第9話 新しい場所
クラリスの家へ着いたとき、エリオは思わず足を止めた。
領主の屋敷ほど大きくはない。
けれど実家より、かなり立派だった。
――おっきい。
「入りなさい」
「はい」
緊張しながら玄関をくぐる。
すると奥から男性が出てきた。
「おかえり」
「ただいま、ロイド」
男性――ロイドはエリオを見る。
それから首を傾げた。
「その子は?」
エリオは緊張で身を固くした。
メイド服を着ている。
――変だと思われないかな。
「話すと長くなるのだけれど」
クラリスは苦笑した。
「まずは中で説明するわ」
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居間へ通される。
エリオは椅子の端に座った。
クラリスが事情を説明する。
領主の屋敷で働いていたこと。
追い出されたこと。
実家にも戻れなくなったこと。
女装のこと。
ロイドは黙って聞いていた。
「そうか……」
話を聞き終えると、大きく息を吐く。
「大変だったな」
責めるような口調ではなかった。
困っている子供を気遣うような声だった。
「ご迷惑をおかけします」
エリオは慌てて頭を下げた。
ロイドは少し困ったように笑う。
「子供がそんな顔をするな」
――どんな顔してるんだろう。
自分ではわからなかった。
そのときだった。
「お母さん、おかえり!」
元気な声が響く。
足音が近づいてきた。
現れたのはエリオと同じくらいの年の男の子だった。
男の子はエリオを見る。
そして固まった。
「あ……」
顔が少し赤い。
「えっと」
視線が泳ぐ。
「だ、誰?」
「エリオよ」
クラリスが答える。
「よろしくお願いします」
エリオは頭を下げた。
「よ、よろしく、トーマです」
トーマも慌てて返す。
前に同じ歳の子どもがいると、クラリスが言っていたのを思い出した。
トーマの様子を見たクラリスが言った。
「ちなみに男の子よ」
沈黙。
「え?」
トーマが固まる。
「ええっ!?」
大きな声が響いた。
ロイドが吹き出す。
クラリスは平然としている。
――どうして、びっくりしているんだろう?
エリオは首を傾げる。
「本当に?」
「本当です」
「へえ……」
トーマは何度もエリオを見る。
驚いているのがよくわかった。
でも嫌そうには見えない。
少しだけ肩の力が抜けた。
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案内された部屋は思っていたより広かった。
ベッドがある。
机もある。
本棚まであった。
エリオは部屋を見回した。
自分の部屋。
そう呼べる場所を与えられたのは初めてだった。
――ボクがひとりで使っていいのかな?
しばらくすると扉が叩かれる。
「入るわね」
クラリスは椅子へ腰掛ける。
「どう? おちついた」
「はい」
ふと気になっていたことを口に出す。
「あの……模型を作ってもいいですか?」
「模型?」
「おちんちんの」
クラリスの表情がふと和らいだ。
前に相談されたことを思い出したようだ。
クラリスはしばらく黙る。
それから静かに言った。
「模型を作っても、エリオの欲しい物は生えてこないの」
「え?」
言葉は穏やかだった。
だが内容は残酷だった。
たしかに、模型を何十個と作っても変わらなかった。
それでも作っていた。
他に方法を知らなかったからだ。
「本当に作りたいなら、必要なのは模型じゃないわ」
「じゃあなんですか?」
「知識よ」
エリオは顔を上げた。
「知識?」
「そう」
クラリスは頷く。
「体のこと。材料のこと。いろいろ知らなければ作れない。いまのあなたが知らない方法だってあるかもしれない」
エリオは考え込んだ。
――知らない方法?
そんなものがあるのだろうか。
「もし本当に作れる人がいるなら、その人はたくさん勉強した人だと思うわ」
エリオの胸が少しだけ熱くなった。
「勉強したら、もっと立派なものが作れますか?」
思わず口に出る。
「可能性は増えるわ」
断言ではない。
けれど希望を捨てる言葉でもなかった。
エリオは立ち上がった。
「クラリス先生」
「なあに?」
「ボクに勉強を教えてください」
深く頭を下げる。
今までで一番真剣なお願いだった。
しばらく沈黙がつづく。
やがてクラリスが苦笑した。
「教えてあげたいのだけれど」
――だめなの?
胸が少し苦しくなった。
「私も仕事があるの。毎日は無理ね」
――そっか。レイモンド様に教える仕事があるんだった。
「でも、仕事が休みの日なら教えられるわ」
エリオは顔を上げた。
「本当ですか?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
思わず声が大きくなる。
――毎日じゃなくてもいい。教えてもらえるなら、それでいい。
勉強すれば夢に近づける。
そう思えた。
だが次の瞬間、別の問題に気づく。
「でも」
「どうしたの?」
「ボク、お金をもってません」
家庭教師に教わるにはお金が必要だ。
それくらいは知っている。
「だから働きます」
クラリスが目を丸くした。
「働く?」
「はい」
エリオは真剣だった。
「掃除もできます。洗濯もできます。配膳もできます」
領主の屋敷で覚えた仕事だ。
「だから勉強の代わりに働かせてください」
クラリスは少し考えた。
それから微笑む。
「じゃあ家の手伝いをお願いしようかしら」
エリオの表情が明るくなる。
「はい!」
――ちゃんと役に立てる。
それが嬉しかった。




