。
「レクトちゃん」
「何だ」
「壁の高さ、バラバラだよ」
見ると——東の壁が5ブロック、南の壁が3ブロック、西の壁が7ブロック。凸凹。
「均等に積むのが面倒だったのだ」
「面倒って……」
「戦闘なら高さを揃える必要はない。不規則な方が敵の侵入を予測しにくい」
「それは城壁の理論であって住居の理論じゃないんだよ……」
『豆腐ハウスにすらなってない(辛辣)』
『レクトさま、建築センスゼロ(新情報)』
『SSRステータスで建築Fランク(致命的欠陥)』
コメント欄が容赦ない。
セラフィーナがブロックを積んでる。丁寧に——と思ったら、なぜか壁の真ん中に窓でもない穴を開けてる。
「セラフィーナ、なんでそこに穴?」
「換気口です! 空気が通らないと息苦しいですよ!」
「壁の真ん中に穴開けたらゾンビ入ってくるから」
「あっ」
セラフィーナが慌ててブロックで塞いだ。が、塞いだ位置がずれてて、別の場所に穴ができた。
「……セラフィーナの方向音痴、建築にも発症してる」
「セラフィーナ。もう積むな」
レクトが静かに言った。やさしい声だった。諦めのやさしさ。
エルナさんが石ブロックを1個ずつ丁寧に積んでる。「桜庭さん、設計図を描きましょう。効率的な配置を共有します」
「さすがエルナさん。じゃあこっち来て、この土にブロック配置を——」
二人でしゃがみ込んだ。地面の土ブロックに、枝で設計図を描いていく。4×6マスの長方形。壁の高さは4ブロック統一。入口は1マス幅で、内側に段差を作ってゾンビの直進を防ぐ。
「ここに射撃用の窓を……」
「1×1マスの覗き穴ですね。ポーションを投げるのにちょうどいい」
「そうそう。あとここに——」
エルナさんと頭を寄せてる。おでこが近い。エルナさんの栗色のポニーテールが揺れて、切れ長の目がノートと設計図を交互に見てる。知的な目。データを扱ってる時のエルナさんは、いつもよりキラキラしてる。
——ちかっ。
リルアの後光が一瞬暗くなった。
振り返ると、リルアがブロックを抱えたまま、こっちを見てた。
「リルア?」
「……なんでもない」
後光がすぐ戻った。ぽわっと。でも——今の暗くなり方、覚えがある。エルナさんと距離が近い時に出るやつ。
「リルア、こっちおいで。一緒に設計しよう」
「いいの!?」
後光がぱぁっと明るくなった。駆け寄ってきて、私の隣にしゃがみ込む。
「ここにリルアの後光用の窓を作ったらどうかな。浄化光を外に向けて照射できるように」
「わたし専用の窓!? えへへ」
リルアが嬉しそう。後光がぽわぽわ。
エルナさんが「後光用の照射口、角度は90度がいいですね。浄化範囲を最大化できます」とノートに書き込んだ。
3人で設計図を完成させた。
◇
日が暮れた。
拠点が完成した。石と土のブロックで作った、4×6マスの箱。屋根つき。入口はジグザグの通路。覗き穴が4面に合計8個。リルアの後光用照射口が1個。
「……豆腐ハウスだ」
「豆腐ハウスだね」
レクトと同じことを呟いた。箱型の拠点は、どう見ても豆腐。
「でも豆腐ハウスは正義だよ。機能的で建てやすくて壊れにくい。マイクリの基本」
「まいくり……」
レクトが眉をひそめた。異世界人には通じない。
「前世のゲームの話。気にしないで」
拠点の中に全員入った。5人でちょっと狭い。リルアが私にくっついてて、レクトが壁際に立ってて、セラフィーナがレクトの隣。エルナさんが中央でノートを広げてる。
松明はない。光源はリルアの後光とセラフィーナの後光だけ。ロウソクとシャンデリア。ちょうどいい明るさ。
「ひなたちゃん、あったかい」
リルアが私の腕に抱きついてる。後光がぽわぽわ。手繋ぎ回復で腐敗病のデバフが抑えられてる。
夜が来た。
外が暗い。ブロック化した月は四角い。月光もカクカクしてて、幾何学模様みたいに地面に落ちてる。きれいだけど不気味。
「……来る」
レクトが覗き穴から外を見た。
ずるり。ずるずるずるり。
ブロックゾンビの大群。昼間の比じゃない。10体、20体——暗闘の中から、次々と四角い影が湧いてくる。
「多い……」
「桜庭さん、推定40体以上です」
エルナさんが冷静にカウントしてる。
「リルア、照射口から浄化して。セラフィーナは広範囲浄化をおねがい」
「うん!」
「はい!」
リルアが照射口に顔を近づけた。後光がぽわっと——ランタン級に光る。光の筋が照射口から外に伸びて、ブロックゾンビを照らした。
しゃら、しゃら。光に触れたゾンビが浄化されていく。1体、2体、3体。
セラフィーナが拠点の上に立った。屋根の上。SSR後光をばぁっと全開にした。
シャンデリアの光が四方に広がる。遠くのゾンビがまとめて消えていく。
「いい感じ——」
だが。
セラフィーナの光が消えた後、数十秒で——新しいゾンビが湧き始めた。
「再湧きが早い」
「エルナさんの予測通りだ。セラフィーナの浄化は持続しない。一掃しても夜の間は次々湧く」
「つまり——朝まで持久戦」
私は覗き穴から虚無のポーションを投げ続けた。直接倒せないけど、2秒の足止めにはなる。その隙にリルアが浄化。効率は悪いけど、着実に削れる。
レクトが拠点の壁に張り付いたゾンビを、壁越しに聖剣で突いてる。ブロック越しだと再生が遅いことに気づいたらしい。壁1枚挟むと、ゾンビの再生速度が半分になる。
「壁が盾になってる。ブロック同士は干渉し合うみたいだ」
「なるほど。ブロック化した壁の内側にいれば、ブロックゾンビの再生力が弱まる」
エルナさんがまたメモしてる。この人は戦場でもデータを取る。
長い夜だった。
ゾンビの波は3回来た。1波目は40体、2波目は60体、3波目は——数えるのをやめた。100は超えてた。
リルアの後光が途中でしぼんだ。浄化のしすぎで消耗したらしい。
「リルア、無理しないで」
「まだ……もうちょっと……」
「だめ。休んで」
リルアを拠点の奥に座らせた。セラフィーナが後光で照らし続けて、レクトが壁際で守って。私は虚無のポーションを投げ続けた。
——夜は、まだ、終わらない。




