身の上話:家出令嬢と最後の晩餐メニュー(デセール)
ライズ王国王都にお店を開店〜赤いムキムキとの遭遇。
デセール。コース料理って合間合間に甘いの挟んできますね。
1ヶ月前後かけて、ライズ王国王都オーモリューまで帰って来た。
余り寄り道をした訳では無かったが、子連れという事もあって、ゆっくりとした旅程。ラジーに色々なものを見せたいという考慮もなかったとは言わない。
その間にラジーには動物の耳を付けたフードを被してやる事にした。
マルゴール族の耳と尻尾は、圧倒的に唯人が多い他国において物凄く目立つ。何なら、町に出ればすれ違う人がほぼ振り返るし、1回以上人攫いらしき人と目が合う程度には目立つ。
ラジーも他の人とは違うと判ったのか、「おみみ……」と言って尻尾をしょんぼりさせていたので、以前から作っていた動物さんフードを被せてみたのだった。
だって、子供に犬耳付いているのが『かわいい+かわいい』なのだから、他の動物でもかわいいに決まっている!という思いでリーンと作成していたのだ。
ウサギさんの立ち耳、垂れ耳、白ネコさん、黒ネコさん、キツネさん、リスさん、意外性でイヌさん。
犬耳イン犬耳なんて、誰が考えるであろうか。
……ちょっと遊び過ぎたなーとそれらを見ながら2人で反省したのは、結構最近の事。
お陰で数だけはある。
そして尻尾の判らない様な裾の長い服。
尻尾を振ると判ってしまうが、普通だと一見するだけだと尻尾があると判らない。
前も述べたがマルゴール族の様な他種族はどこに行っても珍しい。人攫いにしてみれば子供のラジーは格好の標的だ。だからその特徴を隠す事に反対はしなかった。
十数年ぶりの王都オーモリューは、相変わらず騒がしい場所だった。
通りに並んでいる店はたまに昔からの店舗があるが、それ以外は見知らぬ屋号が並ぶ。歩いている人の服装も変われば、店先に並んでいる商品すら変わっている。
こんな人の多い所が初めてのラジーは、ちょっと尻込みしているのか、だっこしているチヤの服を離さない。
待ち合わせ場所で合流したシードルフに案内されたのは、下町の入り口辺りにあって大通りを外れた1軒の店舗だった。
彼によると、元々は小規模ながら宿屋兼食事処をしていたのだが、オーナー夫婦が高齢のため、店をたたみ、貸店舗として貸出しを始めたのだとか。
宿屋をしていただけあって、店自体は普通の家よりも大きく、かといって家族経営で小規模にやっていたのが判る程度には手狭なイメージ。1階が食事処、2階が宿屋だったようだ。
宿屋までする気は無いので、ここを借りるなら2階がプライベート空間になるだろう。
立地としては大通りに面していない為、王都の一般的なイメージとは違い、人通りは多くなく静かな場所だ。
商売には余り適していないが、大通りの賑やかさが苦手な人には好評だったらしい。細く長く常連さんがいたのだと大家の老夫婦は語っていた。
確かに王都は夜だっていつでも賑やかだ。夜くらいはゆっくりしたいという人もいたのだと考えられる。
それに、実家から逃げ隠れしているチヤにとっては、あんまり人通りが多くても困るのだ。
賃貸料も「変な人が入るよりは」「子供もいるし大変でしょうから」と安くしてくれたので、ここにする事に決めた。
ラジーはなんだか大家夫婦に気に入られたらしく、内見中ずっと世話を焼かれていた。
むしろラジーが面倒を見ていたような気さえする。
そして、チヤは念願のお店をオープンさせた。
名前は『子犬のごちそう亭』。
初めて腕を振るった野営料理で、アルフが凄くいい笑顔で食べていたのを思い出したからだ。
看板は2本足で立つ子犬が誇らしげにクロッシュを運んでいるデザイン。
これはアルフではなくリーンをイメージした。色々お世話になっているのと、尊敬の意味を込めて、だ。後、アルフにすると色々恥ずかしくなった、だなんて誰にも言えない。
開店資金は今まで商業ギルドに預けていた各地で稼いだ賃金とポローネから貰っていたお金で十分賄えた。1から建てるでも無し、以前の厨房機器がそのままになっていたのも大きい。
最初はオープンしたお店に近所の人たちが様子を見に来た。以前の常連さんやちょっとした歓談スペースを求めて、が多かったようだ。
ついでに大家の夫婦も試作を食べた際、チヤの料理の美味しさに魅了されたのか、1日1食は食べに来ている。
その内、近所の人たちと仲良くなり、さっぱりとしたチヤの性格も相俟って、集会場のようになってきた。
ラジーはお手伝いがしたい(母親の真似がしたい)年頃のようで、何かしたいと尻尾で訴えてきたのでテーブル拭きを任せている。
まだまだ背が足りないので、椅子に乗らないと届かないのだが。そこはしっかりと届かないなりの拭き方を教えた。
ついでに「これはラジーの仕事だから、ちゃんとやらないとお客さんが困ってしまうんだよ」と言い聞かせている。
子供だからと、やる事に妥協は許さないチヤである。
まあ、それも近所の子供がラジーを誘いに来るまでだ。
お昼すぎになると、どこからとも無く子供がいると聞きつけただろう下町の子供たちが、遊びに誘いに来るようになったのだから。
その時は快く送り出す事にしている。子供にとって遊びは立派な勉強だからだ。
しかし王都の下町となれば、余り治安がいいとは言えない。一応、複数人で遊ぶようには言っているが、どうしても1人になる事はある。
ある時、外から『ドォン』と音がして、しばらくすると子供たちが店に駆け込んで来た。
「おばさん!ラジーがばくはつした!」
その言葉に店にいたお客共々「はぁ?」という顔をした。自分で自分の顔は見られないが、きっと客と同じ顔をしているだろう事は理解した。
よくよく話を聞くと、どうやら見知らぬ大人の人が強引にラジーを連れて行こうとしたらしく、それに泣きそうになったラジーの周りで爆発が起こったのらしい。
恐らく『精霊様』と呼ばれるかれらの仕業だろう。それに驚いた大人は、ラジーを置いて逃げて行ったと言う。
その話を聞いている内にラジーがグループのお姉さんたちに付き添われて帰って来た。
ラジーを気にする店の客たちに「ラジーの魔法だ」と合っているような合っていないような説明をして、安心をさせる。
当の本人はこれで遊びにいけなくなるのを恐れてか、母親の顔をちらちら見るだけで、特に怖がっている様子はない。
鈍感なのか大物なのか。
その頭を撫で「これからも知らない大人に連れて行かれそうになったら、そうするんだよ」と笑いかけた。
これが後にいう『バーン』に繋がっている。
その日から数日後、大通りを2人の男が歩いていた。彼らは昼食を取りに城下町まで降りて来ていたが、どこで取るか決めかねている様子。
「お前、どこでもいいんじゃなかったのかよ」
1人が言うと、もう片方は「たまには新規開拓もいいじゃん」と笑った。
「まぁな。前に通ってたところは、先月潰れたからな」
競争が激しい王都の商いは、気が付いたら無くなっている事がよくある。今回はそれの煽りを食らったようなものだ。
「それに今日は午後休! 時間かけても訓練の時間が無くなるだけだって!」
「その訓練を楽しみにしている奴が何を言う」
そんな事を言い合っていた時に、不意に片方が立ち止まった。
「どうした?」
「ん。いい匂いがする」
男のオリブー色の目がキラキラとしている。
「これは当たりかも。こっちだ」
「お前、犬かよ」
匂いがするのだろう方向に歩き出した片割れに、もう片方は呆れた顔をしながらもついて行った。
お昼の注文ももう少しで途切れるだろう時間に開いた店の扉にチヤは「おや?」と思った。
聞き慣れない男の声が2人分入って来たからだ。
「うん、間違いなくいい匂い。期待大」
「お前、マジその強化どうなってんだよ。どうやったら大通りでこの匂い嗅ぎ分けられんだ」
「惹きつける魔力があった」
「何だそれ」
同僚だろう同じ制服を身に着けた彼らは、出てきたチヤに機嫌よく「こんちわー、席空いてる?」と尋ねた。
チヤが空いている席を示すと、いそいそと座りに行く大男2人。
1人は口の悪く、顔も怖いが悪いやつでは無いのだろう。
もう1人は茶色というよりも赤いと言われるような髪色で朗らかな感じだ。悪いやつでは無いのだろう。
……何故なら、隣のテーブルを拭く子供を二人共が手伝いたそうにソワソワしているからだ。ちなみに本日は白ネコさんフードである。
「あれはあの子の仕事だよ。大の大人がしたらすぐ終わるのは判っているけど、進んでやっている事だから、手は出さないどくれ」
チヤは新規の客にはよくする説明をしながら、メニューを手渡す。
「うん、判った。いやぁ、偉いなーって」
「オレ、あの頃だと厨房に入れてもらえすらしなかったぞ」
そう言いながらも、彼らはメニューを開かない。
「実は今日、この匂いを辿って来たんだけど、何の匂い?」
赤い方のムキムキが首を傾げながらチヤに尋ねた。なるほど、今店いっぱいに広がる匂いは確かに美味しそうである。
だが、彼らは入って来た時に言っていなかったか?
「大通りで匂っていた」と。
大通りからは外れているこの店の匂いがそこまで匂うものなのだろうか。マルゴール族じゃあるまいし。
その疑問を飲み込んで、チヤは胸を張った。
「今日はね、いいウサギ肉が手に入ったから、それのシチューさ。よく煮込んであるよ。付け合わせにパンが付いているよ」
「お! じゃあ俺はそれを……大盛りで!」
素晴らしい笑顔で彼はそれを注文した。
シチューは大盛りで注文するものではない。
隣の男は溜め息を付きつつ、「オレもそれと、何かパスタを」と注文する。見かけ通りよく食べるようだ。
「あいよ。すぐ用意するよ」
シチューは温めるだけですぐ出せる。
パスタは北の国風の肉の入ったホワイトソースで絡めたものにチーズを散らそうか。体力関係の仕事のようだし、とチヤは厨房に引っ込んだ。
次に食事を運んで来たチヤが見たものは、ラジーを空いた席に座らせ、熱心に話を聞いている赤い方のムキムキだった。
茶色い方は呆れた様に、されど興味はあるといった様子で2人を見ている。
こちらに気が付いた茶色いのが「おい」とそちらに声をかける。
「あ、ごめんな。いつからここ、やっているのかと思って」
そう言いながらもチヤの手元に目線がいっている。それを置きながらも、「つい最近さ」と答える。
「あたしは元々料理修行の為に各国渡り歩いていてね、ようやく腰を落ち着けようと思ったのさ」
「こんな歳の子供を連れて旅は難しいもんなぁ。うわぁ、美味しそう」
彼はすでに目の前に置かれた料理に目が釘付けだ。そして祈りの言葉なのかブツブツと何かを唱えてスプーンを持つ。
「おいしい、よ」
ラジーはそれを聞いて頷いている。
マルゴール族の里では、北の地域の言語体系とこちらの地域の言語体系のどちらも使われている。もちろん「わおーん」とかもあるが。
ラジーは里から出て数カ所国を通過した際に、言語がいろいろ混ざり合った結果、どうやら『聞いた言語を1回マルゴール族で使われていた言語に直して理解している』らしく、少しタイムラグがあるし、言葉も片言になっているのだ。
まだ幼い子なので、その内こちらの言葉にも慣れるだろう。
ムキムキたちは見た目に反して食べ方が綺麗だった。
他の町の食堂で見かけた荒くれ者ならば、食べ方も粗野な場合が多い。しかし、喋りながらではあるが優雅なスプーン運び、パンもそのまま口に持っていったりせず千切ってから食べている。
その事から、いいところの坊っちゃんたちなのだろうと考える。
他のテーブルの片付けをしながら。
それにしても食べる速度が早い。
テーブル1つが片付く前に、赤い方のムキムキがそこだけは行儀悪く器を傾けスープを飲み干し、チヤにそれを差し出した。
「おかわりっ!」
「お前……」
あれだけあったシチューを10分掛からずに完食したのだ。周りにいた常連さんがポカンとしているのが目に入る。
気持ちは判るがやるな、と言いたげに彼の連れは頭を垂れたが、食事の手は止めない。
差し出されたその器を受け取りながら、その食べっぷりに敬意を込めてチヤは彼に言った。
「大盛りおかわりは3回までだよ」と。
そして彼らは度々『子犬のごちそう亭』に食事に来るようになっていった。
今回はチヤの話の中でも割と穏やか。
ムキムキたちが出てきたからではない、と思う今日この頃。




