第9話 バックステージは戦場です(前編)
第9話 バックステージは戦場です(前編)
◇
選挙2日目の朝。
会場に着くと、昨日よりさらに人が増えてた。投票期間は3日間。今日が折り返し。ファンの熱気が加速してる。
今朝のガチャもN祭り。安定のNにRが1つ。やっぱり確率ってほんとだ。
「本日の護衛配置です」
エルナさんがクリップボードを持って、私たちに説明してくれる。今日は彼女もギルド職員として正式に運営サポートに入ってる。
「桜庭さんとリルアさんは、バックステージの護衛をお願いします」
「バックステージ?」
「ファンの侵入防止が主な任務です。アイドルたちの控え室がありますので」
「レクトさまと私はステージ正面です!」
セラフィーナが元気に挙手した。方向音痴が正面の警備を担当して大丈夫なのかという不安はあるけど、レクトがいるから大丈夫だろう。たぶん。
「エルナさんは?」
「私は投票所の運営補助です。あと、メロさんのゲリラライブの場所を確保しておきました」
「えっ、もう?」
「昨日のうちに、会場管理者に申請を出しておきました。メインステージの合間に、東側の小スペースを使えるようにしてあります」
エルナさんのノートには、すでにメロのゲリラライブのタイムスケジュールが書き込まれてる。時間帯、集客見込み、天候リスク、代替プランまで。
データ好きのギルド職員、仕事が速い。
「エルナさん、ありがとう」
「いえ。メインステージの休憩時間に客が分散する場所が東側だったので、効率的な配置というだけです」
建前の裏に、ちゃんと気持ちが入ってる。切れ長の目がちょっと柔らかい。
◇
バックステージに入った。
カーテンで仕切られた広い空間に、鏡台がいくつも並んでて、衣装がラックにかかってる。化粧品の匂いと、花の香りと、ちょっとだけ緊張の空気。
「わぁ……きれい……!」
リルアが目を輝かせた。衣装のキラキラに後光がぽわぽわ反応してる。
「リルア、私たちは護衛だから。あんまりキョロキョロしないで——」
「ひなたちゃん、あの衣装見て! キラキラ!」
聞いてない。
アイドルたちが控え室に集まり始めた。3Dの子も2Dの子もいて、鏡の前でメイクを直したり、衣装を確認したり、ストレッチをしたり。
そのアイドルたちの中に——ルミナとメロがいた。
ルミナが、メロの衣装を直してあげてた。
「メロちゃん、ここのホックが外れてるよ。直してあげる」
ルミナの声は穏やかで、3Dの手がメロの背中に伸びた。
メロは2D。ルミナは3D。3Dの手が2Dの体に触れると——メロの輪郭が、一瞬だけ立体的になった。昨日リルアの後光で見た現象と似てる。直接触れることでも、2Dに変化が起きるらしい。
「あっ……ルミナさん、そこ……」
メロの声が小さい。甘い声が、さらに小さくなってる。背中を触られて、緊張してる。
ルミナの指が背中のホックを留め直した。でも指は——肌をなぞってる。背骨のラインを辿って、脇の方に——
「ひゃっ……!」
メロの体がぴくっと震えた。2Dの輪郭がブレた。テレビの電波が乱れたみたいに、メロの体のラインがぶれて、一瞬だけ二重に見えた。
「あはは、輪郭までブレるんだ。かわいいね」
ルミナがくすっと笑った。悪気はなさそうに見える。でも——指を止める気配がない。
「か、かわいくないです……!」
「かわいいよ? ほら、ここも直すね」
ルミナの手が移動して、メロの衣装の胸元のホックに伸びた。メロの衣装は2D用の軽いもので、布が薄い。背中のファスナーが開いてて、ルミナの3Dの手が背中全体を見つめられてる。
ルミナの指がホックを直す振りをしながら、メロの胸の側面をなぞってる。肋骨から、わきの下から——
「ん……ん……」
メロの声がかすれた吐息に変わった。背中全体が立体化して、肌が薄い紫色に染まってる。ルミナの指の動きに合わせて、メロの体が反応してる。
「敏感だね」
「ル、ルミナさん……」
ルミナの爪が、布の隙間に引っかかった。ゆっくりと、意図的に。布がずれて——鎖骨から胸にかけてのラインが見えた。
2Dなのに、ルミナに触れられてる部分だけがうっすら立体になって、肌の色が、ほんのり薔薇色に染まってる。
「あ……あ、あ……!」
メロの呼吸が乱れ始めた。ぜぇぜぇと。
「メロちゃんの反応がかわいいから、つい。でも、もう直ったよ」
ルミナがメロの頭をぽんぽんと撫でた。3Dの手が2Dの髪に触れて、ピンク色の髪がふわっと揺れる。メロがじっと目を閉じてる。嫌そうじゃない。むしろ——頭が、さらに下に。
「……ありがとう、ございます……」
ちいさな声。照れてる。でも、ルミナの手を避けてない。むしろ、髪を撫でられるたびに、ほんのり体が緩んでる。安心してる顔。信頼してる表情。
『感度で3D化される新システム(バグ)(バグじゃないかもしれない)』
『輪郭ブレは草。あれ公式の仕様なのか???』
『ルミナさん確信犯でしょ(確信)』
『2Dアイドルの弱点:触られると輪郭がブレる。攻略情報だこれ(有識者)』
私は横で見てた。
顔が赤い。自覚がある。
(これ護衛任務じゃなくて何を見せられてるの……)
◇
アイドルたちが着替えの準備を始めた。
午後のステージに向けて、衣装チェンジ。控え室がにわかに慌ただしくなる。
アイドルの一人が、リルアに声をかけた。
「ねぇ、女神さん。あなたも着てみない?」
リルアの白いワンピースを見て、「かわいいけど地味じゃない?」と笑ってる。
「ステージ衣装、サイズ合うのがあるよ!」
リルアの目がキラキラ光った。
「かわいい……着てみたい……!」
「リルア、私たちは護衛で——」
「ひなたちゃん! 着てみていい!?」
後光がぽわぽわぽわぽわぽわぽわ。
「……ちょっとだけだよ」
断れなかった。この目で見上げられたら誰でも負ける。R女神の隠しスキル「おねだり」は、たぶん全スキル中最強だ。
アイドルたちがわいわいしながら、リルアにステージ衣装を着せ始めた。
銀色の髪をアップにまとめて、キラキラのヘアアクセをつけて、衣装は——
「……ちょっと待って」
出てきたリルアを見て、思考が停止した。
へそ出し。
ミニスカート。
肩出し。
背中が大きく開いた衣装。
白い布に銀のラインが入ったステージ衣装で、布の面積が少ない。リルアの白い肌がたくさん見えてる。へそ。鎖骨。肩。背中。太もも。
銀色の髪がアップにまとまってて、うなじが全部見えてる。うなじの産毛が光に透けてて、後光がぽわぽわ光ってるから、全体がキラキラしてて——
(なんでリルアが着るとこうなるの)
反則だ。
R女神なのに衣装のSSR感が尋常じゃない。素材の良さが衣装のランクを超越してる。
「ひなたちゃん、似合う?」
リルアがくるっと回転した。
スカートがふわっとめくれた。
白い太ももが現れた。上の方まで。スカートの裾が、リルアの太ももから少し滑り落ちてる。ほんのり、パンツの縁が見えかけてる。
「ちょっと短いかな……」
リルアが自分の太ももを見下ろした。後光がぽわぽわしてる。無自覚だ。
「リルア!」
私は咄嗟にスカートを押さえようとした。
手が伸びた。
スカートの裾をつかもうとして——手が、スカートじゃなくて、リルアの太ももに直接触れた。
太ももの内側。
肌に直接触れた。
白くて柔らかで、あったかくて。きめ細かくて、すべすべの肌が手のひらに密着してる。弾力がある。圧を加えたら、ほんのり指が沈みそうな、完璧な柔軟性。
太ももの内側の、更に奥。股に近い部分まで——手がいってしまった。
「ひゃっ」
リルアの声が短く跳ねた。後光がぽわっと一瞬強く光って、ぽわぽわぽわっと激しく明滅した。
「ご、ごめん! スカート押さえようとして——」
「ひなたちゃんの手、あったかい……」
リルアの声がふにゃぁとした。後光がぽわーっと明るくなった。怒ってない。むしろ——気持ちよさそうな顔をしてる。目がとろんとしてて、頬がピンク色で、唇が少し開いてて、呼吸が少し浅くなってて——
(やめて。その顔やめて)
手のひらにまだ残ってる。リルアの太ももの感触。内側の、柔らかくて弾力のある肌。指先から伝わった、きめ細かい毛穴の凹凸。肌の温度。肌の温もり。手のひらが、体温で暖かくなってる。
太ももの内側の肌に残る、私の掌の痕跡。
(ここバックステージだから。アイドルたちが見てるから)
もう遅い。
「きゃー!」
「女神さん、かわいい!」
「あの子たち、絶対付き合ってるでしょ」
「あの手つき——確実に」
アイドルたちがざわざわしてる。全員見てた。
「つ、付き合ってません! パートナーです!」
「パートナーって付き合ってるんじゃないの?」
「違います! いや、違わないけど、違うんです!」
日本語が壊れた。いや、日本語じゃないけど。この世界の言語だけど。
リルアが私の手をぎゅっと握った。太ももから離れた手を、そのまま握ってきた。握ってくる。力を込めて。
「えへへ。ひなたちゃんの手、あったかい……」
リルアが私の手を自分の腿の上に乗せた。上から手を重ねてくる。
「ひなたちゃんの手、気持ちいい」
「それは体温です!」
(この場面。アイドルたち見てるから。)
(見られてる。全員に。)
顔が熱い。リルアが無邪気に手を握ってて、後光がぽわぽわしてて、アイドルたちが「まじで付き合ってるんだ」という顔で見てて。
『不可抗力(通算3回目)。もはや仕様』
『衣装試着で百合するな(嘘。もっとやれ)』
『後光が感情センサーすぎて全部バレてる件(再掲)』
『太ももタッチからの手繋ぎは完全にカップルの所業(異論は認めない)』
コメント欄がうるさい。
◇
「護衛さんも着てみて!」
アイドルたちのノリが止まらない。
「い、いや、私はいいです——」
「似合うの絶対あるから!」
強引に衣装を押しつけられた。断る隙がない。アイドルの勢い、すごい。さすがステージに立つ人たちだ。押しが強い。
着替えさせられた。
それは——確実に、チアガール衣装だった。
白地にピンクのラインが入ったノースリーブのトップス。お腹がばっちり出てる。へそ丸見え。そこにミニスカートが合わさって、スカート丈は太ももの半分くらいまでしかない。動いたら確実にアウトな長さ。
背中も大きく開いてて、肩甲骨が丸見え。
ウエストにはピンクの大きなリボン。手首にはキラキラのポンポンみたいなブレスレット。
足元は、膝上までの白いニーハイソックス。
鏡を見た。
「…………」
自分の姿が、そこにいた。
完全にチアガールだった。しかもサイズが合ってない。子供アイドル用の小さめの衣装を無理やり着てるから、身体のラインがはっきり出てる。トップスが短くてへそ下まで見えてるし、スカートは太ももの線を強調してるし、背中が開きすぎてて肌面積が多い。
「完全に露出衣装じゃん……」
「ひなたちゃん!」
リルアが目を輝かせた。後光がぽわぽわしてる。
その瞬間、後光の光が急に強くなった。
「かわいいいいい!!!」
後光が爆発した。
控え室全体がリルアの後光で照らされて、眩しい。キラキラしてる。リルアの感情が光に乗ってる。
アイドルたちが「まぶし!」「すご!」と騒いでる。
「リルア、後光! 抑えて!」
「かわいすぎて無理!」
後光の光が、廊下まで漏れた。眩しい光。誰がいるのかを知らせるくらい眩しい光。
控え室の外で待機してたレクトが、光に驚いてドアを開けた。
「……何をして——」
レクトの目が、私の衣装を捉えた。
へそ出し。ミニスカート。リボン。ニーハイ。ポンポン。
チアガール衣装。
サイズの合ってない子供用チアガール衣装。
レクトが固まった。
目が動かない。まばたきもしない。
顔が——耳の先まで赤くなった。
「み、見てない」
見てる。がっつり見てる。
「何も見てない」
3秒。4秒。
視線がぶれてない。私の衣装を、上から下まで、一度見てから、もう一度。
5秒。
レクトがドアをバタンと勢いよく閉めた。
廊下の向こうから、息遣いが聞こえた。
「くっ……」
苦しそうな声。
「大丈夫ですか……?」
アイドルの一人が聞いた。
廊下から、さらに小さく。
「……大丈夫。大丈夫だ……」
絶対に大丈夫じゃない声だった。
『レクトさまの赤面回収(本日1回目・衣装トリガー)』
『チアひなた衣装は人類の財産。永久保存版(提案)』
『SSR勇者が3秒フリーズした。ひなたの衣装、対レクト特効つきでは???(分析)』
『レクトさま3秒フリーズからの全力退散。SSR勇者の唯一の弱点:チア衣装(発見)』
◇
お昼。メロのゲリラライブが始まろうとしてた。小さなステージ。だけど——




