身の上話:家出令嬢と最後の晩餐メニュー(カフェ)
チヤの因縁とラジーの誘拐。
今回もカフェ(食後の1杯)って感じじゃないです。
カフェって、ブティフールと分けてもいいのだろうか?
やはりと言うべきか、『王国の陽炎』一門は王宮内がバタついていようが、こちらへの追跡の手を緩めていなかったらしい。
ある日、店に欠かせない日課の市場買い出しに行った際、挨拶代わりとばかりに「コナツ様」と誰かに呼ばれた。見回すような真似はしなかったが、きっとそちらを見たところで声の主を見つける事は出来なかっただろう。
これはほぼ確定で呼びかけられたのだという事が判る。
ようやく店を持てたというのに、この国からまた出て行くべきだろうか。でも子供の為には、もう少し大きくなるまで落ち着いた生活をさせてあげたい。
料理の探求は果てしないが、ある程度自身で満足している部分もあるので、いきなり店を放棄して出て行く事は考えていない。
『向き合うべきなのかねぇ』と今まで見ぬふりをしてきたアレコレを思い出しながら、チヤは市場を歩いて行った。
「店長! ラジーが攫われそうになってたから確保してきたー!」
「確保ってより、保護だろ」
その声に慌てて店の入り口を見ると、いつもの赤いムキムキとその肩に乗るキツネさんフードの子供。
普段通りに「ただま」と言っている。その様子に思わず脱力。
「最近多いな」「警備に連絡しているよな」などという客の声の中、そちらに近付く。
「ありがとよ、『大盛りシチュー』」
恐らく貴族だとは思うが、本人が名乗らない限りあだ名で通す事にしているチヤは、常連さんの呼び名を使って感謝を述べた。
彼も呼ばれた初回は驚いた様子だったが、すぐに慣れたらしい。
その呼び名に「サービスよろしくぅ」なんて返してくる。
チヤはまだ名乗っていないので『店長』と呼ばれているが、ラジーは彼らが来る度、席に寄っていき話をしているので名前を知られているようだ。
ラジー自身もしくはかれらが危険はないと判断しているのだろう。
気が付いたら、たまに膝の上に乗っている時もある。お客さんにどうかと思うが、本人が「これもトレーニング」とか言って腿上げをしているので、気にしない事にした。
「何か、この辺、治安悪くなってる?」
常連さんの話が聞こえたのだろう。
席に着いて、メニューを持ってきたチヤに尋ねてくる。
「そうだね。ラジーが攫われかけるのは3回目だよ」
恐らく自分が原因だろうという事はおくびにも出さず、事実のみ伝えた。
1回目はチヤがラジーと歩いている時に起こった。
それはチヤに対する揺さぶりだったのだろう。チヤだってある程度、対人もこなせるとはいえ、専門の者を相手取るとなると力量不足だ。相手もそれを判っていての行動だと思われる。
その時は、予想していなかったラジーの出した火花に驚いて、手を離した隙にこちらに引き寄せたので事なきを得た。
2回目は、今度は子供自体を狙ったのだろう。子供たちで遊んでいる時に襲われたらしい。前回挙げた「ラジーが爆発した」時とは別になる。
その時は手を伸ばしかけた相手との間に、通路いっぱいの土壁が出現した。
元々袋小路だったかの様にぴっちりと通路を分断。思わず近所の人が道がなくなったと困惑したくらいだ。子供たちは逆にどうやったのか興味津々だったが。
そして今回3回目。
ラジーはあまり離れていないオーナー夫妻の家に行こうとしていたようだが、見張っていただろう人物につけられていたようだ。
そしてその人物に声を掛けられる前に、丁度やってきたムキムキ2人に出会ったという事になるのだろう。
恐らく、相手にラジーが魔法を2属性使えるのが知られた。
3属性目も何処に衆目があるか判らない今、バレていると考えた方が良い。その上で、チヤを狙うより捕まえたら自動的に母親も釣れるラジーを狙い始めたのだろう。
「あの動きは素人じゃなかったし、なんなら何かの集団なのか」
茶色い方のムキムキはメニューを前に思案気味に言った。第三者から見れば何を頼むか悩んでいるようにしか見えない。
「だったらさ、みんなにここの事言っちゃうか」
隠していたんだけど、と赤い方のムキムキが覚悟を決めた様に言った。
あんまり人が多くなると気軽に寄れなくなる、という独占欲にも似た理由で所属団体の連中に言っていなかっただけだが。
「ああ。他のヤツにも見回りついでに立ち寄ってもらうって事か。不審な人物も近付きにくくなるな」
今日は日替わり大盛り2人前!という声を聞きながら、はて、コイツらは何処の所属なのだろう?という今更な疑問が湧き出た。
街の警備に当たっている第2騎士団の連中なら何人かここに通っている奴らがいるので、言い方的に違うようだし。
今日の日替わりは大きめに作ったパンに炙って蕩けたチーズをかけたホーンブルの肉とチーズとピクルス、トマッホやキャベッタなんかの野菜を豪快に挟んだハンバーガーだ。
付け合わせは揚げ焼きにしたポテト。
大盛りはお肉2倍である。
こだわりはホーンブルの味に負けない特製のタレ。
それを大口開けて食べろ、というワイルドな1品である。
そんな料理をマナーなんて気にしないといった風に平らげた2人は、また話し合いを始める。
「ここ教えたら、どうなると思う?」
『大盛りシチュー』が言うと、『おつまみナッツ』がその強面に皺を寄せながら考える。
「店長の事を『お母さん』と呼んだり、ここに居着いたりする」
「独り身多いもんなー。ある意味居場所が判って便利?」
「で、親父が怒って、訓練倍増。益々癒しを求めてここに来る」
「魔のスパイラル完成じゃん。現実になりそうだったらヴォル団長に要相談でいい?」
「そうしないと、とばっちり受けそうだしな」
「あー、ありそうー」
『おつまみナッツ』はいつも『大盛りシチュー』に付いてくるという意味と、エールと一緒に頼む事が多いため、そういう呼び名になっている。茶色いし。
一通り話し合った彼らは、客の途切れた瞬間を見計らってチヤを呼んだ。
「あのさ、今日ラジーのフードの下、見ちゃったんだけど、これって内緒だったりする?」
当の本人は違うテーブルを拭いていたが、呼んだかとばかりに近付いて来る。
「いいや、ただ防犯の為さ。旅の間は狙われやすかったからね、犬耳は」
「あー、確か北の国の部族なんだっけ」
マルゴール族を知っている風の赤いのは頷いた。
この国の貴族だったチヤですら旅に出るまでは知らなかったのに、どうやって知識を得たのだろうか。
「それで、用件はなんだい?」
足に抱き着いてきた子供の頭を撫でながら、改めてムキムキたちに向き合う。
「実は俺たち、騎兵団に所属しているんだけど、ここ、同僚に紹介しても迷惑じゃない?」
ライズ王国騎兵団。
それは身分を問わず実力者だけで構成されている組織だ。平民もいる為、騎士ではなく、やっている事も騎士団では手の出せない事を優先してやっている。
ある意味、平民の憧れであり、厳しい選抜があるという事で知られている。
そんな団員、つまり目の前のムキムキのような、よく食べるような人種がここに料理を食べに来るという事なのだろう。仕入れを増やせるかと暗に聞いている。
「あんたら、騎兵団だったのかい。まあ、先に知っていれば対処のしようはあるさ」
すぐに、店に騎兵団が出入りすれば、怪しい動きをする人物が減るという事を察したチヤは、その提案を受けた。
「一応みんな気はいいヤツらだけど、何かあったら俺たちで何とかするから」
なー?とラジーに話を振ると、わけも分からずコックリとキツネミミを揺らす。
「ウザかったら基本蹴り出していい。無駄に丈夫だからな」
茶色いのはやけに辛辣に同僚を扱った。
「そういうのは慣れているさ。助かるよ」
そう言ったチヤに対して、『大盛りシチュー』は「えー、面倒な事頼んだだけだぞー?」と笑っただけだった。
その翌日から、怖そうで怖くない少し怖そうな『大盛りシチュー』と同じ制服を着た人たちがやって来る様になった。
そして、すぐにチヤによって胃袋を掴まれてしまったのだった。
開店時間から大体1人は店内にいるような気がする。コイツら、厳しい訓練があると聞いているのに、いつ出勤しているのか?と疑問すら湧いてくる有り様だ。
お陰で不審な人物は見かけなくなったが。
そう安心していた矢先だった。
チヤはいつも朝起きてから店の仕入れに出掛け、昨夜の仕込みをした食材の様子を見てから、まだ部屋にいるラジーを呼びに行く。
大体は起きて母親を出迎えるが、その日は部屋の中がしんと静まり返っていた。
慌ててシーツを捲ると、空っぽのベッド。熱は残っていないため、大分前からいない事が判る。
その事実にチッと舌打ちをして、入り口へと向かう。ラジーの居場所は明白だ。
家の中まで入り込み、証拠を残さない。ラジーというよりかれらが抵抗するのが判っていて、それの対策もしている。そんなの『王国の陽炎』一門しか考えられない。
扉を開けたところで、外にいた人物が「うわっ」と声を上げた。こんな朝早くなのに店の前に人がいるとは、と顔を上げると、そこには『おかわりナッツ』こと茶色いムキムキが。扉を当てそうになったが、胸板ダイブをしなくてよかった、と思わず目の前の固そうな胸板を見る。
「店はまだ開いてないよ。急ぎなんだ、退いとくれ!」
そう言うと、その後ろから赤いムキムキが顔を出した。そしてチヤの様子を見て真剣な顔をする。
「何処だ?」
それだけで事情を察したのか彼は短く尋ねて来た。
「あたしの実家だ」
「判った」
そして後ろを振り向く。
そこには見た事の無い蒼髪の眼鏡をかけた令嬢らしき女性と、茶色いムキムキの顔面を更に凶悪にした血の繋がりを感じさせる厳つい男性が立っていた。
「どういう事です?」
蒼髪の女性が顔を顰めながら、『大盛りシチュー』に尋ねる。
「一歩遅かったらしい」
「では予定を逆にするという事ですわね」
「そうだ。ヴォル、すまんが付き合ってくれ」
今度は倍程の年の差があるはずの男に。
「私は店主に謝罪に来ただけですので、構いませんよ」
ニヤリと笑ったその顔は朝に相応しくない凶悪っぷりだ。
それを見ている間に赤いムキムキはその赤銅色の頭を振って、チヤに再び視線を投げかけて来る。
その目はいつもと違う色をしていた。
「店長は店で待っていてくれ。ここはラジーが帰って来る場所だから」
そう言って、一見不思議な団体は目的地が判っているとばかりに直ぐ様去っていった。
まるでチヤの素性が判っているかの様に。
幼馴染み3人+保護者1人とも見えないことは無い。
まあまあ、ガライが絡んでいるのだから、お茶でも飲んでゆっくりしていってね。




