第10話 モンスター襲来、ステージは守ります(前編)
選挙最終日の朝。
デイリーガチャを回した。青い光——R。
出てきたのは——サイリウム。
光る棒。振ると色が変わる。ライブ会場で使うやつ。
「……タイミングが良すぎない?」
アイドル総選挙の最終日に、ガチャからサイリウムが出る。この世界の運命力、たまに仕事しすぎる。
会場に着くと、空気が違った。
会場に着いた時点で、昨日までとは熱気の質が変わってる。投票の締め切りが今日。ファンの目が真剣で、声が大きくて、そこらじゅうで「あと何票!」「まだ間に合う!」と叫んでる。
ランキングボードが半透明に空に浮かんでて、票数がリアルタイムで変動してる。数字が動くたびに歓声が上がったり、悲鳴が上がったり。ソシャゲのイベント最終日のランキング戦争と同じ空気。
メロがステージの袖で待ってた。
「ひなたさん」
「おはよう、メロちゃん」
「今日も、ゲリラライブ……やっていいですか?」
声が小さい。でも昨日より——意志がある。膝を握りしめてる手に、力が入ってる。
「もちろん」
「……昨日。52票でした」
「うん」
「今日で……もっと、増えたらいいな」
メロが、ぎゅっと自分の胸を押さえた。2Dの体だけど、気持ちは3Dより分厚い。
「リルア、照明よろしく」
「まかせて!」
リルアの後光がぽわっと灯った。
◇
午前中。メロのゲリラライブの準備時間。
ステージ裏で、メロが深呼吸を繰り返してた。朝より緊張が濃くなってる。指先が小刻みに震えてる。
「大丈夫?」
「は、はい。昨日52票だったから……今日はもっと……」
口が動いてるけど、声が小さい。でも、目には意志がある。負けたくないって感じが、2Dの顔にも出てる。
エルナさんがデータを確認しながら言った。
「昨日の口コミが広がっています。SNSの言及数が3倍以上。今日は客足が見込めます」
メロの肩がビクッとした。怖さと期待がごちゃまぜ。
「リルア、照明頼むね」
「了解! メロちゃん、がんばってね!」
リルアが飛び跳ねて、後光がぽわっと明るくなった。メロが一歩前に出た。
◇
午前中。メロのゲリラライブ。
昨日より観客が多い。最終日の浮き足立った空気の中で、「2Dなのに歌がうまい子がいる」という口コミが広がってる。
メロが歌い始めた。
声が昨日より大きい。震えてるけど——前に出てる。
リルアの後光がステージライト代わりにメロを照らして、エルナさんが鑑定スキルで投票数をリアルタイムで教えてくれる。
「現在78票。80……85……」
じわじわ伸びてる。
「100票突破」
観客が増えてる。昨日より多い。50人、60人——
メロが泣きそうになりながら歌ってる。でも笑ってる。声がきれい。甘くて、透き通ってて、一生懸命で。
「150」
通行人が足を止めてる。メインステージよりこっちを見てる人が増え始めた。
「200」
メロの歌が上手い、とか、2Dなのにすごい、とかじゃない。
この子は——ただ、歌うのが好きなんだ。
それが伝わってる。
「ひなたちゃん、メロちゃんの票、どんどん増えてるね!」
リルアが嬉しそうに光ってる。後光がぽわぽわぽわぽわ。
「うん。増えてる」
エルナさんがメモしながら小声で言った。
「口コミの伝播速度が予想を超えています。このペースなら——」
エルナさんの声が途切れた。
空気が変わった。
◇
それは一瞬だった。
頭上のランキングボードが——バチッと明滅した。
光が強すぎる。選挙の熱気で投票エネルギーが膨大に膨れ上がって、ボードの光がとんでもない輝度になってる。
その光に——何かが反応した。
郊外の森から、地面を這うような振動が伝わってきた。
遠くで、遠吠えが聞こえた。一声じゃない。何声も重なってる。
「……何の音?」
観客がざわつき始めた。
私の体が先に動いた。ソシャゲ脳がアラートを鳴らしてる。「イベント中のモンスター乱入」。よくあるパターンだ。
「護衛クエスト——こっちが本業だった!」
会場の外縁に走った。ステージの裏側、森に面した出入口。
森の暗がりから——
目が光ってた。何対も。
銀色の毛並み。狼。でも普通の狼じゃない。体の周りに霧みたいな幻影をまとってて、1匹に見えたものが次の瞬間5匹に増える。不気味な音。狼の唸りと、幻影が重なる時の硫黄臭い匂い。
ミラージュウルフ。幻影を使う狼の群れ。B級モンスター。
5匹?——いや、幻影込みで50匹に見える。どれが本物かわからない。
ランキングボードの光に引き寄せられてきた。会場のエネルギーが膨大すぎて、郊外のモンスターを呼び寄せたんだ。
会場の外でファンが悲鳴を上げてる。パニック。群れになって逃げてる。投票区が壊れる。ランキングボードの光が揺らぐ。
「モンスターだ! 狼が!」
「逃げろー!」
「どっちに逃げるんですか——!」
幻影が人間の目を騙す。狼が右に見えたのに左から襲う。ファンが転ぶ。その後ろで狼の影。
レクトが私の横に並んだ。
「ようやく私の出番か」
剣を抜いた。聖剣が金色に光る。SSR勇者の存在感が一瞬で空気を切り替えた。
「レクトちゃん、ありがとう」
「礼を言うのは終わってからだ」
セラフィーナがレクトの後ろから「レクトさまー! こっちです! ……あ、逆でした!」と叫んでる。方向音痴、今はちょっと黙ってて。
「エルナさん!」
「はい!」
「鑑定お願い! 幻影の仕組み!」
エルナさんの目が光った。鑑定スキルが発動する。
「ミラージュウルフ。幻影は感情エネルギーで維持されています。会場の興奮が幻影の燃料になっている。感情を無効化すれば幻影が消えます」
感情を無効化——
「虚無のポーション!」
ポーチからビンを引っ張り出した。ガチャ産のNアイテム。何個か余分に持ち歩いてた。安いから常備のN装備。
ビンを叩き割った。中身が霧状に広がる。
虚無の霧が、会場を覆う。感情の対極。喜びも悲しみも怒りも恐怖も——全部消える空間が生まれた。虚無。ゼロ。何も感じない世界。
幻影の燃料が——消えた。
50匹に見えた狼が、一気に5匹に減った。本物だけが残ってる。
エルナさんが興奮してメモしてた。「N級アイテムの活用! ステータス無効化ではなく感情無効化による幻影消失!」
「本体は5匹!」
「見えた」
エルナさんが追加で言った。
「攻撃パターン分析完了。頭部での突進が主。回避スペース有——」
SSR勇者の反応速度の方が速い。
レクトが踏み込んだ。
聖剣の一閃。二閃。三閃。
3匹が倒れる。その瞬間——
(あ……)
前世ではモンスターを倒すのはゲームの中だけだった。画面の中で敵体力が0になって、経験値が入って。それだけだった。でもここでは——
血が落ちる。命が失われる。その重さが、一瞬だけ、私の中に落ちた。
でも——敵だ。守らないと、ファンたちが死ぬ。
次の動きに移った。感情を灰色にして。
残り2匹。
1匹は私がNアイテムの罠で捕まえた。粘着テープを地面に仕掛けて、煙幕玉で視界を奪って、足を取られたところを——
レクトがとどめを刺してくれた。「遅い」と一言。
残り1匹——
最後の1匹が、森の中を迂回して、会場の裏側に回り込んでる。
バックステージの方だ。
アイドルたちがいる。
「バックステージにアイドルたちが——!」
走った。でも距離がある。間に合わない。
リルアが叫んだ。
「ひなたちゃん!」
リルアの後光が——変わった。
ぽわぽわのロウソクの光が、一瞬で集束した。光が束になって、レーザーみたいに一直線に伸びた。
バックステージの裏側、暗がりに隠れてた最後のミラージュウルフが——リルアの光に照らし出された。
暗がりから引きずり出される。幻影を維持できなくなる。光の中で、本体がはっきり見えた。
レクトが追いついた。聖剣が閃いた。
一刀。
終わり。
静寂が戻った。
だが、戦闘の終わりは、物語の続きの始まりに過ぎなかった。




