第10話 価値観
夕食の時間。
クラリスに呼ばれ、エリオは食堂へ向かう。
部屋へ入ると、すでにロイドとトーマが席についていた。
「お、来たな」
「座って座って!」
トーマが手を振る。
エリオは少し戸惑いながら椅子へ腰を下ろした。
広い食堂ではない。
けれど温かい空気があった。
しばらくして料理が運ばれてくる。
パン。
スープ。
野菜。
そして肉料理。
エリオは思わず目を見開いた。
――どうしてボクの前にも、お肉を置くんだろう?
エリオは料理とクラリスの顔を何度も見比べた。
何かの間違いではないかと思った。
だが誰も何も言わない。
「どうしたの?」
クラリスが尋ねる。
「えっと……」
エリオは恐る恐る口を開いた。
「ボクも食べていいんですか?」
一瞬、空気が止まった。
ロイドとトーマが顔を見合わせる。
意味がわからないという顔だった。
クラリスだけが静かだった。
「もちろんよ」
「でも」
エリオは自分の皿を見る。
「お肉ですよ?」
「そうね」
「子供も食べるんですか?」
トーマが不思議そうに首を傾げた。
「食べるよ?」
当たり前のような返答だった。
エリオには理解できない。
肉は高い。
大人が食べるものだ。
子供は肉汁だけで十分。
そう教えられてきた。
クラリスはしばらく考えてから言った。
「家によって違うのよ」
「違う?」
「ええ」
クラリスは穏やかな声だった。
「どんな食事にするかは、家ごとの考えかた。だから驚く必要はないわ。領主様の食事も違ったでしょ」
「そうでした」
――領主様だから、ちがうと思ってた。
エリオはゆっくり頷いた。
「いただきます」
ナイフを手に取る。
小さく切る。
口へ運ぶ。
噛む。
柔らかかった。
肉汁が広がる。
思わず動きが止まる。
今まで食べていた肉汁とは全然違う。
同じ肉なのに別の食べ物みたいだった。
「美味しい?」
トーマが聞いた。
「……はい」
うまく言葉が出てこない。
ロイドが笑う。
「それは良かった」
誰も特別扱いしない。
だからこそ不思議だった。
エリオは静かに食事をつづけた。
この味は、ずっと忘れられない。
そんな気がした。
ふと顔を上げる。
ロイドがトーマに何か言っている。
トーマが笑い返す。
クラリスも笑っている。
家の食事は静かだった。
父親が食べて、母親が食べて、エリオが食べる。
それだけだった。
誰かが笑う食事を、間近で見たのは初めてだった。
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翌朝。
コンコンと扉が叩かれる。
「エリオ、起きなさい」
クラリスの声だった。
「はい」
慌てて起き上がる。
扉が開いた。
クラリスの腕には服が抱えられていた。
「これを着なさい」
差し出されたのは男物の服だった。
少し大きい。
「トーマのお下がりよ」
「え?」
エリオは目を瞬かせた。
「メイド服じゃないんですか?」
「ええ」
クラリスは当然のように答えた。
「もう必要ないもの」
エリオは黙った。
心の中がざわつく。
『必要ない』
その言葉がなぜか重かった。
「どうしたの?」
クラリスが尋ねる。
エリオは服を握りしめた。
「でも……」
「うん?」
「女の子の格好をしなくていいんですか?」
クラリスは少し目を細めた。
「そう思う理由を聞いてもいい?」
「だって……」
言葉が詰まる。
「きれいだから価値があるって、領主様に言われました」
領主の顔が浮かぶ。
『見た目の良い使用人は価値がある』
領主様の言葉だから。
だからエリオは信じていた。
自分にはそれしかないのだと。
それが価値なのだと。
「女の子みたいじゃなくなったら」
声が小さくなる。
「価値がなくなるんじゃないかって」
クラリスはしばらく黙っていた。
それから静かに首を横へ振る。
「違うわ」
エリオは顔を上げた。
「あなたの価値は外見じゃない」
聞いたことのない言葉だった。
――がいけん、じゃ、ない?
意味がよくわからない。
「でも……」
「あなたは勉強したいと言ったでしょう?」
エリオは頷く。
「夢のために」
「はい」
「家の手伝いもすると言ったわね」
「はい」
「諦めずに考えつづけてきた」
クラリスは優しく微笑んだ。
「そういうところに価値があるの」
エリオは何も言えなかった。
今まで誰にも言われたことがない。
けれど。
クラリスが嘘を言っているようにも見えなかった。
「さあ」
クラリスが服を差し出す。
「着替えてきなさい」
「……はい」
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しばらくして着替え終わる。
少し大きな服。
袖と裾を少し折り返す。
けれど動きやすい。
鏡の前に立つ。
そこに映っているのは、女の子ではなかった。
けれど、男の子でもない。
ただのエリオ。
不思議な気分だった。
――似合っている、のかな?
見慣れない姿。
少しだけ落ち着かない。
それでも嫌ではない。
部屋の外からクラリスの声が聞こえた。
「準備できた?」
「はい!」
エリオは返事をする。
扉を開けると、クラリスがダイニングへ向かうところだった。
後につづく。
テーブルのうえに、紙と細長い棒が並んでいた。
「それは羽根ペンよ。インクをつけて書くの」
手に取ってみる。
軽かった。
炭で岩に文字を書いたことはある。
こんなに細くて軽い物は初めてだった。
インクの瓶を覗き込む。
黒い液体が揺れた。
今日から勉強が始まる。
知らないことを覚える。
賢くなる。
そしていつか。
本当に作れるかもしれない。
そのための第一歩だ。
エリオは椅子を引いて座った――




