第8話 異世界アイドル総選挙、開幕します(後編)
会場の熱気は午後に向かって高まっていく。推しへの想いと投票券が交わる、本当の祭りが始まろうとしていた。
◇
午後。
護衛任務で会場を巡回してた。
レクトとセラフィーナはステージ正面の警備。エルナさんはデータ収集と称して投票所付近をうろうろしてる。
私とリルアは、会場の外周を歩いて回ってた。
人がどんどん増えてる。熱気がすごい。推しの名前を叫ぶ声、投票券を買い求める行列、ファン同士の議論。
「にぎやかだね、ひなたちゃん」
「うん。すごいね」
リルアがにこにこしながら、私の隣を歩いてる。銀色の髪が午後の日差しに光ってて、後光がぽわぽわ。
会場の端っこに来た時——
人通りが途切れた場所に、一人の女の子がいた。
ピンクの髪。2D。
さっきステージで「がんばります」と言ってた子——メロだ。
メロは、チラシを持ってた。「メロに清き一票を!」と書かれた、手書きのチラシ。
通行人に向かってチラシを差し出してる。
でも——
「あの……チラシ、受け取って、もらえますか……」
声は出てる。甘くて、かわいい声。ちゃんと聞こえてる。
でも2Dだから——チラシを渡そうとしても、手が届かない。平面だから奥行きがない。相手の手元に紙を届けられない。差し出してるのに、紙が宙ぶらりんになる。
通行人が素通りしていく。メロに気づいてない人もいる。気づいてても、2Dの薄い姿を見て、興味を持たない。
メロが、もう一度チラシを差し出した。
「あの……」
通行人が通り過ぎる。
「……」
チラシを持った手が、ゆっくり下がった。
(……見てられない)
私は歩き出してた。
メロの前に立って、チラシを受け取った。
2Dの手から紙を受け取るのにはちょっとコツがいった。メロの手は薄くて、つかめない。でもチラシは3Dの物体だから、チラシの端をつまむことはできた。
メロが目を丸くした。
2Dの顔の上で、目がまんまるに見開かれてる。平面なのに、表情はちゃんと動く。
「受け取って……くれた……?」
「あなたがメロちゃん?」
「は、はい! メロです!」
「さっきの自己紹介、聞こえてたよ」
「え……聞こえて?」
「いい声だね」
メロの2Dの体が、ぴくっと震えた。
「聞こえて……? 私、いつも誰にも気づいてもらえなくて……声だけはあるのに、見てもらえなくて……」
声が震えてる。泣きそうな声。甘くてかわいいのに、悲しい声。
「メロちゃん、投票……何票くらい入ってるの?」
「……3票です」
「3票」
「自分と、お母さんと、お母さんの友達です」
沈黙。
3票。そのうち1票は自分。
ソシャゲで例えるなら——総ダウンロード数3。うち1つは自分のスマホ。
「…………」
何も言えなかった。3票という数字の重さと軽さが同時に胸を突いた。
リルアが、私の隣で立ち止まってた。
メロをじっと見てる。後光がぽわぽわしてて——
「メロちゃん、がんばって!」
リルアが言った。笑顔で。何の計算もなく。ただ、がんばってる子を見て、がんばってと言っただけ。
その瞬間——
リルアの後光がぽわっと光った。
光がメロに当たった。
ロウソク程度の微弱な光。でもそれがメロの体を照らした時——
メロの2Dの輪郭が、ほんの少しだけ、立体的に見えた。
影ができた。ほんの薄い影。さっきまで影すらなかった2Dの体に、一瞬だけ奥行きの気配が生まれた。
メロが自分の手を見た。
「……! 今、私……ちょっとだけ立体に……?」
リルアが首を傾げた。
「え? 何かした?」
何もしてない。何もしてないのに、リルアの後光がメロに影響した。
応援が——直接アイドルに影響した。
(これ……ソシャゲの「好感度で進化」と同じシステムだ。投票だけじゃなくて、直接の応援が——)
考えがまとまる前に、メロの輪郭は元に戻った。ほんの一瞬。でも確かに見えた。
メロがリルアを見て、ぽかんとしてる。
「今の光……あったかかった」
リルアの後光がぽわぽわしてる。本人は何が起きたかわかってない。
「ひなたちゃん、私なにかした?」
「……わからない。でも、いいことが起きた気がする」
メロが、また泣きそうな顔をした。でもさっきとは違う。さっきは悲しくて泣きそうだったけど、今は——
「応援……されたの、久しぶりです」
声が震えてる。甘い声が、もっと甘くなってる。
私はメロに向き直った。
「メロちゃん」
「は、はい」
「明日もゲリラライブ、やりなよ」
「えっ?」
「会場の端でいい。メインステージの合間に。待ち時間の人が暇してるから、歌を聴いてくれるかもしれない」
メロが目をぱちくりさせた。2Dの顔がまたまんまるになってる。
「でも……私、2Dだし、誰も見に来てくれないかも——」
「私たち、見に行くから」
メロの口が、半開きになった。
「……え」
「護衛任務だから会場にいるし。リルアも一緒に見るよね?」
「うん! 見る! メロちゃんの歌、聴きたい!」
リルアの後光がぽわっ。
メロの目に、じわっと涙が浮かんだ。
泣きそうで、でも——笑ってる。
2Dの顔が、立体じゃないのに、ちゃんと笑えてる。
「ありがとう、ございます……!」
小さいけど、震えてるけど、ちゃんと声が出てる。
メロが両手でチラシを握りしめて、ぺこぺこ頭を下げた。2Dだから頭を下げると上半身が画面ごと傾く感じで、ちょっと変だったけど——気持ちは、ちゃんと伝わった。
『勇者、推し活を始める(速報)』
『N装備で選挙を応援するの??? ジャンルが違うんだが???』
『ぶっちゃけ気になるこの子。声はSSR級では???(審美眼)』
『3票アイドルを応援するスキル2個の勇者。似た者同士じゃん(泣)』
『正論ニキ『投票券がN装備より効率いいのでは』』
『R女神の後光がペンライトとして有能すぎる件(再掲・確定事項)』
コメント欄がざわざわしてる。
◇
夕方。
会場の端にあるベンチで、全員集合して休憩してた。
護衛任務の1日目が終わりかけてる。大きなトラブルはなかった。ファン同士の小競り合いが何度かあったけど、レクトがにらみをきかせたら一瞬で収まった。SSR勇者の威圧感は、治安維持に最適だ。
「アイドル総選挙、なかなか面白いですね」
エルナさんがノートを閉じながら言った。ページがびっしり埋まってる。
「データは取れましたか?」
「はい。投票システム、ファン構成、アイドルのランク分布……まとめると面白い論文が書けそうです」
「論文……」
「あ、冗談です。半分くらいは」
半分は本気なのか。
レクトがベンチの端で、腕を組んだまま黙ってる。
「レクトちゃん、楽しかった?」
「楽しいわけがないだろう。護衛任務だ」
「でも、ルミナっていうアイドルの歌、聴いてたよね」
レクトの耳がちょっとだけ赤くなった。
「……声が響いてきただけだ。聴こうとしたわけじゃない」
「レクトさまは、ルミナさんの2曲目で拍手してました」
「セラフィーナ!!!」
セラフィーナが方向音痴並みに空気の読めないタイミングで暴露した。レクトが耳を真っ赤にして、マントの襟を引き上げて顔を隠してる。
リルアが私の腕をつかんだ。
「ひなたちゃん、明日も来るんだよね?」
「もちろん。護衛任務、まだ2日ある」
「メロちゃんのゲリラライブ、楽しみ!」
後光がぽわぽわしてる。今日一日中、リルアはずっとぽわぽわだった。お祭りの空気が合ってるのかもしれない。
ふと——空を見上げた。
ランキングボードが、夕焼けの空に半透明に浮かんでる。
1位:ルミナ——38,927票
最下位のあたりに、名前がかろうじて読める。
メロ——3票
「……明日」
私は立ち上がった。
「明日から、本気出す」
「本気って何するの?」
リルアが首を傾げた。
「メロちゃんの応援」
護衛任務と並行で。N装備の勇者に、選挙を動かす力はないかもしれない。でも。
リルアの後光がメロに当たった時、あの子の輪郭が一瞬だけ変わった。あれは見間違いじゃない。
3票でも、声は出てた。
3票でも、歌は歌えてた。
3票でも——笑えてた。
「行こう。明日が本番だ」
『護衛クエスト初日終了。勇者、推し活を開始する(1日目・完)』
『明日のゲリラライブ、ちょっと楽しみなんだけど(素直)』
『N勇者がアイドル総選挙に参戦。何が起きるか全くわからない(期待)』
◇
夜。宿の部屋で。
リルアがベッドの上で足をぱたぱたさせながら、今日の感想を語ってる。
「2Dの子って横から見ると消えちゃうの面白いね! あと、投票券を買ってた大きいおじさん、すごい枚数だったね! あと、メロちゃんの声、すごくきれいだったね!」
「うん。全部その通り」
「ひなたちゃんは何が一番楽しかった?」
「……メロちゃんが笑ったとこ」
「あ、わかる! あれよかったよね!」
リルアの後光がぽわっと灯った。寝る前の穏やかな光。
「ねえ、ひなたちゃん」
「ん?」
「明日、メロちゃんの歌が聞けるの、楽しみだね」
「うん」
「私、また光っていい? さっきみたいに」
「もちろん。リルアの応援が、メロちゃんに届いてたんだよ」
「届いてた?」
「うん。リルアの後光が当たった時、メロちゃんの体がちょっとだけ立体に見えたの」
リルアが目をぱちくりさせた。
「私の後光で……?」
「たぶん。応援の気持ちが、直接アイドルに影響するんだと思う」
「じゃあ、明日もっといっぱい応援したら、メロちゃんもっと立体になる?」
「かもしれない」
リルアの後光が、ぽわぽわぽわぽわ光った。嬉しくて抑えられないやつだ。
「明日がんばる! いっぱい光る!」
「うん。一緒にがんばろう」
リルアがにこっと笑って、私の腕にぎゅっとしがみついた。
「おやすみ、ひなたちゃん」
「おやすみ、リルア」
後光がゆっくり暗くなる。消えたんじゃない。安心して眠りについた、穏やかな光。
——アイドル総選挙、1日目。
護衛クエストのはずだったのに、いつの間にか推し活が始まってた。
3票のアイドルを応援する。N装備の勇者とR女神で。
どうなるかはわからない。でも——放っておけなかった。
それだけだ。
『アイドル総選挙1日目、終了。勇者の推し活、2日目に続く——』
『メロちゃんの3票、明日はどうなる?(フリ)』
『リルアの後光がステージライトになる日は近い(予言)』




