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覚えずとも雰囲気の精神で

 名も知らぬ誰かが【名誉クズ】ことクー・ズーハルトになってしまってから、早くも一月が経過した。


「はあっ、はあっ……もう一本、お願いします!」

「ええ。どんと来いですよクー様!」


 屋敷の庭にて、クーは何度も何度も剣の師である強面の壮年──バルバリアンに木剣を弾かれながら、それでもめげずに食らいつき続ける。


「ありがとう、ございました……」

「ええ、ありがとうございました」


 終わりの一礼の直後、クーは力尽きたとばかりに芝生へ倒れ、大の字で空を仰いでしまう。


「はあ、はあっ、疲れる……」

「ですが確実に体力は付いていますし、何より少しずつですが剣も上達しています。……しかしこのバルバリアン、クー様の熱心さには感激するばかりです。失礼ながら、まさかあのクー様が剣の稽古ばかりか、基礎鍛練も熱心に取り組んでくださる日が来るとは思いもしませんでしたぞ?」

「……体力は全てを有利に運べる。剣を鍛えればより選択肢が広がる。生まれ変わった俺は、こだわりより幅を広げるために最善を尽くしたい。そんな熱意に溢れているんだ」


 見下ろしながら満足そうに頷くバルバリアンへ、クーは呼吸を整えながら、静かにそう話す。


(原作のクー・ズーハルトは、生まれのせいか魔法へのこだわりが一際強かった。そのため魔法以外を疎かにしていたが……打てば響く立派な身体があるというのに、何と勿体ないことをしていたというのか)


 クーはバルバリアンと話す最中、冷静に、この身体を以てしてたったの一巻で終わってしまった原作のクー・ズーハルトを惜しんでしまう。


(原作でもそうなのか。或いはこの世界だからこそか……まあ、どちらでもいいことか)

「クー様?」

「いえ何も。何より、今の俺は学ぶという行為の全てが楽しく思えてしまうのです。今まで何か一つでも蔑ろにしていたのが、勿体ないと思えてしまうほどに」


 かつての世界で学ぶことのなかった魔法。そしてこの磨けば望むままに光ってくれる身体が、クーはとても愛おしかった。


「……素晴らしい、素晴らしい! 恥ずかしながらバルバリアン、感服で涙が溢れてしまいまする! まだ九歳の身でありながら、それほどまでに聡明であらせられるとは! クー様がいれば、ズーハルト家も安泰ですぞ!」


 褒めるバルバリアンに、クーはちょっぴりむず痒さを覚えてしまう。


(……クーになる前は、あまり褒められることがなかったから、なんかちょっと嬉しいな)

 

 実は褒めもモチベーションではあったが、恥ずかしいので、誰にも言うことはないだろう。


「あむあむ。相変わらず、エーエーの料理は美味しいな。ここをクビになったとて、王宮勤めでもやっていけるのではないか?」

「恐悦至極に存じます。ですがエーエーめは、クー様が美味しく召し上がってくださるのが何よりの誉れですとも」


 剣の鍛練を終えた後、クーは食堂にてお抱えシェフであるエーエーの昼食に舌鼓を打ち、鍛練の疲れを癒やしてから午後の魔法の授業へと移っていく。


「……随分と、魔力の制御が上手くなられましたな。一月前とは、まるで別人のようですとも」


 魔法の教師である初老、ギンガロウが自らの髭を撫でながら、座りながら目の前でバスケットボールほどの水球を危なげなく維持するクーの様子を称賛する。


「ギンガロウの教え方が上手いからだよ。それにようやくコツを掴んだ、心境の変化というやつだよ」

「ほっほっほ、口の方もお上手になりましたな。血は争えない、そういうわけですな」

 

 笑うギンガロウ。クーもまた笑みを浮かべながら、水球を蒸発させるみたいに消失させる。

 

「さて、改めての復習ですとも。クー様、魔法について、簡潔にご説明願えますかな?」

「はい先生。魔法とは世界に満ちて構成する五種類の元素(オド)、そして生物が体内に宿す魔力(マナ)を掛け合わせることで発生を確立させた人工現象。環境や気候など、条件にて世界に偶発的に発生する【魔出(ましゅつ)】と呼ばれる共鳴自然現象を、人の領分に落とし込んだ先人達の奇跡の一つです」

 

 クーは淀みなく、スラスラと答えていく。


「基礎魔法は五種類の元素(オド)と同じ、炎属性(アグ)、水属性(アル)、天属性(デヴァ)、地属性(ブミ)、光属性(アラナ)。段階は初級魔法(プラミカ)、中級魔法(マディ)、上級魔法(ウッカ)の三段階からなる。こんな所でよろしいでしょうか」

「うむ。実に正確ですとも。以前のように誤った実技のみに執着せず、しっかりと頭に入れながら、それでいて熱量は前以上。一月前は特に酷いものでしたが、実に素晴らしい変化にギンガロウめは感激しておりますぞ」


 褒めるギンガロウに、クーは気をよくしたのか、ちょっと満足げに顔を緩めてみせる。


「しかし、それだけに惜しい。その歳で基礎魔法適性を二つに秀で、日々育つ魔力の器も上質。それだけの熱意と才がありながら、ズーハルトが固有魔法の適性のみが決定的に欠落しまっているとは……申し訳ございません、失言でしたな」

「良い。紛れもなく事実だからな。ズーハルト家が固有魔法、獣化(ズーハルト)。その適性を欠いているのは事実。変えようがない現実における同情というのは、時に真実より残酷だろう」


 真顔に戻ったクーは、謝るギンガロウに大丈夫だと手振りで示す。


(或いはそれさえあれば原作のクーは歪まなかったのか、それとも【名誉クズ】らしく生まれながらにクズだったのか。……一ファンとしては後者であると信じたいが、作者に訊いてみたいものだ)


 クーはただ、思いを馳せる。答えのない、無意味な考察だと、彼は自覚していた。


(しかし獣化(ズーハルト)……使ってみたかったが、仕方ない。なりたかったな、柴犬に)


 しかし、内心はすごい残念がっていた。実は犬派だったので、ちょっぴり期待していたが内緒だ。


「目指すは基礎五属性を極め、新たな固有魔法の創造。俺を何よりも俺たらしめる、俺だけの魔法に至ること。……ククッ、ギンガロウよ。俺はな、雲より高く聳える夢の果てを想像すると、猛烈に心躍ってしまうのだぞ?」

「……なんと。それほどの高み。至った暁には、何を為したいので?」


 ギンガロウは驚きか、丸い老眼鏡にある目を光らせながら、静かにクーへと問いを投げる。


「無論、どこまでもだ。ギンガロウ、ただ面白そうだからやってみたい。それ以外に理由はいるか?」


 答えたクーは、ニヤリと笑みを作る。如何なる彼の原動力、その源はそれが全てであった。

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