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一人目の実の母

 ある日のこと。【名誉クズ】ことクー・ズーハルトになってしまった新クーは、自室にある大きな姿見の前に立ち、ポーズを取りながらゲス顔の練習をしていた。


「ククッ、なあ平民。俺の物になれよ。さあ脱げ。俺様に跪き、存分に奉仕してみろ……」

「……えっと、クー様? なにをされているので?」

「ふむ、その深みある女性の声は俺の側仕えであるララか。何をしていたかと言われれば、ずばり練習だとも。生まれ変わってしまったことで失ってしまった輝き。すなわち、いつか来るかもしれないこのクー・ズーハルトと言えばなあのシーンのため、日々精進しなければならないのだ」

「はあ。正直まったく分かりかねますが、それにしても、クー様に下卑たお顔が必要になる場面は来ないと思いますよ。あと、深みあるって女性への褒め言葉としては零点です。若さがないです」


 クーの言動に呆れるララ。【めがゆりTS】の原作ではまさにそんなゲス顔必須シーンがあるのだが、何も知らないララから見れば、仕方ないことだった。


「それでララよ。母上のご到着はいつ頃になるだろうか?」

「……ラービ様ですか? もしや、何か御用でも?」

「いや、一言挨拶をしようと思ってな。必要だろう?」

「………挨拶? クー様が、ラービ様に?」

「そうとも。ラービ様に、このクーがだ」


 ララは一瞬、おかしなものを見るような目をしてしまったが、すぐに元の表情へと戻した。


「……ええ、問題ないと思いますよ。もうすぐご到着ですので、外でお待ちすれば会えますよ」

「そうか。では行くぞ。付いてきてくれ」

「かしこまりました。このララ、お供いたします」


 ララが微笑みながら答えると、クーは颯爽と部屋を出て、屋敷の外へと足を運んだ。


「お久しぶりですラービ母上。このクー、ズーハルトの主たる貴女様との再会を、このように首を長くしてお待ちしていました。それにしても、今日は良い天気ですね」

「お、おう。どうしたんだい? なんか今までにないくらい綺麗な挨拶とお辞儀だね?」

「そうでしょうとも。何故なこの俺クー・ズーハルトは、少し前に生まれ変わりました。なので新生クー・ズーハルトははじめましての気持ちで、母上に心よりの挨拶をしたかったのです」


 しばらく経ち、屋敷へと入ってきた馬車から降りてきた銀髪の女性は、見事なクーの九十度に、戸惑いの目を向けてしまう。


「……ララ。私の知っているクーはもう少しこう……尖っていたような気がするのだけれど、もしかしてクーは変なものでも摘まみ食べてしまったのかい?」

「いえ、ラービ様。驚きですが、これが素です。お酒も毒も含むことなく、これが今のクー様なのです」

「そうなんだ。……まあ、元気そうだし別にいいか。ズーハルトの名に傷を付けないのであれば、幼子であれば、多少の心変わりは喜ぶべきだとも」


 薄らと隈のある銀髪の女性──ズーハルト家当主、ラービ・ズーハルトはララの返事を聞いて、なるほどと思いの外すぐに割り切ってしまう。


「それでクー。お前がこの私に用とは、もしかしてマリアナか……それとも、レオネの話でも聞きたかったのかい?」

「いえ、せっかくお越しになられたので是非挨拶をと。……お小遣いを上げて欲しいとか、そもそもお小遣いをくださいとか、決してそういうわけではないのでご安心ください」

「……本当に、それだけなのかい?」

「それだけです。親子であれば、それ以上の理由が必要でしょうか?」


 屋敷の中へ入りながら話していると、クーの言葉に、ラービは少し首を傾げてしまう。


「……そうか。確かに、それ以上は必要ないね。私達は、親子なのだから」


 けれどラービは、どこか嬉しげに、少し口元を緩めた。


(せっかくだし会っておきたかったんだ。実母の顔を知らないままだと、後で色々困るからな)


 クーの方には若干の打算はあったが、誰にも言っていないので、それはそれだろう。


「……それにしても、やはり変わったね。以前に比べて生き生きとしている。ほんと、どういう心境の変化なのかな?」

「ですから、俺は生まれ変わったのです。心機一転、生きがいを見つけたと、そういう感じですとも」

「……そういうものかい?」

「そういうものです。これでも俺、男の子ですから」


 なら仕方ないなと、ラービはどこか困ったように苦笑してみせた。


「そうか。男の子なら仕方ないね。そうだ、クーがいいのなら、昼食を共にしないかい? 最近の話を聞かせて欲しい」

「……?? バルバリアンやギンガロウ、聞いてないのですか?」

「ああいや、もちろん聞いているとも。けれど本人の口から聞くのは別だろう?」

「なるほど。でしたらこのクー・ズーハルト、この一月に体験したその全て、余すことなく語ってみせましょう。まずはですね──」


 会話しながら並んで食堂へと向かう二人の姿は、まさしく普通の親子のようだった。


「……ところでクー。その……さっきなら歩いていないのに進んでいるけど、何なんだいそれは?」

「足裏に水を張って滑ってるのです。今はもう濡らしませんし、慣れると楽しいですよ」

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