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第9話 新しい場所

 クラリスの家へ着いたとき、エリオは思わず足を止めた。


 領主の屋敷ほど大きくはない。


 けれど実家より、かなり立派だった。


 ――おっきい。


「入りなさい」


「はい」


 緊張しながら玄関をくぐる。


 すると奥から男性が出てきた。


「おかえり」


「ただいま、ロイド」


 男性――ロイドはエリオを見る。


 それから首を傾げた。


「その子は?」


 エリオは緊張で身を固くした。


 メイド服を着ている。


 ――変だと思われないかな。


「話すと長くなるのだけれど」


 クラリスは苦笑した。


「まずは中で説明するわ」




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 居間へ通される。


 エリオは椅子の端に座った。


 クラリスが事情を説明する。


 領主の屋敷で働いていたこと。


 追い出されたこと。


 実家にも戻れなくなったこと。


 女装のこと。


 ロイドは黙って聞いていた。




「そうか……」


 話を聞き終えると、大きく息を吐く。


「大変だったな」


 責めるような口調ではなかった。


 困っている子供を気遣うような声だった。


「ご迷惑をおかけします」


 エリオは慌てて頭を下げた。


 ロイドは少し困ったように笑う。


「子供がそんな顔をするな」


 ――どんな顔してるんだろう。


 自分ではわからなかった。




 そのときだった。


「お母さん、おかえり!」


 元気な声が響く。


 足音が近づいてきた。


 現れたのはエリオと同じくらいの年の男の子だった。




 男の子はエリオを見る。


 そして固まった。


「あ……」


 顔が少し赤い。


「えっと」


 視線が泳ぐ。


「だ、誰?」


「エリオよ」


 クラリスが答える。


「よろしくお願いします」


 エリオは頭を下げた。


「よ、よろしく、トーマです」


 トーマも慌てて返す。


 前に同じ歳の子どもがいると、クラリスが言っていたのを思い出した。


 トーマの様子を見たクラリスが言った。


「ちなみに男の子よ」


 沈黙。


「え?」


 トーマが固まる。


「ええっ!?」


 大きな声が響いた。


 ロイドが吹き出す。


 クラリスは平然としている。


 ――どうして、びっくりしているんだろう?


 エリオは首を傾げる。


「本当に?」


「本当です」


「へえ……」


 トーマは何度もエリオを見る。


 驚いているのがよくわかった。


 でも嫌そうには見えない。


 少しだけ肩の力が抜けた。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 案内された部屋は思っていたより広かった。


 ベッドがある。


 机もある。


 本棚まであった。


 エリオは部屋を見回した。


 自分の部屋。


 そう呼べる場所を与えられたのは初めてだった。


 ――ボクがひとりで使っていいのかな?





 しばらくすると扉が叩かれる。


「入るわね」


 クラリスは椅子へ腰掛ける。


「どう? おちついた」


「はい」


 ふと気になっていたことを口に出す。


「あの……模型を作ってもいいですか?」


「模型?」


「おちんちんの」


 クラリスの表情がふと和らいだ。


 前に相談されたことを思い出したようだ。


 クラリスはしばらく黙る。


 それから静かに言った。


「模型を作っても、エリオの欲しい物は生えてこないの」


「え?」


 言葉は穏やかだった。


 だが内容は残酷だった。


 たしかに、模型を何十個と作っても変わらなかった。


 それでも作っていた。


 他に方法を知らなかったからだ。


「本当に作りたいなら、必要なのは模型じゃないわ」


「じゃあなんですか?」


「知識よ」


 エリオは顔を上げた。


「知識?」


「そう」


 クラリスは頷く。


「体のこと。材料のこと。いろいろ知らなければ作れない。いまのあなたが知らない方法だってあるかもしれない」


 エリオは考え込んだ。


 ――知らない方法?


 そんなものがあるのだろうか。


「もし本当に作れる人がいるなら、その人はたくさん勉強した人だと思うわ」


 エリオの胸が少しだけ熱くなった。


「勉強したら、もっと立派なものが作れますか?」


 思わず口に出る。


「可能性は増えるわ」


 断言ではない。


 けれど希望を捨てる言葉でもなかった。


 エリオは立ち上がった。


「クラリス先生」


「なあに?」


「ボクに勉強を教えてください」


 深く頭を下げる。


 今までで一番真剣なお願いだった。


 しばらく沈黙がつづく。





 やがてクラリスが苦笑した。


「教えてあげたいのだけれど」


 ――だめなの?


 胸が少し苦しくなった。


「私も仕事があるの。毎日は無理ね」


 ――そっか。レイモンド様に教える仕事があるんだった。


「でも、仕事が休みの日なら教えられるわ」


 エリオは顔を上げた。


「本当ですか?」


「ええ」


「ありがとうございます!」


 思わず声が大きくなる。


 ――毎日じゃなくてもいい。教えてもらえるなら、それでいい。


 勉強すれば夢に近づける。


 そう思えた。


 だが次の瞬間、別の問題に気づく。


「でも」


「どうしたの?」


「ボク、お金をもってません」


 家庭教師に教わるにはお金が必要だ。


 それくらいは知っている。


「だから働きます」


 クラリスが目を丸くした。


「働く?」


「はい」


 エリオは真剣だった。


「掃除もできます。洗濯もできます。配膳もできます」


 領主の屋敷で覚えた仕事だ。


「だから勉強の代わりに働かせてください」


 クラリスは少し考えた。


 それから微笑む。


「じゃあ家の手伝いをお願いしようかしら」


 エリオの表情が明るくなる。


「はい!」


 ――ちゃんと役に立てる。


 それが嬉しかった。


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