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第2話 身代金

 領主の使いが来た。


 それだけで家の空気は変わった。


 父親は朝から落ち着かず、母親も何度も服を整えている。


 昨日ぶつかった使用人。


 そして今朝の来訪。


 その二つが繋がっているのだろうとは思う。


 ――なんでりょうしゅさまが、ボクをよぶんだろう?


 考えてもわからない。


 ――たきぎ、とってないから? まちで、さわいだから?


 思い当たることはなかった。


 ただひとつ。


 昨日の最高傑作だけは少し気になった。


 ――あれ、どうなったかな。


 使用人がもったままだった気がする。


 ――かえしてもらえるかな。


 そんなことを考えながら歩く。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 やがて屋敷が見えてきた。


「でっかい……」


 思わず声が漏れた。


 今まで見たなかで一番大きな建物だった。


 石でできた壁。


 広い庭。


 門の前には兵士まで立っている。


 父親が慌ててエリオの頭を叩いた。


「静かにしろ」


「ご、ごめん」





 屋敷へ入る。


 使用人たちが行き交っていた。


 みんな綺麗な服を着ている。


 床まで磨かれていた。


 思わず足元を見る。


 自分の顔が映っていた。


 ――ふんでいいのかな。


 一瞬だけ迷って、それから踏んだ。


 家とはまるで違う世界だった。





 案内された先は広い部屋だった。


 机がある。


 本棚がある。


 窓も大きい。


 壁には燭台(しょくだい)がいくつも並んでいた。


 ――よるでも、あかるいんだ。


 家の夜は暗かった。


 蝋燭(ろうそく)は高いから、日が落ちたら眠るしかなかった。


 ここは違う。


 夜でも昼と変わらないのだろう。




 そして。


 部屋の中央にはひとりの男がいた。


 四十代ほどだろうか。


 立派な服を着ている。


 椅子に腰掛けているだけなのに存在感があった。


 ――りょうしゅさま、かな?




 父親と母親が慌てて頭を下げる。


 エリオも真似をした。


「面を上げよ」


 低い声だった。


 顔を上げる。


 すると机のうえに見覚えのある物があった。


「あっ」


 思わず声が出る。


 ――ボクのだ。


 最高傑作。


 間違いない。


 領主はそれを手に取った。


「これはお前が作ったのか?」


「うん」


 (うなず)く。


 その瞬間だった。


「申し訳ございません!」


 父親が叫んだ。


 床へ額を擦りつける勢いで頭を下げる。


 母親も同じだった。


「この愚かな子がご不快な物を!」


「すぐ処分させます!」


「どうかお許しを!」


 エリオは目を丸くした。


 ――なにを、そんなにおこってるの?


 自分なりに頑張って作ったのだ。


 最高傑作なのだ。




「黙れ」


 領主が鋭く言った。


 部屋が静まり返る。


 父親も母親も口を閉ざした。


 次の言葉が怖いのか、目をぎゅっと閉じている。


「今はその子に聞いている」


「は、はい……」


 父親の声は震えていた。


 領主はふたたび木彫りへ目を落とす。


「なぜ作った?」


「ボクには、ないから」


「ない?」


「うん」


 領主はつづきを促すように顎を引いた。


 エリオは自分の股間を指差した。


「ぼうなしだから」


 静寂。


 部屋の空気が止まる。


 領主は驚かなかった。


 しかし案内してきた使用人は固まった。


「……は?」


 小さな声が漏れる。


 使用人はエリオを見る。


 もう一度見る。


 信じられないものを見る顔だった。


「……あ、あなたは……男の子、だったのですか?」


「そうだよ?」


 エリオは首を傾げた。


 ――なんでおどろくの?


 使用人は口をぱくぱくさせている。


 昨日から何か勘違いしていたらしい。


 領主が肩を震わせた。


 笑っている。


「なるほど」


 そして木彫りを掲げる。


「これは自分にない物だから作ったのか」


「うん」


「なんのために?」


「はやしたいから」


 父親と母親がさらに青ざめた。


 だが今度は何も言わない。


 領主が怖いのだろう。


 エリオはつづけた。


「うまくつくれたら、はえるかもしれないと、おもったんだ」


「生えると思ったのか?」


「うん」


「なぜだ?」


「わからない」


 エリオは首を傾げた。


 ただ、何もしないのは嫌だった。


「でも、つくらなかったら、はえないとおもう」


「作れば生えると?」


「はえるかもしれない」


 領主は木彫りを見る。


「生えなかったらどうする」


「もっとうまくなる」


「それでも駄目なら」


「もっともっとうまくつくる」


「それでも駄目なら?」


 エリオは少し考えた。


「ほかのきでつくる」


「ほう」




 領主はしばらく黙った。


 ――なんで、おなじことばっかりきくんだろう。


 けれど怒っている様子ではなかった。


「今まで何本作った」


「いっぱい」


「いっぱいではわからん」


 エリオは指を折る。


 途中でわからなくなった。


「りょうて、ふたつくらい?」


「失敗した物はどうした」


「もりにかくしてる」


「捨てなかったのか」


「もったいないから。どこがへんだったかわかるし」


 領主は何も言わない。


 ただ話を聞いていた。


 ――おこってないみたい。


 エリオは少し安心した。




 領主はしばらく木彫りを眺めた。


 やがて言った。


「おもしろい」


 父親がびくりと震える。


「子どもなら泣くか諦める」


 領主は笑った。


「だが、お前は作ろうとした」


 エリオはよくわからなかった。


 ――ないなら、つくる。それだけなのに。


 領主は大きく笑った。


 そして父親を見る。


「この子を屋敷で預かる」


 父親が顔を上げた。


「は?」


「ここで働かせる」


「は、働かせるので?」


「そうだ」


 父親は呆然とした。


 母親も同じだった。


 領主がつづける。


「給金も出そう」


 空気が変わった。


 父親と母親の目の色が変わった。


「きゅ、給金を……」


「不満か?」


「と、とんでもございません!」


 父親は勢いよく頭を下げた。


「ありがたき幸せ!」


 母親もつづく。


「ぜひお願いいたします!」


 二人とも即答だった。


 迷いはなかった。


 ――きゅうきん。おかね。


 エリオは少し嬉しくなった。


 ――おとうさんも、おかあさんも、よろこんでる。




 領主はエリオへ視線を向けた。


「名前は?」


「エリオ」


「お前はどうする。ここで働くか?」


 エリオは考える。


 けれど答えはすぐ出た。


 ――きっといいことなんだ。


「やる」


「そうか」


「がんばるよ」


 領主は満足そうに頷いた。


「では決まりだな」




 領主が使用人へ視線を向ける。


「トビアス、手続きを進めろ」


「かしこまりました」


 使用人――トビアスが一礼した。


 父親と母親は何度も頭を下げている。


 どこか嬉しそうに見える。


 ――おかねが、もらえるから、うれしいのかな。


 だとしたら悪い気はしなかった。


「今日から屋敷へ置く」


 領主の言葉に父親が顔を上げる。


「今日から、ですか?」


「問題があるか?」


「い、いえ!」


 父親は慌てて首を振った。


「ありません!」


 母親もつづけて頭を下げる。


「よろしくお願いいたします」


 その後も何度も礼を言った。






 やがて領主が手を振る。


「お前たちは下がれ」


 父親と母親は、頭を下げたまま後ろへ下がる。


 ――かえるのかな?


 エリオも後を追おうとして――止まった。


 目があわない。


 誰も呼ばない。


 父親も母親も振り返らない。





 トビアスが扉を開く。


 二人はそのまま部屋を出ていった。




 トビアスが扉を閉める。


 広い部屋に残ったのは、領主とトビアスとエリオだけだった。




 少しだけ胸の奥が落ち着かなかった。


 家から離れるのは初めてだ。


 ――がんばって、はたらこう。


 そうすれば父親も母親も喜ぶはずだ。


 エリオはそう考えた。





 領主は椅子へ深く腰掛けた。


 そして当然のように言う。


「エリオよ」


「うん」


「お前は今日からこの屋敷で働く」


「うん」


「メイドとして働くのだ」


 エリオは瞬きをした。


 一回。


 二回。


 三回。


「……え?」


 ――なんていったの? メイド? おんなのひとのしごとだよね。


 自分は男。


 さっき説明したばかりだ。


 トビアスも驚いている


 エリオも同じだった。


 ただひとり。


 領主だけが満足そうに笑っていた。


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