第12話 一人の信仰で、十分です(前編)
異世界15日目。
総選挙翌日の朝。
祭りの後の静かな朝だった。
窓の外では、会場の撤去が始まってる。ステージが解体されて、投票箱が運び出されて、のぼりが畳まれていく。3日間の熱狂が、少しずつ片付けられていく。
空にはもうランキングボードは浮かんでない。ルミナの名前も、金色の光も消えた。
いつもの街に戻ろうとしてる。でも、空気がまだ少しだけ——湿っぽい。泣いた跡みたいに。
リルアがベッドの中でもそもそ動いた。
「……ひなたちゃん、おはよう」
「おはよう」
「今日は……何するの?」
「ギルドに行って、護衛クエストの完了報告。あとは——帰る準備かな」
「そっか」
リルアの後光がゆっくり灯った。朝の穏やかな光。昨日よりは安定してる。でもまだ少し、揺れの名残がある。
◇
ギルドに行った。
エルナさんが受付カウンターに戻ってた。いつものギルド制服。切れ長の目。ポニーテール。
「おはようございます、桜庭さん」
「おはようございます。護衛クエスト、完了報告です」
「はい。——クエスト達成報酬を処理します」
エルナさんがてきぱき書類を片付けてくれる。報酬は予想以上に多かった。3日間の日額に加えて、モンスター退治の追加報酬。
「これだけあれば、しばらくお金には困りませんね」
「ですね。おいしい物でもたくさん食べようと思います」
エルナさんがくすっと笑った。昨日の涙の跡はもう見えない。でも目の奥に、何かがちゃんと残ってる。
◇
ギルドの入口で、メロが待ってた。
3Dの体で、ちゃんと立ってる。ピンクの髪が朝の風に揺れてる。立体的に。横から見ても消えない。
「ひなたさん」
「メロちゃん。おはよう」
「おはようございます」
メロが深くお辞儀した。3Dのお辞儀。ちゃんと奥行きがある。
顔を上げた時、目が赤かった。昨日、泣きすぎた跡。でも——笑ってる。
「本当に、ありがとうございました」
声が震えてるけど、ちゃんと話せてる。
「ひなたさんがチラシを受け取ってくれなかったら、ゲリラライブもしなかったし、3Dにもなれなかったし——」
「メロちゃんが歌ったから、みんなが聴いてくれたんだよ」
「でも、最初に聴いてくれたのは——ひなたさんです」
メロの目がうるんだ。また泣きそう。この子は泣きスキルが高い。
「メロちゃん、これからどうするの?」
「アイドル、続けます」
メロの声がしっかりしてた。昨日までとは違う。
「ルミナさんの分も。——次の総選挙で、もっと上を目指します」
「うん。応援してる」
メロがぱっと顔を上げた。
「ありがとうございます。あと——」
メロが近づいてきて——私をハグした。
3Dだから。ちゃんと厚みがある。ちゃんと温かい。腕が背中に回ってて、ぎゅっと。
「ひなたさん。ありがとう」
「……うん」
メロが離れて、次にリルアの方を向いた。
「リルアさん!」
「メロちゃん!」
リルアがにこにこしてる。後光がぽわぽわ。
「メロちゃん、がんばってね!」
リルアの後光がメロを照らした。最初に出会った時と同じ、あたたかい光。
メロの目が輝いた。
「はい! ……ひなたさんの女神さん、あったかくて好きです」
リルアが照れた。後光がぽわぽわ明滅してる。
「えっ、えへへ……ありがとう……」
メロが笑った。3Dの笑顔。きれいだった。
『推しが3Dになって、こんなに嬉しいことあるか(泣)』
『メロの進化グラ見てみたい。前回のR絵も良かったけど』
「いつか、リルアさんの後光をステージライトに、もう一度歌いたいです」
「うん! いつでも照らすよ!」
リルアの後光がぽわっと。約束の光。
『リルアさんの後光。本当に美しい(感動)』
メロが手を振って、会場の方に走っていった。3Dの足音が、石畳に響く。
◇
帰り道。
王都からの街道を、いつもの面々で歩いてる。
私、リルア、レクト、セラフィーナ、エルナさん。
天気がいい。青い空。白い雲。普通の、穏やかな午後。
「こっちの道が近道です!」
セラフィーナが元気に指を指した。右の道。
全員が左を向いた。セラフィーナの方向感覚は信用できない。ここまでの旅で何度も実証済みだ。
左の道を歩いた。
——30分後。
「……ここ、どこ」
街道じゃなかった。果樹園だった。りんごみたいな赤い果物がたわわに実ってて、いい匂いがしてる。
「道、間違えましたね」
エルナさんが冷静に地図を確認した。「左は遠回りルートでした。セラフィーナさんの言った右が正解です」
「ですよね! 私が言った通りです!」
セラフィーナが後光をキラキラさせてる。でも私たちはもう左に来てしまった。
「……戻るの面倒だな」
「あ、でもこの果物、おいしそうじゃないですか?」
エルナさんがノートをめくった。「この果実、鑑定すると——回復効果つきの食材ですね。市場価格1個5ゴールド」
リルアが目を輝かせた。「おいしそう! 食べていい!?」
結局、果物を摘んでお昼ごはんにした。おいしかった。回復効果もあった。
セラフィーナが正しい道を指してたのに、全員で間違えた方に行って、でも結果的に収穫があった。
「セラフィーナコンパスの逆を行くと、なぜか食料が手に入る」
「それはコンパスとして機能してるんですか……?」
エルナさんがノートに「セラフィーナの方向感覚:逆方向にボーナスが発生する傾向(要追加検証)」と書き込んだ。
◇
果物を食べながら歩いてると、ふと思った。
——一昨日の夜のこと。レクトとセラフィーナとのこと。
(……まあ、女の子同士だし。変なことにはならないよね。子供できるわけじゃないし)
何気なく、口に出てしまった。
「まあ、女の子同士だと子供できないだろうし、気楽でいいよね」
空気が、凍った。
リルアとレクトとセラフィーナが、同時にこっちを向いた。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
三人の声が揃った。
「……何?」
「ひなたちゃん……生まれるよ?」
リルアが不思議そうに言った。
「は?」
「この世界では、女性同士でも子供は生まれます」
セラフィーナが淡々と言った。いつもの敬語。
「……知らんのか」
レクトが呆れた顔をしてる。
「えっ??? 女の子同士で生まれるの??? どうやって???」
三人の顔が、同時に真っ赤になった。
リルアの後光がぽわぽわぽわぽわ明滅。レクトの耳が紅色。セラフィーナのシャンデリア後光がちかちか。
「そ、そういうことは人前で聞くものではありません……!」
セラフィーナが顔を両手で覆いながら言った。
「知りたいなら……自分で調べろ……」
レクトがマントの襟で顔を隠してる。
「えへへ……ひなたちゃん、それはね……えっと……その……えへへ……」
リルアが何も説明できてない。顔が真っ赤。
「え、みんなそんな反応するってことは、結構ドキドキする方法なの!?」
「言うな!!!」
三人の声が揃った。二回目。
「桜庭さん、この世界の生殖に関する基礎知識は、ギルドの図書室にありますよ」
「エルナさんは知ってるの?」
「知識としては把握しています」
エルナさんの耳がちょっとだけ赤い。
『この世界の性教育、気になる(真剣)』
『ひなたさんの常識が地球基準なの忘れてた(盲点)』
『女の子同士で子供できる世界……最高では???(結論)』
『百合ハーレムの最終形が見えた(予言)(早い)』
コメント欄が大騒ぎだった。
◇
レクトが何か言いたそうにしてる。
「レクトちゃん?」
「……別に」
「何か言いたいことあるでしょ」
「ない」
「あるよね。顔に出てるよ」
レクトが耳を赤くした。
「……あのメロとかいうアイドル。お前のおかげで票が伸びたのだろう」
「え? まあ、ちょっとだけ手伝っただけで——」
「お前は『ちょっとだけ』と言うが、昨日の会場の空気は——」
レクトが途中で口を閉じた。
「レクトちゃんも1票入れてたでしょ」
「い、入れてない!」
「入れてましたよ、レクトさま。護衛は投票券もらえないのに、自腹で10ゴールド払って買ってましたよね。メロさんの投票箱に」
セラフィーナが方向音痴と同じ精度で暴露した。
「セラフィーナ!!!」
レクトの耳が真っ赤になった。マントの襟を立てて顔を隠す。
「し、仕方がないだろう! あの歌は——声が——」
「きれいだったもんね」
「……ふんっ」
レクトが大股で先を歩いていった。でも——耳が赤い。ずっと赤い。
エルナさんが小声で「記事にまとめてもいいですか? "3票アイドルの奇跡"」と言った。
「もうちょっといいタイトルにしてほしい……」
「では、"N勇者とR女神が起こした選挙革命"は?」
「大げさすぎます」
「データ的には革命です。3票から1000票超は前例がありません」
エルナさんの表情が、ちょっと変わった。
(ルミナさんを記事にする。その次は——何を記すんだろう)
エルナさんの切れ長の目がキラキラしてる。
「では、"N勇者とR女神が起こした選挙革命"でいきましょう」
リルアが——後ろを振り返ってた。
王都の方を見てる。ルミナが消えた空を。
もう何も浮かんでない。ただの青い空。
「リルア?」
「……ううん。行こう」
リルアが前を向いた。後光がぽわっと灯った。
◇
宿に着いた。
夕飯を食べて、それぞれの部屋に入って。
夜。
ベッドに座ってる。私とリルア、二人きり。
窓の外に月が出てる。この世界の月は二つ。大きい月と小さい月が並んでて、銀色の光が部屋に差し込んでる。
リルアが——口を開いた。
「ひなたちゃん。昨日言いかけたこと……話してもいい?」
「うん」
リルアがベッドの上で膝を抱えた。後光がゆらゆら揺れてる。
「ルミナさん、すごかったね」
「うん」
「たくさんの人に応援されて……最後は、女神になっちゃった」
「うん」
「私……少しだけ、羨ましかった」
リルアの後光がしゅんと暗くなった。
「たくさんの人に応援されて、2Dから3Dになれて、最後は女神に……すごいよね。私は何百年も女神やってるのに、後光がロウソクで、ランクはRで」
「リルア……」
「配布女神のまま。いろんな勇者さんのところに行って、すぐに他の女神と交換されて。誰も私を選ばなかった」
後光がさらに暗くなった。ロウソクの半分くらい。消えかけてる。
リルアの声が震えてた。
「ルミナさんみたいに、たくさんの人に応援されたら——私ももっと光れるのかなって。もっと強くなれるのかなって」
「……」
「ひなたちゃん一人の応援じゃ、Rのままで。後光はロウソクのままで。ルミナさんみたいにシャンデリアにはなれなくて——」
リルアが膝に顔を埋めた。銀色の髪が揺れてる。
沈黙が落ちた。
月明かりだけが部屋を照らしてる。
リルアが——顔を上げた。
「でもね」
後光が、ゆっくり戻ってきた。
「——ずっと考えてたの。昨日の夜から」
「考えてた?」
「うん。ずっと」
リルアの目がまっすぐ私を見た。
「ルミナさんは、みんなの応援で女神になった。でも、女神になった瞬間——みんなのところからいなくなった。もう、ファンの人たちの隣にはいられない。たぶん違う世界を救いに行くんだ。」
「……うん」
「あのおじさん、泣いてたでしょ。投票券をいっぱい持ってた人。推しが女神になって嬉しいはずなのに——泣いてた。だって、もう会えないから」
リルアの後光がぽわっと明るくなった。
暗かった光が、戻ってきた。
「私ね」
リルアが言った。
「いなくなりたくない」
後光がぽわっと灯った。ロウソクの灯。小さくて、弱くて、でもあたたかい光。
「ひなたちゃんの隣にいたいの。ずっと」
「リルア……」
「SR女神にならなくていい。R女神のまま、ひなたちゃんの隣で——ロウソクみたいな後光で——あったかく光ってたい」
私の目から、涙が出た。
止められなかった。リルアの言葉が胸の真ん中に落ちて、何かが溢れた。
「だから、私はひなたちゃん一人の応援でいいよ」
リルアの声があたたかい。震えてない。さっきまでの揺れがない。
「たくさんの人じゃなくていい。ひなたちゃんが信じてくれてるから、私はここにいられる」
後光がぽわっと、いつもよりちょっとだけ明るく灯った。
ロウソクじゃない。ランタンくらい。
「——それが、私の女神の形」
リルアが笑った。泣いてるのに笑ってる。涙がぽろっと頬を伝って、後光に照らされてキラキラ光ってる。
「えへへ……自分で決めたの、初めてかも。いつもは、行きなさいって言われて行って、交換されて戻って。でも今回は——私が決めた。R女神のままでいるって」
「……リルア」
「ん?」
「R女神でよかった」
声が震えた。自分でも驚くくらい。
「私の女神が、リルアでよかった」
リルアの目から、涙がぽろっと落ちた。
笑ってるのに泣いてる。
「えへへ……ありがとう、ひなたちゃん」
後光がぽわぽわぽわ。
部屋中があったかい光で満ちた。ロウソクがランタンになって、ランタンが部屋全体を照らして。
壁に映ったリルアの影が、あったかく揺れてる。
(私は爆死した)
ガチャでR女神しか引けなかった。
スキルは2個。装備は全部N。ステータスは最底辺。
でも——
(このR女神が私の隣にいてくれることが、一番のSSRだ)
ふと——ルミナのことが頭に浮かんだ。
信仰を集めすぎて女神になった。ファンの応援がルミナを変えた。
信仰で——女神は強くなれる。
(……待って)
リルアだって女神だ。R女神。ロウソクの後光。でも——今、ランタンくらいに明るい。私が「信じてる」と言っただけで、少し明るくなった。
(信仰で女神が強くなるなら——私の信仰でも、リルアを支えられるんじゃないか?)
何ができるかはまだわからない。でも、少なくとも——
(私はリルアの味方だ。一番の、たった一人の信者だ)
(この子のためにできることを、私は考え続ける)
気づくのが遅かったかもしれない。1話の時からそうだったのに。この子が手を握ってくれた時から、ずっとそうだったのに。
コメント欄が静かに、でも確かに流れてる。
『R女神、推せる』
『N勇者とR女神。それでいい。それがいい』
『推しは推せる時に推せ。——今だ』




