↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/35

さようならズーハルト

 宴は終わり、次の朝。クー・ズーハルトはついに受験のため、公都へ向けて出立のときを迎えた。


「それじゃあみんな、行ってくる!」

『お気を付けて! クー様!』


 馬車の窓から顔を覗かせ、見送りに出てくれた使用人達に手を振って別邸を後にしたクー。そんな彼は昨日夜更かししたせいか、魔法で揺れを緩和した快適な移動の最中、ぐっすりと眠りについていた。


「クー様、クー様起きてください。到着しましたよ」

「……ふわぁ。んれぇ、もう公都ぉ? 早くない?」

「寝惚けてるんですか? 昨日の申し出通り、ミーア様への挨拶にです」


 ララの言葉に「ああそうだった」とクーは大きな欠伸をし、腕を天に伸ばしながら目を覚ます。


「まあ今回は受験したら帰ってくるんだが、それでも旅立ちに変わりはないから……ああ」


 馬車を降りたクーは、自らが裏庭で育てた花の束を抱えながら、自身の母親の墓前へと辿り着き──その目前にて、見覚えのある人影を見つけ、立ち止まる。


「……やあ。今日ここにくれば、きっと会えると思っていたよ。クー」


 今は亡きクーの母、ミーアの墓前にてまるでクーを待っていたという風に微笑んだのは、疲れを表情に貼り付けた銀髪の美人。クーのもう一人の母でありズーハルト家当主でもある、ラービ・ズーハルトその人だった。


「……ええ。俺こそ、今日はいてくれると信じていましたよ。ラービ母上(ははうえ)」


 クーはラービの存在に別段驚くこともなく、墓石の前に花束を置き、顔も知らぬ母親を思い手を合わせる。


「……思えば、俺が本邸に行かなくなったせいか、こうして二人で話すのは久しぶりですね」

「……そうだね。もっと言えば、家族水入らずで話すのは、きっと初めてだ」


 それっきり言葉は途絶える。家族水入らずとは思えない、居心地の悪い空気が墓地を覆っていた。


「……」

「………では、そろそろ失礼します。さようなら」


 続く言葉もなく。決して短くない沈黙を重ねたあと、クーは一礼し、無言でラービに背を向け去ろうとした。


(レオネに勝利してしまい、余計に苦労を掛けてしまったせいでどうも顔を合わせる機会のなくなったラービ母上。恐らく会うのはこれが最後。……前のクーとは違う、ほとんど縁はないはずなのに、少し寂しいのはどうしてだろうな)


 クーは胸にささくれが刺さってしまったような感覚を覚えるが、それでも振り返ることはな──。


 ──次の瞬間、風が吹く。冬が近くなってきた頃とは思えない、春風のように温かく、そして優しい風が。


「──クー!」


 風貌に合わないほどの大きな声でクーを呼び止めたラービ。足を止め、振り向いた彼クーへ彼女は、懐から小さな箱を取り出して差し出した。

 

「……これは?」

「ミーアからの贈り物だ。特別な力を持つわけじゃないけど、ミーアの家に代々受け継がれてきた物でね。……本当は家督を継いでもらったときに贈ると、二人で決めていたんだよ」


 真っ直ぐに顔向けてきたラービの言葉に、クーは少し躊躇いながらも箱を受け取り、ゆっくり開いていく。


(……宝石。とても綺麗な、俺の目と同じ、真っ赤な紅玉)


 中にあったのは深い紅の宝石。その美しさに、クーは思わず綺麗だと、ただただ見入ってしまう。


「……いいのですか? 母の形見、俺ではなく、貴女が持っているべきでは──」

「いいんだ。今渡さなければ一生後悔する。……こんなときでさえ駄目な私をミーアが背中を押してくれた、そんな気がしたんだ」


 ラービは誰かを思い出すようにそう噛みしめ、離れてしまった一歩を、自らの足で歩み寄る。


「その赤い宝石はミーアの家系の特徴。ほとんどは私に似てしまったけれど、君の瞳は紛れもなく、ミーアから授かったもの。……本当に、本当に大きくなったね。クー」


 ラービの伸ばした手は、クーの頬を割れ物でも触るかのように翳し、ほんの少しだけ触れる。クーは払うでも退くでもなく、その場から動くことはなかった。


「……すまなかった。今まで、母親として何も出来なくて、駄目な母親で、すまなかった……」


 懺悔を零し、崩れ落ちるラービ。実の母の嗚咽に、クーはゆっくりと背中へ手を回し、泣いた幼子をあやすかのように優しく撫でる。


「……顔を上げて、顔を上げてよ母上。ラービ母上はやれることやってくれたよ。母上が別邸に移してくれなかったら、俺はここまで伸び伸びと過ごすことは出来なかった。駄目になってしまっていた。……だから俺にとっては、それだけで十分なんだよ」


 クーは怒りも哀れみもなく、偽らざる本音を語る。それが紛れもなく、彼の本心だった。


「……うう、すまない。年甲斐なく、威厳もなく、情けない姿を見せてしまった」

「大丈夫だよ。……うん、むしろラービ母上にもそういう面があるって、少しでも知れて良かった」


 やがてしばらくして平静を取り戻し、ちょっぴり恥ずかしそうに頬を掻くラービ。そんな母親へクーは口元を綻ばせる。


「ララ。恥知らずなのは承知だけど、どうかクーを頼む。君なら……他でもない君ならば、私は自分よりも信頼出来るとも」

「ええ。本当に恥知らずです。親として最悪の部類、まさにどの口がという所感ですね」


 ラービは視線をクーから彼の一歩後ろに控えていたメイド、ララへ移してお願いするが、彼女は一切表情を変えず、それでいて仮にもズーハルトに仕えている身とは思えないほどはっきりと毒づく。


「……相変わらず、君は手厳しいね。まるで出会った頃のようだよ」

「そうでしょうね、何せララは何も変わっていませんので。……それに今は、義理とはいえこの子の母親です。だから胸掻き毟りたくなるほど嫌いという理由でなく、クーの保護者として、ララは貴女を嫌悪しています」

「……返す言葉もない。だけど、だからこそ、私は君なら信頼出来る。頼んだよ」


 苦笑しながら、なおも息子を託したラービ。そんな彼女にララは一瞬嫌そうに顔を歪めながら、すぐにいつもの涼しい顔へと戻して「承りました」と頭を下げた。


「……それじゃあ、もう行きます。母上、どうか身体に気をつけて」

「ああ。頑張りなさい。ズーハルトが手放したことを悔やむほど、


 最後の挨拶を交し、クーはラービへ……ズーハルトへ背を向け、墓地を去るために歩き出す。

 

「……クー、クー! 君は私を恨んでいるだろうけど、それでも私は誰よりも、君の幸せを心より願っているよ! ──どうかこれからは、何にも縛られることなく、健やかであってくれ!」


 少しクーが歩いた頃、ラービの墓地一帯へ響くほどの激励が彼の背に届き、再び足が止まる。


(十の頃より顔を合わせる機会のなくなった実の母。寄り添おうとして、上手くいかなかった実の家族。……それでもこの胸の温かさは、きっと本来のクー・ズーハルトに必要だったもの。もっと早くに抱く機会があったなら、あると気付けていたのなら、或いは違った道を進めたもの。……クーになる前の俺が、確かに一度喪失を味わったことのあるもの)


 クーは自身の胸に手を当てて感傷に浸る。虚しくも懐かしい、不思議な感覚だった。


(……ククッ、やはり家族とは切っても切れぬものよな。クーになる前も、クーになった後も。鬱陶しいようで、不思議と心地良いのだから)


 クーは一つ小さく頷いてから、後ろのラービへと振り向き、白い歯が見えるくらい屈託のない笑顔を彼女を見せつける。


「また会いましょう、ラービ母上! 年が変わる度、また家族三人で! もし機会があったら、孫は抱かせてあげますよ!」

「……ああ、楽しみに待ってるよ。でも、たいした自信だね」

「ええ、ええ! 何せこのクー、二人の母上のおかげで中々好物件なイケメンに育ったので! はっはっは、はーっはっは!」

 

 ラービへ──実の母親へ手を振ったクーは、ララを伴い高笑いと共に墓地を去る。その背中はしゃんとしていて、足取りはどこまでもこれからへの希望に満ちていた。

ここまで読んでくださった方へ。

今回で一章はおしまいです。

感想や評価、ブックマーク等していただけると作者はとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。