筋肉は褒めて育てるもの
前王弟殿下のかれいなる日常です。
結構書き直したけど、のんびりになっているかな?
前王弟殿下の朝は早い。
まだ辺りが暗い内に起き出し、身支度を整える。
(その際、身体の調子を確認しがてら、「今日も上腕二頭筋キレてるー」とか自分で筋肉を褒めているらしい)
それからジャガルドと合流して、準備運動。
そして、すでに竈に火を入れている料理人に挨拶をしてから、湖の周りをジョギング周回する。
この日、チヤに挨拶しようと厨房を訪れると、白いものがサッと視界の隅を横切っていった。「ん?」と思いつつ、窓から顔を出しているチヤに近付く。
「おはよう、チヤ。何かさっき、キングがいた気がするんだけど」
キング……。彼(?)はアンゴラスウサギという珍獣で、巨大かつふわふわもこもこのウサギだ。
ただし相貌が片目に刀傷、鋭い目付き、眉間に皺という凶悪コンボなので、大人でも泣きそうな存在である。
アンゴラスウサギ特有の『幻かと思うようなスピードで走る』事が出来るため、滅多に人前に出ないはずなのに、どうした事だろう。
「ああ、やっぱりアレが『キング』なのかい」
ガライの言葉に深く頷くチヤ。
まあ、他にアンゴラスウサギを見た事もないので、人違いならぬウサギ間違いはしないだろう。
……いたとしても間違ったりはしないだろうが。
「いやね、例の鳥肉パーティーの後ぐらいから何度か来ているんだよ」
『鳥肉パーティー』、正式名称『幸せの青い鳥をお裾分け★パーティー』である。そしてそれは、彼女の子供が森で助けられた日の翌日でもある。
「ここまで送ってもらったから、住んでいる所は知っているよなぁ」
ガライが思い出す。
「あの後、レイニオが言っていたんだけどさ、ラジーのおやつをお礼にあげたんだって」
チヤが言う『ラジーのおやつ』はガライも知っている。
仲間たちの最年少がカバンに入れて持ち運べるようにしてある、小さめのクッキーや乾燥させたフルーツだ。ちょっと味見させてもらった事もある。
「どうやらその味が気に入ったようでね。その日作ってたおやつの匂いに釣られてきたらしいよ」
そして、チヤと目が合ってお互い「はっ」となったらしい。
衝撃的瞬間であっただろう。
「最初は恐喝しに来たんじゃないかと思っちまったよ!」
視線を感じて顔を上げたら、窓から覗く大きな厳つい顔。
軽くホラーだ。
「まあなぁ、ヴォル団長並みに顔怖いんだよな。根は優しいんだけど」
騎兵団に所属していた事があるからか、ガライは何て事のないように同意する。
「そうなんだよ。釣られたのが恥ずかしかったのか、鼻をやたらひくひくさせながら『……アイツラは元気か?』みたいな雰囲気を出すからさ、笑っちまった」
それからというもの、たまに食べ物をたかりに……ではなく、様子を見にきているらしい。
「やっぱり、アイツは『キング』って感じだよな」
「アンタ、ソレ、言ってて違和感ないかい?」
「ん? 何が?」
甥が国王な男は首を傾げた。何も気にしていない。
「いや、アンタがいいんならいいんだけど」
「そう? とにかく、キングが顔を出すなら、もてなしてやってくれ。いろいろ助けてもらっているからさ」
「言われなくてもそうするよ。子供たちの恩人(?)だからね!」
そうして、強面のアンゴラスウサギはこの屋敷の公式な常連客となった。
その事を聞いて更に恩を感じたキングが、森に入った人たちをおそ……いや、助けるようになったのはまた別の話だ。
「おい、ガライ! さっさと行くぞ!」
「今行く! ……チヤ、また後で」
「今朝はクロックマダムだよ。楽しみにしてなっ」
ジョギングでキリよく湖を10周して、それぞれトレーニングしてから汗を流し、朝ごはん。
クロックマダムは、たっぷりのチーズと丁度いい厚さに切られたハム、それが食パンの上に乗せられ、さらにナイフを入れると黄身が流れ出す半熟の目玉焼きがトップを飾る。それらをヴェールのように全体にかけられたぺシャルルソースが、ハムとチーズの塩気と旨味を、卵の優しい味わいを一気にまとめ上げ、大変美味しかった。副菜はフレッシュサラダにササミを合わせ、そこに特性ドレッシング。
勿論、おかわり。
その時間には日が上ってきているので、ラジーも起き出してきて、一緒に食べる時もある。
「今日は何する予定?」
「おねえちゃん(ルミ)のお家の庭で、みんなで、草むしり大会、するの」
……楽しいのなら、止める理由はない。
ラジーを見送った後、ガライが向かうのは畑だ。
今日は、お供にレイニオが欠伸をしながら付いて来ている。
「おーい、ビフレット、おはよう」
最近、朝から見かけるようになった自称ただの執事が無駄にキラキラしながら振り返る。
「おはようございます、若様。今日もハムがキレてますね」
挨拶ついでに筋肉も褒める。流石、自称執事。レイニオは横で微妙な顔をしているが。
「おう、ストレスフリーだからか調子よくなった気がするな」
「そりゃあ王宮と比べたら、そうなるよね」
権謀術数蔓延る王宮。
大自然と比べ物になるはずがない。
「ラー、頑張っているかなぁ」
王宮と聞いて、ガライはちょっぴり残してきた甥を心配する。
大丈夫だと思ったから、今回の引っ越しを決行したのだが。
何か、物語の嫁と姑のようにいびられたりしていないだろうか。主に置いてきた幼馴染みに。
「若様がいなくて寂しいかもしれませんが、陛下も周りも頑張っていると思いますよ」
「頑張って、やりすぎている気がするけどね」
まさか、暴走馬車を止めるのに必死になっているとは思うまい。
ビフレットがやんわりと微笑むのにレイニオが付け加える。
「そうかもしれないな」と同意したガライが畑に目をやる。
「ところで、今日は何するんだ?」
きちんと等間隔に苗が植えられた畝の端に、更に新しい苗が見える。
「今日はちょっとした実験です。チヤにも頼まれていますし」
「ああ、この前言ってた、アレ?」
執事の師弟の言葉に、首を傾げるガライ。
「野菜を頼まれたんだろ? まだ植えたばかりじゃないのか?」
畑にはまだまだ小さい苗が葉を天に向けている。
その疑問に答えるべく、自称ただの執事は畑の端の新しい苗を手に取った。
「頼まれたって言っても、結果を、ですけど」
心底うっとりしたような、女性が見たのなら襲ってきそうな顔でその苗を見る。
野菜すら赤く成長するのではないだろうか。偶然にも、その苗はトマッホだ。
「最近、関係者の間で話題になった魔法があって、それを試してみたいんです」
「へー、どんな魔法?」
「見たら判りますよ。だからそれを見て何か気が付きましたら、教えて頂けないでしょうか」
「俺でも判るなら」
「美味しいご飯のためだもんね」
主たちの了承に微笑み、ビフレットは予め用意していた土にその苗を植える。
「この土は養分の多そうな森の入り口で採取したものです。ジャガルドに付いていってもらいました」
この前のレイニオの忠告をちゃんと聞いたようだ。
「いきます」
土に手を置いたままだった美中年は、そのまま土に魔力を込める。
ふわりと魔力が舞い、光が踊る。
魔力光と呼ばれるものだ。
属性で色が違い、ビフレットのものは黄色い。
つまり本人と合わせてキンキラキン。
目が眩しい。
そうしている内に苗に変化が訪れた。
驚く事に苗がみるみる成長していく。
葉が増え、丈が伸び、花が咲き、ついには実がなり、それが赤く色付いていく。
それを目をキラキラさせて見ていたガライが、魔法が終わったであろう美中年に言った。
「時間加速か? 時空魔法みたいだ!」
時空魔法とは、遠い昔にあったとされる時と空間を操ったとされる魔法だ。時折古い伝説に残るのみで、本当にあったのかは定かではない。
それにビフレットは首を振る。
「あくまでも成長促進の範囲です、若様。土の栄養を集める感じですね。本当はこんなに一気に成長させないのですが、今回はどんなものか知りたかったので。……かなり魔力が要りますね」
立とうとして、ふらりと態勢を崩しているので、大分魔力を消費しているようだ。
その姿も一部の人間には庇護欲をそそられるのであろうが、この調子では連続で使用出来そうにない。
「デメリットも多そうだよね。連発出来ないし、急に成長させるなら偏りが出来そうだし。義母さんはきっと味とかも気になるだろうし」
「それに加えて、かなりの確率で失敗するそうですよ。今回は成功しましたが、枯れたり、育たなかったり、やたら大きくなったり。襲われたっていう話も聞きます」
襲われたとは、どういう意味であろうか?
ガライは気にせず「成功してよかったな」と笑っている。
「それで、何か気付いた事はありますか?」
「そうだなぁ」
自称執事の問いかけに、苗だったものに目を向ける。
見た目は普通のトマッホだ。
「魔力光が見える程、魔力が必要なのかっていうのと、土」
「土、ですか?」
その言葉に頷くガライ。
「そう、土。農業とは関係ないんだけどさ、さっき栄養を集められたんだから、他の何かも集められるって事だよな? 例えば、えーっと、粘土とかー、赤土とかー、硝子とか?」
その答えに一瞬、理解できない顔になった美中年だったが、その発想に思い至り考える。
「……そう言われれば、そうですよね。もう一度やってみましょうか」
「ちょっとだけにした方がいいんじゃない? 倒れたらアニキにお姫様抱っこ、してもらうから」
「喜んでー!」
筋トレになる、とフロントバイセップスをしているガライには悪いが、筋肉ムキムキの胸元に抱かれるキラキラ美中年。
誰得だ。
本人も嫌なのか顔をしかめる。
「それは止めて下さい。……じゃあ、この一握りだけでやってみます。判りやすいのは硝子の素の石英でしょうか」
足下の土(畑の土ではない)を一握り掴んだビフレットは、もう1度魔法を使う。
規模が違うのか、先程とはキラメキが減っていた。
静かに魔力光が止み、彼はゆっくりと手を開けた。それを覗き込む前王弟と執事見習い。
そこには日の光にキラリと光る透明な粒が表面に浮かんだ土。
「こ、これって……」
「ヤバくない?」
「やっぱり魔法って便利だなー」
「いやいや、若様。それどころじゃありません。大発見ですよ、これで今まで炭鉱で出ていた屑石とかも価値が上がるはずです! 鉄とかの金属だって集められるって事ですよ!!」
騒ぐビフレットにガライが不思議そうにする。そういうところは、あまり気にしないようだ。
「大発見って程か? 誰か見つけているんじゃないか? 関係者には広がっているんだろ、この魔法」
「使い方が違うでしょう! 農業用だと思っていましたが……、これは陛下にお知らせしないといけません」
「そこまでかなぁ?」
首を傾げているガライには悪いが、反応はビフレットの方が正しい。レイニオは知らされる王宮に同情した。
この魔法によって、市場の配給量が増えれば品物の値は崩れ、物流の混乱などが起こる可能性があるからだ。
その前に偉い人に丸投げをしておこう、という事である。
「何にせよ、今は出来たトマッホをチヤに届けないとな」
そう言われ、あっと本来の目的を思い出す自称執事とその見習い。すっかり目的が違っていた。
その見習いが不意に森の方へ視線を向けた。
「アニキ、森から誰か来る」
そしてなにやら不穏な動き?
アニキ、キレてるよ!とか、野菜に襲われるって田舎コエー、とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




