表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/20

第6話 選ばれる

 クラリスの許可をもらってから、エリオの日課は少し変わった。


 朝は仕事をする。


 空いた時間は文字を覚える。


 そして、レイモンドの授業を聞く。


 最初は意味のわからない記号の集まりだった。


 けれど、ひとつ覚えると世界が変わる。


 廊下の札。


 本の表紙。


 メモの走り書き。


 今まで模様にしか見えなかったものが、少しずつ言葉になっていく。


 おもしろかった。


 夢中になった。


「これは?」


 授業が終わったあと、床に落ちていた紙を拾った。


 ――読める。


 それだけなのに嬉しい。


 思わず笑みがこぼれた。




 その様子を、少し離れた場所からレイモンドが見ていた。


 そして顔を赤くした。


「……」


 何か言いたそうだった。


 だが言わない。


 もじもじしている。


 結局、何も言わずに去っていった。


 ――変な子。


 エリオは首を傾げた。





 その日の午後。


「エリオ!」


 突然呼ばれた。


「はい」


「お、お茶、もってきて!」


「はい」


 言われた通りにもっていく。




 翌日。


「エリオ!」


「はい」


「その本、取って!」


「はい」




 さらに翌日。


「エリオ!」


「はい」


「花、飾って!」


「はい」


 よく呼ばれるようになった。


 ――たまたま、かな?





 だが、何日もつづくとさすがに気づく。


 レイモンドは他の使用人ではなく、エリオを呼ぶ。


 しかも、急ぎの用事ではない。


 自分でできることばかりだった。


 ――なんでボクを呼ぶんだろう?


 しかし断る理由もない。


 頼まれたことをする。


 それが使用人の仕事だ。


 だから従った。


 レイモンドは満足そうだった。




 しかも、それだけでは終わらない。


「これ」


 ある日、レイモンドが小さなお菓子を差し出した。


「?」


「やる」


「ありがとうございます」


 素直に受け取る。


 美味しかった。




 翌週には木彫りの鳥。


 その次は綺麗な石。


 さらに次は花。


 贈り物まで増えた。


 周囲の使用人たちはなんとも言えない顔をしていた。





 ある日、年上のメイドが言った。


「坊ちゃまはエリオがお気に入りなのね」


「お気に入り?」


「そうよ」


 ――ボクが、どうして?


 エリオは首を傾げた。


「仕事、あんまりできないよ?」


「そういう意味じゃないの」


「?」


「……なんでもないわ」


 メイドは苦笑した。


 結局、最後まで説明してくれなかった。


 だが、その言葉だけは残った。


『お気に入り』


 どういう意味なのだろう。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 ある日。


 授業が終わった後だった。


 他の使用人たちは忙しく働いている。


 廊下にも人はいない。


 レイモンドはエリオを呼び止めた。


「エリオ」


 ――また用事かな?


「はい」


 レイモンドは黙った。


 顔が赤い。


 視線も合わない。


 靴の先ばかり見ている。


「……」


「?」


「……」


「?」





 長かった。


 ――具合、悪いのかな?


「お、俺」


「はい」


「エリオが」


 そこでまた止まる。




 エリオは首を傾げた。


 レイモンドはぎゅっと拳を握る。


 そして。


「好きだ」


 レイモンドは息を切らしていた。


 たった数言。


 それだけなのに、走った後みたいになっている。


 ――すごい汗、どうしたんだろう。


「すき?」


「ああ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ。


「す、好きだ!」


 もう後には引けないらしい。


「ずっと屋敷にいてほしい!」


「え?」


「ずっといっしょがいい!」


 必死だった。


 エリオにもそれはわかった。


 ただ。


 意味がわからない。


 好き。


 いっしょ。


 それはわかる。


 でも。


 ――なんで、ボク?


 レイモンドは何を好きになったのだろう。


 エリオは自分の手を見た。


 小さい手。


 細い指。


 女の子みたいな見た目。


 領主は綺麗だからメイドにすると言った。


 では。


 レイモンドもそうなのだろうか。


 女の子の姿だから?


 メイドだから?


 綺麗だから?


 それとも。


 エリオだから?


 わからない。


 本当にわからない。


 もし。


 本当のことを知ったら。


 自分は男だと知ったら。


 どうなるのだろう。


 嫌われるのだろうか。


 怒られるのだろうか。


 嘘をついたと言われるのだろうか。


 いや。


 そもそも。


 誰にも男だと言っていない。


 でも女だとも言っていない。


 なのに。


 みんな勝手にそう思っている。


 それは嘘なのだろうか。


 ただひとつだけ。


 怖かった。


 もし。


 今ここで言ったらどうなるだろう。


『ボクは男だよ』


 そう言ったら。


 レイモンドはどんな顔をするのだろう。


 笑うだろうか。


 怒るだろうか。


 泣くだろうか。


 想像すると胸が苦しくなった。


 でも。


 知らないまま好きだと言われるのも、どこか間違っている気がした。


 選ばれる。


 それは嬉しいことのはずだ。


 なのに違う。


 男なのに。


 女の子として扱われる。


 使用人なのに。


 特別扱いされる。


 それが怖かった。




「エリオ……?」


 レイモンドが不安そうな顔をする。


 返事を待っているのだ。


 エリオは慌てた。


 考えても答えは出ない。


 何が正しいのかもわからない。


 でも。


 レイモンドは勇気を出したのだろう。


 それだけはわかった。


 だから。


 エリオは精一杯考えて。


 そして言った。


「ボク、がんばる」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間。


 レイモンドの顔がぱっと明るくなった。


「ほんとか!?」


「うん」


「よかった!」


 レイモンドは嬉しそうだった。


 本当に嬉しそうだった。


 その姿を見ていると、これでよかったのだろうと思えた。


 たぶん。


 きっと。


 そうなのだろう。


 レイモンドは上機嫌のまま走り去っていった。




 廊下に残されたエリオは、その背中を見送る。


 静かになった。


 ひとりになった。


 そして。


 困った。




 エリオは首を傾げる。


「でも……」


 小さく呟く。


「なにを……」


 誰もいない廊下。


 答えてくれる人はいない。


「がんばればいいの……?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ