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第3話 メイド

「メイドとして働くのだ」


「でも、ボクおとこのこだよ?」


「知っている」


「しってるのに?」


「知っているからだ」


 ――わからないよ。


 エリオは首を傾げた。


 隣ではトビアスも困ったような顔をしている。


 だが領主は平然としていた。


「昨日、お前とぶつかったときの話を聞いた」


 領主はトビアスを見た。


「こいつはお前を女の子だと思った」


「……はい」


 トビアスが咳払いをした。


 少し気まずそうだった。


「正直に申し上げますと、綺麗な娘だと思いました」


「ほらな」


 領主は笑った。


「男だと聞いて驚いたぞ」


 エリオは自分の顔を触る。


 今まで綺麗だと言われたことなどない。


「だから活かす」


「いかす?」


「お前の顔だ」


 領主は当然のように言った。


「屋敷には客も来る。見た目の良い使用人は価値がある」


「かち?」


「金になる、と言ったのだ」


 エリオにはむずかしい話だった。


「それと」


 領主は少し真面目な顔になる。


「お前が男であることは秘密だ」


「ひみつ?」


「ないしょと言うことだ」


「なんで?」


「面倒だからだ」


 領主は即答した。


 ――めんどう?


 これ以上聞くと怒られそうなので、聞くのをやめた。


「わからないけど、がんばる」


「良い返事だ」


 領主は満足そうに頷く。


 そして机の上の木彫りを指で転がした。


「これは、模型と言うのだ」


「もけい?」


「小さく似せて作った物のことだ。お前がやっているのは、模型作りだな」


「もけいづくり……」


 覚えたての言葉を、エリオは口のなかで繰り返した。


「この模型作りは禁止しない」


 エリオの目が大きく開く。


「ほんと?」


「ただし、仕事が優先だ」


「うん」


「空き時間なら好きに作れ」


 胸がぱっと明るくなった。


 取り上げられると思っていた。


 変な物だと怒られると思っていた。


 けれど違った。


「ありがとう!」


 思わず声が弾む。


 領主は笑った。


「そんなに嬉しいか」


「うん!」


 ――もっと、うまくつくれる。もっと、ゆめのかたちにちかづける。


 それだけで嬉しかった。


「よし」


 領主は椅子にもたれた。


「ではトビアス」


「は」


「こいつを洗え」


「かしこまりました」


 トビアスが一礼する。


 エリオはその意味を知らなかった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。


 ――ひろくて、きれい。


 住んでいた家、そのものより広い。


 浴室だった。


 部屋の中央に、大きな桶が据えられていた。


 湯気が立っている。


「あれは……」


「湯船です」


 トビアスが答えた。


 ――ゆぶね。


 聞いたことはある。


 裕福な家にはあると、誰かが言っていた気がする。


 本物を見たのは初めてだった。


「まず服を脱いでください」


「ここで?」


「はい」


 トビアスは慣れた様子で言う。


 エリオは言われるまま服を脱いだ。


 するとトビアスが眉を下げる。


「ずいぶん痩せていますね」


「そう?」


「ええ」


 昔からこんなものだった。


 トビアスは何も言わず体を洗い始めた。


 ガシガシと。


 まるで野菜を洗うように。


 髪を洗う。


 汚れを落とす。


 何度も湯をかける。


 すると足元を汚れた水が流れる。


 でも泡が流れるたびに体が軽くなっていく気がした。


「きもちいい……」


「それは良かったです」


 洗い終わるころには、湯がほとんど濁らなくなっていた。


 トビアスは満足そうに頷く。


「では、こちらへ」


 案内された部屋には大きな板があった。


 エリオは足を止める。


「それなに?」


「鏡ですが」


「かがみ?」


 初めて聞く言葉だった。


 トビアスが少し驚いた顔をする。


「見たことありませんか」


「ない」


 近づいてみる。


 中に誰かいた。


 知らない子供だった。


 白い肌。


 ボサボサの髪。


 女の子みたいな顔。


 その子も近づいてくる。


 エリオは慌てて後ろを見る。


 誰もいない。


 もう一度鏡を見る。


 知らない子供も同じ動きをした。


「……あれ? ボク?」


「あなたです」


 エリオはしばらく鏡を見つめた。


 ――これ、だれ?


 ずっと自分の顔を知らなかった。


 水面に映ることはあったが、こんなにはっきり見えない。


「ボクって、こんなかお、だったんだ……おんなのこみたい」


「そうですね」


 トビアスは苦笑した。


「私も勘違いしたくらいですから」


 そこへ、かつらを被せられる。


 髪を整えられる。


 服を着せられる。


 袖に腕を通した瞬間、思わず手を止めた。


 ――やわらかい。


 家で着ていた服とは全然違う。


 あちらは洗うたびに硬くなる粗い布だった。


 これは肌に触れても痛くない。


 なんだか不思議な感じがした。




 最後にメイド服。


「明日から自分で着替えてくださいね」


「うん」


 エリオはふたたび鏡を見た。


 完全に女の子だった。


「……すごい」


 思わず呟く。


 ――ボクじゃないみたい。


「納得しましたか」


「うん」


 領主の言葉を思い出す。


 顔を活かす。


 見た目の良い使用人。


「りょうしゅさま、すごい」


「はい?」


「りょうしゅさまの、いってたこと、ぜんぶ、あってる」


 きっと自分より、ずっと賢い。


 たぶん父親や母親よりも、ずっとだ。


 トビアスはなんとも言えない顔になった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 その後は勉強だった。


 掃除の仕方。


 お辞儀の仕方。


 歩き方。


 言葉遣い。


 覚えることが多い。


 けれど嫌ではなかった。


 仕事だからだ。




「走らないでください」


「ごめんなさい」


「スカートを踏まないように」


「むずかしい……」


「慣れます」


 何度も失敗する。


 何度もやりなおす。


 それでもトビアスは怒らなかった。


 だからエリオも頑張れた。




 昼ごろになると、他のメイドたちへ紹介された。


「きょうからはたらくエリオです」


 頭を下げる。


「よろしくおねがいします」


 返事はまばらだった。


「……よろしく」


「へえ……」


「頑張ってね」


 笑顔の人もいる。


 けれど冷たい人もいた。


 とくに若いメイドたちだ。


 じろじろ見られる。


 ――あのひとのめ、ちょっと、こわいなあ。


 理由はわからなかった。


 だから考える。


 答えはすぐ出た。


 ――ボクがやくにたっていないから、おこってるんだ。


 まだ何もできない。


 仕事も覚えていない。


 ――おこられないよう、もっとがんばろう。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 午後は掃除だった。


 廊下を磨く。


 階段を拭く。


 窓を拭く。


 ――つかれたー。


 小さな体では大変だった。


 それでも楽しかった。


 家の手伝いは慣れている。


 薪集めよりは楽だった。


「よいしょ」


 布を動かす。


 床が少しずつ綺麗になる。


 達成感があった。





 空いた時間には庭へ落ちている木の枝を探した。


 削れそうな木を見つける。


 ポケットへ入れる。


 トビアスに見つかった。


「何をしているのですか」


「つかえそうなの、ひろってるの」


「……木彫りの、ですか」


「うん」


 トビアスは額を押さえた。


 けれど没収はしなかった。


 領主の許可があるからだろう。


 エリオは少し嬉しくなった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 夕方。


 トビアスがやってきた。


「エリオ」


「なに?」


「飲み物を運んでください」


「わかった」


「わかった、ではなく、わかりました、です」


「わかりました」


 盆を受け取る。


 中には茶器が並んでいた。


 慎重に運ぶ。


 ――おとしたら、おこられそう。






 案内された部屋の前で立ち止まる。


 トビアスが扉を開いた。


「失礼いたします」




 中には男の子がいた。


 エリオと同じくらいの年齢。


 机に向かっている。


 そして、その隣には女性が座っていた。


 本を開いている。


 柔らかな雰囲気の人だった。


「あら」


 女性がこちらを見る。


「新しい子?」


「はい」


 トビアスが答えた。


 エリオは盆を置く。


 すると女性が微笑んだ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 女性は少し目を丸くした。


「礼儀正しいのね」


 エリオにはよくわからない。


 教わった通りにしただけだった。


「お名前は?」


「エリオ」


「エリオちゃんね」


 ――ボクはおとこのこ。でも、りょうしゅさまは、ひみつにしろって……。


 エリオは迷ったが、何も言わない。


「何歳?」


「ごさい」


 今度は本当に驚いた顔になった。


「五歳?」


「はい」


「まあ……」


 女性は困ったように笑う。


「うちの息子と同い年だわ」


 男の子は不満そうに頬を膨らませる。


「先生、勉強」


「あら、ごめんなさい」


 ――せんせいってなんだろう。


「では、失礼します」


 トビアスがお辞儀をする。


 エリオもつづく。


 部屋を出る。


 扉が閉まる直前。


「五歳……」


 女性の小さな呟きが聞こえた。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 夜になった。


 与えられた小さな部屋へ戻ると、エリオはベッドの端に腰を下ろした。


 体が沈む。


 ――ふかふかだ。


 恐る恐る横になる。


 体が包まれるような感触があった。


 知らない感触。


 家の寝床は板だった。


 薄い布を一枚敷いただけの、硬い板。


 寝返りを打つたびに背中が痛かった。


 ここは違う。


 どこへ体を向けても、柔らかい。


 それが少しだけ落ち着かなかった。




 天井を見る。


 暗い。


 家の天井も暗かった。


 でも、家の暗さとは違う気がした。


 何が違うのかはわからない。


 ただ、違う。


 鼻から息を吸う。


 何も匂いがしない。


 家には匂いがあった。


 薪の煙と、土と、何か別の匂いが混ざっていた。


 嫌いではなかった。


 ずっとそこにあったから、匂いだと思っていなかった。


 ここには何もない。


 それだけのことなのに、胸の奥がそわそわしていた。


 エリオは目を閉じた。


 明日も仕事がある。


 ――はやく、ねなきゃ。


 でも眠気はなかなか来なかった。


 柔らかいベッドのうえで、エリオはしばらく天井の見えない暗さを見つめていた。


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