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名誉クズ、クー・ズーハルト

「──クー様?」


 どこかで聞いたような少女の声と共に、灰色髪の少年はゆっくりと目を覚ます。


「……ここは誰。そして俺はどこだ?」

「まあ、寝惚けてらっしゃるの? ここは貴方様の部屋で、貴方はクー・ズーハルト様。そして私(わたくし)は貴方の許嫁、エステル・シルバリオですよ?」


 戸惑いながら部屋を見回す灰色髪の少年に、彼の目の前へ座る銀髪美少女はクスクスと微笑む。


「……クー・ズーハルト。灰色の髪に紅い瞳、そしてゲス顔が強みな、クー・ズーハルト?」

「ゲス顔……というものは分かりかねますが、貴方様は確かに灰色の髪と紅い瞳のお可愛らしい、ズーハルト家のクー・ズーハルト様ですよ?」

「……なるほどな」


 銀髪美少女──エステルの微笑みに、クーは本当に何となくではあるが、今の状況を理解する。


「クー・ズーハルト。俺の好きな百合ハーレム系ライトノベル【学園受験に失敗しそうだった僕ですが、封印されていた女神にTSされ、更には百合ハーレムを築くことになりました!?】、通称【めがゆりTS】でも結構な人気を持っていたキャラ。たった一巻しか出番のない噛ませキャラのくせに無駄にビジュアルが良かったり、メインヒロインを口説く場面でわざわざ挿絵一枚使って濃いゲス顔を晒したり、アニメ化の際にクズのイケメンキャラでお馴染みだったあの声優に声を当ててもらい、全体を通してそんなに作画の良くなかったアニメで何故か無駄に力の入ったゲス顔を描かれたりしたことから【名誉クズ】なんてあだ名でミーム化までしたゲス顔に定評のある。……なるほど。つまりこれは夢か昨今流行り終わりの転生か召喚、或いは憑依、成り代わりというやつだな。納得した」

「まあ。恐ろしいほどの早口ですね。もしやまだ夢の中にいらっしゃるのですか?」


 大げさに呆れてみせるエステルをよそに、クーは手鏡を覗きながら冷静に、わざわざ声に出してまで、自分の状況を整理し呑み込んでいく。


『ククッ、喜べ平民の女。お前はこのクー・ズーハルト様の目に留まったのだ。あんな男など早々に捨て、俺様に傅き、健気にも媚びを売るがいい』


 ちなみに例のシーンとは、学園内でメインヒロインへ壁ドンしながらいい感じのセリフを耳元で囁く如何にもな一幕である。逆作画崩壊のせいで力の入ったロボットアニメのような濃い作画になっていたせいか、また絶対に文章にはなかった舌がイケメン台無しでレロレロしていたせいか、とにかく原作の五倍はインパクトあるシーンになっていた。


「しかし……悪くない。まだまだ幼いが、声もいいし視力もいい。どうせなるのなら後天的美少女(主人公)か先天的美少女(ヒロイン)の方が夢があったのだが、イケメンはイケメンで素晴らしいな」

「あの、そろそろ私を蔑ろにするの、やめてもらいたいのですけど?」

「ああすまない。君はご存じエステル・シルバリオ。艶ある銀の髪と澄んだ水に月の光を当てたような碧い瞳。このクー・ズーハルトには勿体ない許嫁、エステル様だ。そうだな?」

「……まあ。今日の貴方様は、まるで気取った詩人のよう。どうしてしまったのでしょうか?」


 手鏡を放り投げたクーがありのままの所感を伝えると、エステルは口元に手を当てながらまんざらでもなさそうに微笑んでくる。


(エステル・シルバリオ。【めがゆりTS】に出てくるヒロインの一人、愛称は【エステル様】。クー・ズーハルトの許嫁であったが、元々関係は冷めきっており、一巻の事件の際に愛想を尽かし婚約関係は解消。またその事件を解決した主人公を懸想するようになる、ちょい毒舌系の銀髪碧眼普乳……だったはずだが、態度から察するにそこまで険悪とは思えない。……そういえば、クーが正しくクズになるのは十二を迎えてからだったか。道理でまだ彼女の胸も普ではなく貧なはずだ)


 エステルの様子から、クーは何となくではあるが関係と年齢、そして時系列を把握する。


「実はエステル様。俺は今日、生まれ変わってしまった。以前の俺が恋しいと感じるのなら、申し訳ない」

「……まあ、それは大変。以前の貴方は、もう少し付き合うのが楽でしたのに。私(わたくし)に様などと、決して付けない、お可愛い方でしたのに」


 クスクスと不敵な笑みを浮かべるエステルに、クーもまた、どこか愉しげに口角を上げていく。


(何故こうなったのかはどうでもいい。せっかくクー・ズーハルトになったのなら、最早やることは一つ。【名誉クズ】の真骨頂、壁ドンしてからの決めゲス顔でメインヒロインに迫る例のシーン。百合に挟まろうとする悪魔の所業。正直作画はあまり良くなくて、結果ネタ扱いしかされなくて悲しかったアニメで唯一手放しで称賛できたあのシーンを、この俺が完璧以上で完遂してやろうとも。ククッ、嗚呼、何か考えただけでわくわくが止まらないなっ……!!)


 クーはこれからに思いを馳せながら、踊り出してしまいそうなほど胸を弾ませる。


「それではエステル様。せっかくですので一つお話を……と、その前に失礼ながら。一つ握手を」

「……? それは、どのような意味が?」

「特には。強いて言えば、一ファンとして会えて光栄ですと。そういうわけです」

「?? 本当に、どうしてしまったのでしょうか? 頭、診てもらった方がいいのでしょうか?」

読んでくださった方へ。

新作です。一章である別邸編までは毎日投稿する予定です。

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