第12話 一人の信仰で、十分です(後編)
涙を拭いて、少し落ち着いた。
二人とも目が赤い。泣きすぎた。でも、いい涙だった。
リルアが私の横に座ってる。肩がくっついてて、後光がぽわぽわ光ってる。
「……ひなたちゃん」
「ん」
「今日は一緒に寝ていい?」
いつも一緒に寝てる。でも——今日は、リルアの声のトーンが違った。いつもの天然の「一緒に寝よう」じゃない。もっと——真剣な、でもあたたかい声。
「うん」
いつものベッドに二人で入った。
でも今日は——距離が、いつもより近い。
リルアが私の方を向いて寝てる。顔が近い。鼻の先が触れそうなくらい。後光が暗くなっていて、月明かりだけが窓から差し込んでる。
リルアの銀色の髪が、月の光を受けてきらきらしてる。青い瞳が、暗がりの中でもはっきり見える。
「ひなたちゃん」
「……ん」
声が出ない。距離が近すぎて、心臓がうるさすぎて。
「ありがとうの続き、してもいい?」
「続き……?」
リルアの顔が近づいた。
唇が——
おでこに、触れた。
やわらかい。
リルアの唇が、私のおでこに触れてる。
あたたかい。後光みたいに。体の奥からじんわりあたたかくなる感覚が、おでこから額全体に広がって、頭のてっぺんからつま先まで——
心臓が爆発した。
顔が熱い。頭が真っ白。体中の血液が全部顔に集まった気がする。
リルアの唇がおでこから離れた。近い距離で、リルアの顔が見える。目を細めて笑ってる。
「女神の祝福。……だめだった?」
「だ、だめじゃない……だめじゃないけど……心臓が……」
心臓がバクバクしてる。音が聞こえてるはず。こんなに近いんだから。
リルアがくすっと笑った。
「ひなたちゃん、顔まっか」
「リルアのせいだよ……!」
「えへへ」
リルアがもう一度、おでこに唇を当てた。
今度はゆっくり。長く。
唇が額の中央に触れて、じわっとあたたかさが広がる。リルアの息が額にかかって、くすぐったくて、でも気持ちよくて——
リルアの唇がゆっくり動いた。額の真ん中からちょっとだけ横にずれて、こめかみの近くに移動して、そこにもう一度、ちゅっ、と唇を押しつけた。
リルアの唇がやわらかい。あたたかい。甘い匂いがする。リルアの匂い。いつも隣にいるのに、こんなに近いと——もっと甘い。
おでこにリルアの体温が残ってる。唇が離れた後も、じんわりあたたかい。額の皮膚の下で、血が脈を打ってる。
リルアの後光がぽわーっと明るくなった。抑えられない。
「リルア、後光……」
「む、むり……うれしくて……」
後光がぽわぽわぽわぽわ光ってる。部屋中が光で満たされてる。あたたかい桃色の光に、二人だけの時間が包まれてる。
「……リルア」
「ん?」
「……私も、していい?」
リルアの目がぱちくりした。
「ひなたちゃんも……?」
手が震えてる。でも——リルアの前髪をそっとよけた。銀色の髪がさらさらと指の間を滑る。
リルアの額が見えた。白くて、きれいで、月明かりに透けるような肌。
唇を近づけた。
触れた。
リルアの額に。
やわらかい。あたたかい。
リルアの肌がすべすべで、唇が吸いつくみたいにぴったり合って、甘い匂いがする。リルアの匂い。花みたいな、でも花じゃない、リルアだけの匂い。
リルアの肩が、小さく震えた。後光がぽわーっと、明るくなる。
「ひなた、ちゃん……」
リルアの声がとろけてる。名前の呼び方が、いつもと違う。もっと——やわらかい。
唇を離した。
リルアの顔を見た。
頬がピンク色で、目がうるんでて、唇が少し開いてて——後光がぽわぽわぽわぽわぽわぽわ。
「……うれしかった」
リルアが小さく言った。
「私も」
二人とも顔が真っ赤。後光のせいで明るいから全部見えてる。
リルアの手を握った。ぎゅっと。
リルアがぎゅっと握り返してきた。
そのまま、リルアを引き寄せた。
「ひゃっ」
リルアの体が私の胸に飛び込んできた。銀色の髪がふわっと広がって、甘い匂いがした。
リルアの呼吸を感じてた。あったかくて、やわらかくて。
——でも。
リルアの後光が、ちかちかし始めた。
さっきまでの穏やかなぽわぽわじゃない。不安定な明滅。嫉妬の時のリルアの後光。
「……ひなたちゃん」
「ん?」
「あのね」
リルアが私の胸から顔を上げた。青い目が、暗がりの中で揺れてる。
「一昨日の夜——レクトさんの部屋で、何があったの?」
心臓が止まった。
あの朝、リルアに聞かれた時は「見てただけ」で逃げた。でも今——リルアの目が、嘘を許さない目をしてる。
「……何も——」
「嘘」
リルアの声が、いつもと違った。天然のふわふわした声じゃない。低くて、まっすぐな声。
「ひなたちゃんが嘘つくと、ひなたちゃんの体温が変わる。一緒に寝てるから、わかっちゃう」
体温センサー。添い寝回復の副産物。嘘発見器機能がついてた。
「…………」
逃げられない。
「……レクトちゃんが怪我してて。セラフィーナが治療して。それを見てて——」
「見てただけじゃないでしょ」
「……レクトちゃんの治療を、間近で見て、頭がいっぱいになっちゃって。自分でも、なんか、変な気持ちになった」
声が震えた。最低だ。リルアの前でこんなこと言うの、最低だ。
「レクトちゃんの声を聞いて。セラフィーナの手を見て。それで——」
「……やっぱり」
リルアの後光がしゅーんと暗くなった。ロウソクの灯がほとんど見えなくなるくらい。
「リルア……ごめん」
「……ずるい」
小さな声。拗ねてる。怒ってるんじゃない。拗ねてる。
「私が先だったのに」
お風呂で、初めて触れ合った夜のこと。
「リルア——」
「……べつに、怒ってるわけじゃないよ。レクトさんもセラフィーナも、大事なパーティメンバーだし。ひなたちゃんが楽しかったなら……いいんだけど」
いいんだけど……
後光がちかちか。全然良くなさそう。
「……でもね」
リルアが私の胸から顔を上げた。青い目が——濡れてた。涙で。でも、泣き顔じゃない。
もっと——熱い顔をしてた。
「私にも、して」
「え?」
「レクトさんの時のひなたちゃんの顔、私も見たい。もっとたくさん。……独り占めとは言わないけど、一番たくさん見るのは私がいい」
一番たくさん。独り占めじゃなくて、一番。
リルアらしい。全部自分のものとは言わない。でも、一番は譲らない。
リルアの両手が、私の肩を掴んだ。
押し倒された。
「っ——リルア!?」
背中がベッドに沈んだ。リルアが上にいる。銀色の髪がカーテンみたいに降りてきて、月明かりに透けてる。
後光が——灯った。
暗かった後光が、ピンク色にぽわっと灯った。さっきまでのしゅんとした暗さが嘘みたいに、甘い色。
「ひなたちゃんの一番は、私だよね?」
リルアの声が、ちょっとだけ不安そう。確認してる。
「……うん。リルアが一番」
「えへへ。じゃあ——」
「ひなたちゃん」
「……ん」
「今日は、私がする」
お風呂の時は、私がリルアに触れた。リルアは受け止めるだけだった。初めてだったから。何もわからなかったから。
でも今——リルアの目は、あの時とは違う。
知ってる目をしてる。
何をすればいいか——知ってる目。
『リルアの後光がしゅんとしてる(やきもち?)(かわいい)(怖い)』
コメント欄を遮断した。
◇
リルアの指が、私の頬に触れた。
やさしい。あったかい。いつものリルアの手。でも、指先がかすかに震えてる。
「ひなたちゃん」
「……ん」
「目、閉じないで。私を見てて」
青い目がまっすぐ私を見下ろしてる。月明かりとピンクの後光に照らされて、銀色の髪がきらきら光ってる。
きれいだった。いつも思うけど——こんなに近いと、もっときれい。
リルアの顔が近づいてきた。
唇が——今度は、おでこじゃなかった。
唇に、触れた。
ちゅ。
やわらかい。あの時と同じ。お風呂で触れたのと同じ唇。でも——今の方が、甘い。
リルアが離れない。唇を押しつけたまま、角度を変えた。ちょっと首を傾けて、もう一度。
ちゅ、ちゅ。
リルアの両手が、私の頬を包んだ。それから、肩へ、胸元へ。指がぎこちなく、寝間着のボタンに触れる。
「ひなたちゃん」
「……ん」
「脱がせて、いい?」
「……うん」
ボタンが一つ外れた。ふたつ。みっつ。
——その先のことは、いつものように、リルアのロウソク後光が、私たち二人をあたたかいピンクの光で包んだ、ということだけ書いておく。
リルアは、お風呂の夜よりずっと積極的だった。
「ひなたちゃんの一番は、私だよね?」
リルアの声が、ちょっとだけ不安そう。確認してる。
「……うん。リルアが一番」
「えへへ。じゃあ——今日は、私がする」
お風呂の時は、私がリルアに触れた。リルアは受け止めるだけだった。初めてだったから。何もわからなかったから。
でも今——リルアの目は、あの時とは違う。何をすればいいか、知ってる目をしてる。
「お風呂の時、ひなたちゃんが教えてくれたから……ぜんぶ、覚えたの」
リルアの指は、私の体の弱い場所を、的確に見つけて、丁寧に触れた。後光で体温の変化を感知してるのかもしれない。私が漏らす声に合わせて、角度を変えて、強さを変えて。
「えへへ。ひなたちゃんが教えてくれたから」
「教えたつもりはない……っ」
私は、リルアの腕の中で、何度も、何度も、声を漏らした。最後にリルアが、私の額にキスをしてくれた瞬間——
「リルア……っ、リルア……好き……っ」
「私も好き。大好き。ひなたちゃん」
私の中で、ぱっ、と、何かが弾けた。
体がぎゅっと締まって、リルアの後光が、爆発するみたいにピンクに広がった。
「ぁ……ぁ……はぁ……はぁ……」
長い余韻。
リルアが、私の顔を覗き込んでる。
「……ひなたちゃん」
「……ん」
「この顔は——私のだよ」
青い目が潤んでる。嫉妬の色はもう消えてて、代わりに——愛しさと、安心と、ちょっとだけ誇らしげな色が混じってる。
「……うん」
認めた。
「リルアのだよ」
リルアの後光がぽわーっと明るくなった。ピンクから、あたたかいオレンジに変わっていく。
◇
……でも、まだ終わりたくない。
リルアの手を掴んだ。
「ひなたちゃん?」
「今度は、私の番」
リルアの目がぱちくりした。リルアを押し返した。体勢が逆転する。リルアが下、私が上。
「ひゃっ……ひなたちゃん、積極的……」
「リルアが教えた」
「私?」
「さっきの、全部。覚えたから」
リルアの目が、期待で光った。後光がぽわぽわ明滅してる。
——今度は、私が、リルアに、丁寧にお返しをする番だった。
リルアの頬を両手で包んで、唇を重ねた。お風呂の夜より深いキス。
「ひなたちゃん……」
「リルア」
リルアの手が、私の背中に回って、しがみつく。
——その先のことは、ふたりだけの夜の、ふたりだけの記憶。
最後にリルアの後光が、ロウソクから、ランタンを超えて、シャンデリア級まで、ぱぁっと、輝いた瞬間が、ピークだったと思う。月明かりの部屋が、一瞬、真昼みたいに、明るくなる。
リルアの体から、ふっと、力が抜けた。
「……世界で一番、かわいい顔」
銀色の髪が頬にかかって、頬がピンクで、目がとろんとしてる。
世界で一番、かわいい顔。
◇
リルアが私の胸に顔を埋めた。
後光がぽわぽわぽわぽわ——ゆっくり、ゆっくり穏やかになっていく。
消えたんじゃない。安心して、灯ってる。
ロウソクの灯。ほんのりピンクがかった、ロウソクの灯。
小さくて、弱くて、でも——あたたかい。
「ひなたちゃん」
「ん」
「私ね、嫉妬してた」
「うん」
「……でもね、嫉妬できるのが嬉しかったの」
「え?」
「今まで、誰かに嫉妬したことなかった。余りものの女神だったから。取られるものがなかったから。嫉妬する相手もいなかった」
リルアの声が静かだった。天然のふわふわした声じゃなくて、落ち着いた声。
「ひなたちゃんに会って、初めて——やきもちって気持ちがわかったの。レクトさんの部屋から帰ってきたひなたちゃんの匂いが、いつもとちょっと違って……それが、ちくっとした」
リルアが私の胸にぎゅっと顔を押しつけた。
「でもね。レクトさんもセラフィーナも、大事な仲間だよ。ひなたちゃんが楽しかったなら……私も嬉しい。ほんとだよ? ……ちょっとだけ、ちくっとするけど」
ちくっと。嫉妬の表現がかわいすぎる。
「嫉妬できるのは、大切なものがあるからだよね。余りものの女神だった頃は、ちくっとする気持ちなんてなかったから」
「……リルア」
「だから——ちくっとさせてくれて、ありがとう」
嫉妬に「ありがとう」を言う女神。しかも「ちくっと」。リルアだけだと思う。
「おやすみ、ひなたちゃん」
「おやすみ、リルア」
リルアの体があたたかい。腕の中に収まるくらいの、小さな体。銀色の髪が頬をくすぐる。
眠りに落ちる直前。
リルアが寝言みたいに呟いた。
「……一人の信仰で、十分です」
後光がぽわっと、一回だけ光った。
◇
翌朝。
目が覚めた。
腕の中にリルアがいた。まだ寝てる。後光がうとうとぽわぽわしてる。
窓から朝日が差し込んでて、銀色の髪がきらきら光ってる。
……昨日の記憶が蘇ってきた。
おでこキス。嫉妬。押し倒された。リルアの指。リルアの声。シャンデリア後光。
全部蘇った。
顔が爆発した。朝からこれか。
でも——悪くない。悪くないどころか。
リルアがもそもそ動いた。
「ん……ひなたちゃん、おはよ……」
「おはよう」
「……昨日の、夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ」
「全部?」
「……全部」
リルアがにへっと笑った。寝起きの笑顔。後光がぽわっと灯った。ほんのりピンク。
「えへへ」
「えへへ、じゃないよ。朝から後光全開にしないで」
「だって嬉しいんだもん」
もう。
◇
深夜0時のガチャの結果を確認した。昨日は寝落ちしたから、朝になってから。
【ガチャ結果】
| # | ランク | アイテム |
|---|--------|----------|
| 1 | N | 壊れやすいビン |
| 2 | N | 石ころ |
| 3 | N | 粘る糸 |
| 4 | N | 木の棒 |
| 5 | N | 虚無のポーション(小) |
| 6 | N | 元気が出るメッセージカード |
| 7 | N | ただの石 |
| 8 | N | 空の容器 |
| 9 | N | 錆びた短剣 |
| 10 | N | 壊れやすいビン |
N10。
いつも通り。
灰色の画面。灰色の結果。
「……うん。知ってた」
リルアが笑ってる。
「でも、私はNじゃなくてRだよ?」
「それで十分。——いや、十分以上」
リルアが「えへへ」。後光がぽわっ。
N10連。いつもと変わらない。世界は何も変わってない。
でも——
昨日から、何かが変わった。
リルアは自分で選んだ。R女神のまま、私の隣にいることを。
私は気づいた。このR女神が一番のSSRだってことに。
ガチャは相変わらず爆死してる。スキルは2個。装備は全部N。ステータスは底辺。
でも——
引いたカードで戦う。
この子と、一緒に。
——そして、この子のために。
信仰で女神が強くなるなら、私はこの子の一番の味方でいる。たった一人の信者として。
何ができるかはまだわからない。でも、私はリルアの味方だ。それだけは、絶対に変わらない。
『N10。通常運転(安心と信頼のN)』
『でもR女神は引けてるから、実質勝ち(哲学)』
『爆死してよかった(本日の結論)(シリーズ通しての結論)(人生の結論)』
コメント欄は今日もうるさかった。




