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どうか、この眩しさを永遠に

 色々あったが、どうにか無事に学費問題が解決したクー・ズーハルト。最終的に運で危機を乗り切った彼は、学園の受験のために公都へ趣く前夜、別邸の庭で使用人全員と盛大に宴会に興じていた。

 

「天よ(デヴァ)、響かせろ(プラミカ)。……あーあー、ただ今マイクのテスト中。ただ今マイクのテースートーちゅー! ……よしっ」


 ちょうど準備が済んだ頃、事前に用意していた壇上へと上がり、魔法の風で庭中にマイクのように声を響かせるクー。きっとこの世界の誰にも伝わらないであろうマイクテストで、使用人達がクーの方へと注目する。


「みんな一旦静粛に。少しだけでいいから、耳を傾けてくれると嬉しい。色々と盛り上がり始めるよりも前に、屋敷の主の少しばかり挨拶に、どうか耳を傾けてもらいたい」


 集まった視線にドキリと、あまり経験のない緊張に心臓の鼓動を早めながら、それでもクーは話し始めていく。


「まずは全員に感謝を。今日は『学園受験おめでとう会』そして『十五年お疲れ様会』の合同宴会に参加してくれてありがとう。こういう場で音頭を取るのは不慣れでな。自分から企画しておいて、いざとなってもちょっぴり声を震えてしまっているのは、まあ少しばかり勘弁してほしい」


 実際マイク代わりの普通の棒を握るクーの手はちょっぴり震えていたが、それでもきちんと声を出せていた。


「みんなも知ってのとおり、俺は学園に通うための準備として、明日より公都へ引っ越しを進めていく。……えっ、まだ受かってないだろって? はっはっは、その辺ツッコむのは野暮ってものだぞ? はっはっは!」


 誰もツッコんでないのにセルフコントを始めるクー。どうもツボに刺さったらしいララを除く使用人一同は、主のボケへどう反応していいか迷ってしまうが、肝心の演説者はお構いなしだった。


「……さて。俺だけではなく、みなもそれぞれ次への準備が本格的に始まる頃なのも把握している。次の月、俺が受験を終えて公都から戻る頃には去っている者もいる。バルバリアンやギンガロウに至っては、この別邸に来るのは今日が最後。こうして全員が顔を合わせられるのは、きっと今日が最後だ」


 先ほどまでのテンションは鳴りを潜めさせたクーは、この場に集ってくれた使用人達を見回しながら、急にしんみりとした空気で醸しながら真面目に話していく。


「……長く、そして目まぐるしかった。俺にとっては本邸の母上達よりも、お前達こそ家族と思える存在だった。新生クー・ズーハルトとなり、追放を言い渡されてからの数年は、閃光のように眩かったとも」


 思い出を振り返るように、この一瞬を噛みしめるように。クーは強く握った拳を見つめながら、それでも語る。


「使用人六名、先生方二名。この五年……いや、十五年よく尽くしてくれた。別に俺が給金払ってるわけじゃないが、それでも改めて、この場を借りて礼を言わせて欲しい」


 一拍置き、クーは頭を下げる。それはクー・ズーハルトにとって、掛け値なしの本音であった。


「思えばお前達が支えてくれたからこそ、俺はこうして健やかに育てたというもの。とにかく手の掛かる子供である自覚があるからこそ、えー、あー、うーん……なんかもう長くなりそうだからいいや! とにかくみんな、諸々ありがとう! それでグラスは持ったか? 食べたい料理は見つかったか? うんうん、であればあとは騒ぐだけだとも! それじゃあこれまでの貢献に感謝を、そしてこれからの門出に祝福! はいかんぱーい!」


『乾杯!』


 辛気臭くしたくなかったのか、或いはせっかく数日でまとめた言葉を忘れてしまったのか。とにかくクーは、これ以上は耐えられないと、空を指差し、虹色の大光──五属性魔法(マーリン)の打ち上げ花火にて、宴の開始を告げさせた。


「おおう……ま、魔法使いの最奥と言われた五属性魔法(マーリン)が、まさか宴の催し一つになってしまうとは……」

「がっはっは! 派手でいいじゃないですかギンガロウ老師! せっかくなんですから教育係同士、クー様の成長を喜びましょうよ! ほら一杯、どうです?」

「……では、お言葉に甘えまして。実は儂、普段は禁酒してるんじゃがのう。ほっほっほ」


 宴は始まる。豪勢な食事を堪能する者、会話に花を咲かせる者、芸をやり出す者と、各々で盛り上がる最中。クーは料理を堪能しつつ、一人一人へと感謝の言葉を告げに回っていた。


「エーエー。今日はいつにもまして美味しいな。特にこの肉のタレが最高だ。レシピを教えて欲しいくらいだ」

「おやクー様。そう言ってもらえるとこのエーエー、料理人冥利に尽きますとも。レシピについてはララ様が知っていますので、あの方の機嫌を損なわなければ、きっと公都でもお楽しみいただけますよ」


 別邸のシェフ。エーエーに心よりの讃辞を。


「……お前の料理を食べられなくなると思うと辛いな。母親の味を知らぬ俺にとって、お前の料理こそが家族の味。まさに人生の潤いが失われたようだ。なあ、次は何処で料理を作るんだ?」

「そうですね。お暇をいただいたら、これを機に少しばかり旅でもしようかと。そしていい場所が見つかったら、小さくも満足に料理を振る舞える料理屋でも築きたいと考えています」


 そして同じくらいの惜別を。エーエーはそんなクーに堂々と一礼し、自らの将来を語ってみせた。


「クー様。ここだけの話ですが、いつも美味しいと言ってくださるクー様の笑顔は、宮廷で料理を作っていた頃よりもずっと、このエーエーにとっての喜びでした」

「……そうか。そう言ってもらえると嬉しいな。店開いたと噂を耳にしたら、誰よりも先に食べに行くから覚悟しておいてくれ。俺の舌は厳しいぞ?」

「ええ、ええ。そのときは必ずや、招待の手紙を遅らせていただきますとも。どうかその日を楽しみにしていてくださいませ。クー様」


 握手を交し、エーエーとは別れる。次に声を掛けたのは、たった今早飲みに勝利を成し遂げた屈強な戦士、バルバリアンだった。


「バルバリアン先生。今日はお越しくださり、ありがとうございます」

「いえいえクー様! むしろこのバルバリアン、このような場に呼んでもらえてこれ以上なく嬉しいですぞ!」


 クーが挨拶すれば、頬を若干火照らせたバルバリアンは上機嫌に、言葉を返してくれる。


「貴方には謝罪したいと、ずっと思っていました。こんな場ですが、どうか」

「なっ、顔をお上げくださいクー様。このような祝いの場で、一体どうされましたかな?」

「……俺に剣の才はなかった。剣だけではなく、槍も弓も体術も。先生に教えてもらえた技術の悉くは芽が出ず。武芸に長けた義妹(いもうと)とが違う、教え甲斐のない生徒だったことを、ずっと申し訳ないと思っていたのです」

 

 突然頭を下げたクーに困惑するバルバリアンだったが、クーはこんな場で身勝手ながら、それでも抱いていた心の内を吐露してしまう。


(バルバリアンとギンガロウは本邸、つまりレオネの教育係も兼任している。幸運なことに魔法の芽はそこそこあったからこそ、何一つ秀でることのない俺に付き合わせることが、ずっと心苦しかった)


 クー・ズーハルトにはレオネ・ズーハルトと違い武芸の……そもそも戦いの才、センスがなかった。だからこそ、それでも見放さず色んな可能性を模索してくれた彼に、罪悪感を抱いてしまっていたのだ。


「……確かにクー様は武芸においてレオネ様とは劣っています。同時に教えていた者として、そこは否定できません。ですが、だからといって謝る必要はこれっぽっちもありませんよ。クー様」


 そんなクーの自責の念に、バルバリアンは肯定しつつ、けれど謝る必要などないとはっきり言う。


「いいですかクー様。これはあくまで私の持論ですが、鍛練とは日常。心に芯を通し、努力と継続の勝手を学び、より機会と選択肢を増やす。過程で生じる力や武技の成長は大事ですが、同時に些末なことなのです。その点で言えば、クー様はレオネ様より多くを学んでくれましたとも。あんなに熱心に体力作りや基礎鍛練に励んでいらっしゃったのですから、学びがなかったなどという謝罪は、頑張ってきた自分への侮辱ですよ?」

 

 バルバリアンはそう言ってから、未だ頭を下げていたクーの肩へ、ぽんと優しく手を置く。


「どうか誇ってください、自らの研鑽を。そしてどうか、これからも弛まぬ努力を。いつか貴方様が大成なされたとき、このバルバリアンの教えが少しでも役立っていればと心より願っていますぞ」

「……ありがとうございます。先生の教えは、きっと一生ものになります。いえ、してみせます」


 顔を上げたクーは、どこかバルバリアンと握手を交す。もうクーの顔に負い目はなかった。

 

「どうですギンガロウ先生。楽しんでいますか?」

「おお、クー様。もちろんですぞ。貴方様も一杯いかがですかな?」

「まだ未成年なので。その代わりですがお注ぎしますよ」


 次にクーが声を掛けたのは魔法の授業をしてくれていた老教師、穏やかに酒を嗜んでいたギンガロウ。彼の隣に移動したくーは、彼の持っていたグラスへと酒を注いでいく。


「ほっほっほ。まさかクー様にお注ぎしてもらう日が来ようとは。まるで孫か息子と酒を交しているかのよう……いやはや、こんなにも感慨深い日は人生でも五指に入るかもしれませぬな」

 

 ギンガロウは注がれた酒を、どこか嬉しそうに見つめてから、ゴクリと酒を喉へと流し込む。


「……大きく、本当に大きくなられましたなクー様。固有魔法の欠落に絶望し、現実を否定するよう塞ぎ込んでいた幼なき子。それがまさか、まさか五属性魔法(マーリン)に至るなどとは……ほっほっほ、あの頃の儂の目は随分と曇っていたようですな」


 ギンガロウはどこか寂しげに見つめたあと、夜空を仰ぎながら、少し嬉しそうに呟く。


「叶うなら先生からもっと学びたかった。ギンガロウ

「ほっほっほ。そう言ってもらえるのは光栄ですが、老人の知識などたかが知れてますぞ。世界は広い。クー様を縛るには、この屋敷だけではちと狭すぎますな」


 微笑んだギンガロウは、一口酒を呷ったあと、ゆっくりとクーへと芽を向け直す。


「今のクー様に儂から送れる言葉は一つだけ。どうか心ゆくままに探求を。このギンガロウ、貴方様の行く末を心より楽しみにしております。……願わくば固有魔法誕生の吉報は、墓前でなく直接だと嬉しい限りですなぁ」

「……任せてください。先生が現役の間に、必ずお届けいたしますとも」


 ギンガロウと握手を交す。老人の手は、しわがれながら、とてもしっかりとしていた。


「……あ、それとあの黒い光(アラテ)ですが、人前ではないことを推奨しますぞ。何しろこのギンガロウをして初めての現象なのですから」

「……やっぱり?」

「やっぱりですとも。本当に気をつけてくださいよ。くれぐれも、いいですね?」


 最後に小声での真面目な警告を受けたクーは、せっかくの魔法なのにと若干落ち込みながらギンガロウと別れる。そして似たような流れを幾度となく、使用人全員と丁寧に繰り返していく。


「……ふうっ」

「お疲れ様です。一人一人丁寧な挨拶、ご立派でしたよ」


 全員と話し終え、喧騒から少し離れた位置で一休みしようとした矢先、まるで見計らったようにララが現われてクーへドリンクを差し出してみせる。


「それでクー様。ララにはないのですか? 挨拶」

「ククッ、お前は契約延長だからな。……冗談だよ。お前は最後だと、ずっと決めていたんだ」


 クーはララへと身体を向け、立ち上がって姿勢を正し、ごほんとわざとらしく喉を整えてみせる。


「ありがとう、ララ。付き人がお前でなければ、俺はもっと退屈にこの屋敷で燻っていたよ」


 クーは礼を告げる。他の使用人へとは少々異なり、少し気恥ずかしさを顔に乗せながら。


「……なんか、照れくさいな。お前は母親みたいなものだから、どうも他の人とは勝手が違う」

「ふふっ。正直な所、ララもです」


 二人は数秒見合い、笑ってしまう。まるで互いが互いに釣られているかのように。まるでたわいないことで笑い合う、どこにでもいる親子のように。


「……みな楽しそうだな。こうして最後の場で、誰もが笑顔であれるというのはいいことだ。そうだよな?」

「ええ。この光景こそ、クー様の成果です。多少ではなく奇行に走ってはいましたが、貴方様が笑顔で前向きであったからこそ、我らもこうして憂いなく旅立ちを喜べるのですよ」

「……そうか。そう思ってもらえているのなら、そう思われていたのなら、本当に良かった」


 宴を楽しむ使用人達。その光景を一歩退いて眺めるクーは、ただぽつりと言葉を漏らす。


「夜は直終わる。明日からは、こうはいかないな」

「はい」

「もうこの家とは、ズーハルトとはお別れなんだな。みなとは、違う道を歩むのだな」

「……はい」


 ララは否定しない。だからこそ、クーはいつもより少しだけ力なく、健気に笑ってみせる。


「ククッ、別に泣きはしないとも。これでも強くて立派で面のいい、ドリームくじだって当てちゃう好物件な男の子だからな」

「…………」

「だが少しだけ、少しだけ浸らせてくれ。せめて今だけは。そしたらまた、俺はいつものクーに戻るから」

「……どうぞ思いのままに。今宵多くと別れようと、ララめは変わらずクー様のそばにおりますとも」


 クーはそう言いながら、いつまでもいつまでも、忘れないようにとその光景を目に焼き付ける。静かにそう雲一つない、綺麗な夜空だというのに。クーの視界は少しだけ、気まぐれな天気雨に濡れていた。

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