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こうとうちゃく!

 別邸出立より一週間。道中目立ったトラブルもなく、穏やかな速度での馬車旅を終えたクーは、ついに公都へと到着した。


「ここが公都。リリー学園を保有する、ユリユリ公国が第三の首都……素晴らしい! アンマルとは規模が違うな! なあララ!」

「みだりに叫ばないでください。はっきり言って、浮かれるお上りのようでとても恥ずかしいです」

「いいじゃん。だって本当にお上りなんだからさ。それに初めての街くらい浮かれたいじゃん」

「残念ながら、ララめは初めてではありませんので賛同いたしかねます」


 アンマルとは比較にならない活気と規模。まさしく国で有数と呼ばれる街を前に、ぴょんぴょんと初めて東京に来た高校生のように浮かれるクーに対してのララの視線は、実に冷たいものだった。


「ほら行きますよクー様。逸(はぐ)れても知りませんからね」

「なあララ、俺まず学園見たい!」

「何よりも先に宿です。申請期間はあと三日、そして試験まであと一週間。それまで路上での雑魚寝になりかねませんが、クー様は耐えられますか?」

「さあ行くぞララ! はっはっは、公都のベッドはどれくらい弾むかなぁ! はっはっは!」


 若干浮かれながらクー達は公都を歩き、そしてララの淀みない案内で、一軒の中々に古さを感じさせる店へと辿り着く。


「ここが宿……なんていうか、うん、趣のある建物だな」

「店ですからね。この不動産屋の主とは少々縁があるので、宿を提供してもらおうかと」


 若干戦くクーをよそに、一切の躊躇なしに引き手に手を掛けたララは、勢いよく扉を開ける。


「いらっしゃい。生憎今は紹介出来る物件が少なくてですね、それでもよろしければこちらへどうぞ」


 立て付けが悪いのか、無駄に大きな音と共に開かれた扉。外装と同じく、清潔ではあるものの趣き全開な、例えるのなら年季の入った商店街のラーメン屋みたいな、そんな内装の店の主であろう男が、新聞を読みながらクー達へ目を向けることなく声を掛ける。


「……相変わらずですねザイコ。以前と変わらず、信条に従い商ってるようで何よりです」

「ああ? ……なっ、なななっ、もしや貴女は、ラララ、ララ様ぁ……!?」


 ため息を共にララが名を呼べば、店主の男はすぐに新聞から顔を出し、そしてララの姿を認識したと同時に椅子から飛び跳ね、そのまま店先へと走る。


「お、お久しゅうございますララ様……!! このザイコ、再びお会い出来ること光栄の至りですとも。しかし流石はララ様。年を重ね、以前よりも更に美に磨きがかかっておられる。流石は元キルメ──」

「世辞はいいです。それにしても、貴方は一層老けましたね。顔も……頭も」


 にへらと笑みを浮かべながら胡麻擦ってくる壮年の男──ザイコの姿を、ララは過去と照らし合わせるように、どこか遠い目で綺麗な頭頂部を見つめる。


「……えっとララ、彼は?」

「あ、申し遅れました。私ザイコと申します。どうぞお見知りおきを。あ、こちら名刺です」

「ああ、頂戴いたします。ザイコさんですね、こちらクーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 まるで名刺交換を経験したことあるかのように、頭を下げつつ名刺を受け取りながら挨拶するクー。


(ザイコ不動産……なんていうか、そのまんまだな。ザイコ不動産って感じ)


 白黒の名刺はとてもシンプルで、また店名も同じくらいシンプルで、クーの所感もシンプルだった。


「あの、ララとはどのようなご関係で?」

「ララ様にはその昔、若輩だった頃に何度も何度も命を救われましてね。いやー、あの頃のララ様はミスリルに一番近いとされたゴールドクラスの冒険者! そしてなんと言っても、あのキルメイド隊の──」

「──ザイコ」

「ひ、ひい! し、失礼しました。ほ、本題に入りましょうか。ささっ、どうぞお好きな席へ。ああ、少しお待ちを。今お茶をお淹れいたしますので!」

 

 ララの鋭い視線とたった一言に、心底身を震わせながらもダッシュでお茶の準備をし出すザイコ。二人は店内にあるボロ……古い椅子の中から、比較的マシそうなのを選んで腰を下ろした。


「……粗茶ですが、どうぞ」

「どうも。……本当に粗茶ですね」

「いやはや、本当に申し訳ない。ここしばらくは外回りに出る機会が多くてですね。ララ様が来ると分かっていれば、もう少しマシなものを用意していたのですが……」


 頭に手を当て、申し訳なさそうに話すザイコ。実際、謙遜ではなく粗茶だった。ティーバッグ三回目ってくらいの、色も若干薄い粗茶で、クーは逆に驚きながら喉へと流し込んだ。


「そ、それでララ様。本日はどのような用件でこの店まで?」

「貴方の店まで来たのなら一つでしょう。実は今年、この子が学園を受験することになりましてね。つきましては数日ほどの宿の確保と来期より住める住居、それと最低限の家具の手配をお願いしたいのです」

「おお、おお! 家絡みでしたら紛うことなき私の領分! ドラゴンの背に乗ったような気持ちで、このザイコめにお任せくださいませ!」


 カップを置いたララが説明すると、ザイコは胸を張って答えるも、すぐにクーを観察するように視線を移す。


「しかし……ふむ、この方が学園の受験を……あの、ずっと聞きたかったのですが、お二人はどのような関係で?」

「親子です。……言っておきますが、つまらない詮索はなしですよ。ララは別に、お前の首を切りたくて公都まで来たわけではないのですから」

「あ、相変わらず冗談に聞こえませんよ。……しかしまさか、あのララ様がまさか子を持っていたとは。このザイコ、それなりに人生を積んだつもりですが、まだまだ想像力が足りませんひいい!」


 たったの一睨みでそれ以上を許さなかったララ。震え上がるザイコを前にしながら、メイド服の彼女は澄ました顔で茶を一口飲むだけで、笑み一つさえ浮かべなかった。


「何だか若い頃に戻ったようですよ。……話を戻しますが、宿についてはどうかお任せください。すぐに手配いたしますとも。……しかしながらララ様、先ほど啖呵切ってしまった手前あれなのですが、うちは知ってのとおり、少々特殊な物件を扱っておりますのでその……」

「特殊?」

「私は瑕疵物件、所謂事故物件専門の不動産仲介なのです。物理的瑕疵、心理的瑕疵、環境的瑕疵、法的瑕疵。そして魔出的瑕疵。如何なる事情であろうと、家として建てられながらその役目を果たせずに終わろうとしているもの。それらを一つでも減らしたいと励んでいるのです。……まあ瑕疵物件は秘密が付き物なので、たまに不都合だという方々に狙われたりするのですけどね」


 クーがつい疑問を漏らすと、ザイコはそれはそれは丁寧に説明しながら、苦笑で締める。


(事故物件……そういえば俺もクーになる前は住んでたっけか。一月に一回くらい金縛りに遭ってたの懐かしいなぁ)


 クーは前の世界での、ガスも電気も止まっていた貧乏生活の一時を懐かしむ。実はその部屋には本物の幽霊、それも美女の幽霊が確かにいたのだが、本人は霊感皆無だったので気付くことなかった。残念。


「……いいですかザイコ。ララは商いにおいて最も大事なのは信頼であると考えています。そして生活の基盤となる住居であればなおのこと。ザイコ、この意味が分かりますね?」

「……かしこまりました。このザイコ、必ずや貴女様の信頼に応えてみせますとも。つきましては、こちらなんていかがでしょうか」


 頭頂部が見えるほどに力強く頷いてみせたザイコは、それならばと、予め用意されていた間取り図を提示し、二人の前へと差し出してみせる。


「築三年の一戸建て。学園より徒歩十五分、十分ほどの距離に市場と利便性も申し分なし。二階建てにて昼間に陰も差さず、外中共に別段損傷はなし。今うちで押さえている物件の中では、問題さえ取り除けば最上でございます」

「いいじゃないですか。それで、今回は何を抱えているんです?」

「……心理的ないし魔発的瑕疵物件。少々骨の折れる粘りをみせる、魔霊の取り憑いた家でございます」


 ザイコは静かにそう告げた。クーは中々面白そうだと、愉しげに口角を上げてみせた。

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