第2話 身代金
領主の使いが来た。
それだけで家の空気は変わった。
父親は朝から落ち着かず、母親も何度も服を整えている。
昨日ぶつかった使用人。
そして今朝の来訪。
その二つが繋がっているのだろうとは思う。
――なんでりょうしゅさまが、ボクをよぶんだろう?
考えてもわからない。
――たきぎ、とってないから? まちで、さわいだから?
思い当たることはなかった。
ただひとつ。
昨日の最高傑作だけは少し気になった。
――あれ、どうなったかな。
使用人がもったままだった気がする。
――かえしてもらえるかな。
そんなことを考えながら歩く。
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やがて屋敷が見えてきた。
「でっかい……」
思わず声が漏れた。
今まで見たなかで一番大きな建物だった。
石でできた壁。
広い庭。
門の前には兵士まで立っている。
父親が慌ててエリオの頭を叩いた。
「静かにしろ」
「ご、ごめん」
屋敷へ入る。
使用人たちが行き交っていた。
みんな綺麗な服を着ている。
床まで磨かれていた。
思わず足元を見る。
自分の顔が映っていた。
――ふんでいいのかな。
一瞬だけ迷って、それから踏んだ。
家とはまるで違う世界だった。
案内された先は広い部屋だった。
机がある。
本棚がある。
窓も大きい。
壁には燭台がいくつも並んでいた。
――よるでも、あかるいんだ。
家の夜は暗かった。
蝋燭は高いから、日が落ちたら眠るしかなかった。
ここは違う。
夜でも昼と変わらないのだろう。
そして。
部屋の中央にはひとりの男がいた。
四十代ほどだろうか。
立派な服を着ている。
椅子に腰掛けているだけなのに存在感があった。
――りょうしゅさま、かな?
父親と母親が慌てて頭を下げる。
エリオも真似をした。
「面を上げよ」
低い声だった。
顔を上げる。
すると机のうえに見覚えのある物があった。
「あっ」
思わず声が出る。
――ボクのだ。
最高傑作。
間違いない。
領主はそれを手に取った。
「これはお前が作ったのか?」
「うん」
頷く。
その瞬間だった。
「申し訳ございません!」
父親が叫んだ。
床へ額を擦りつける勢いで頭を下げる。
母親も同じだった。
「この愚かな子がご不快な物を!」
「すぐ処分させます!」
「どうかお許しを!」
エリオは目を丸くした。
――なにを、そんなにおこってるの?
自分なりに頑張って作ったのだ。
最高傑作なのだ。
「黙れ」
領主が鋭く言った。
部屋が静まり返る。
父親も母親も口を閉ざした。
次の言葉が怖いのか、目をぎゅっと閉じている。
「今はその子に聞いている」
「は、はい……」
父親の声は震えていた。
領主はふたたび木彫りへ目を落とす。
「なぜ作った?」
「ボクには、ないから」
「ない?」
「うん」
領主はつづきを促すように顎を引いた。
エリオは自分の股間を指差した。
「ぼうなしだから」
静寂。
部屋の空気が止まる。
領主は驚かなかった。
しかし案内してきた使用人は固まった。
「……は?」
小さな声が漏れる。
使用人はエリオを見る。
もう一度見る。
信じられないものを見る顔だった。
「……あ、あなたは……男の子、だったのですか?」
「そうだよ?」
エリオは首を傾げた。
――なんでおどろくの?
使用人は口をぱくぱくさせている。
昨日から何か勘違いしていたらしい。
領主が肩を震わせた。
笑っている。
「なるほど」
そして木彫りを掲げる。
「これは自分にない物だから作ったのか」
「うん」
「なんのために?」
「はやしたいから」
父親と母親がさらに青ざめた。
だが今度は何も言わない。
領主が怖いのだろう。
エリオはつづけた。
「うまくつくれたら、はえるかもしれないと、おもったんだ」
「生えると思ったのか?」
「うん」
「なぜだ?」
「わからない」
エリオは首を傾げた。
ただ、何もしないのは嫌だった。
「でも、つくらなかったら、はえないとおもう」
「作れば生えると?」
「はえるかもしれない」
領主は木彫りを見る。
「生えなかったらどうする」
「もっとうまくなる」
「それでも駄目なら」
「もっともっとうまくつくる」
「それでも駄目なら?」
エリオは少し考えた。
「ほかのきでつくる」
「ほう」
領主はしばらく黙った。
――なんで、おなじことばっかりきくんだろう。
けれど怒っている様子ではなかった。
「今まで何本作った」
「いっぱい」
「いっぱいではわからん」
エリオは指を折る。
途中でわからなくなった。
「りょうて、ふたつくらい?」
「失敗した物はどうした」
「もりにかくしてる」
「捨てなかったのか」
「もったいないから。どこがへんだったかわかるし」
領主は何も言わない。
ただ話を聞いていた。
――おこってないみたい。
エリオは少し安心した。
領主はしばらく木彫りを眺めた。
やがて言った。
「おもしろい」
父親がびくりと震える。
「子どもなら泣くか諦める」
領主は笑った。
「だが、お前は作ろうとした」
エリオはよくわからなかった。
――ないなら、つくる。それだけなのに。
領主は大きく笑った。
そして父親を見る。
「この子を屋敷で預かる」
父親が顔を上げた。
「は?」
「ここで働かせる」
「は、働かせるので?」
「そうだ」
父親は呆然とした。
母親も同じだった。
領主がつづける。
「給金も出そう」
空気が変わった。
父親と母親の目の色が変わった。
「きゅ、給金を……」
「不満か?」
「と、とんでもございません!」
父親は勢いよく頭を下げた。
「ありがたき幸せ!」
母親もつづく。
「ぜひお願いいたします!」
二人とも即答だった。
迷いはなかった。
――きゅうきん。おかね。
エリオは少し嬉しくなった。
――おとうさんも、おかあさんも、よろこんでる。
領主はエリオへ視線を向けた。
「名前は?」
「エリオ」
「お前はどうする。ここで働くか?」
エリオは考える。
けれど答えはすぐ出た。
――きっといいことなんだ。
「やる」
「そうか」
「がんばるよ」
領主は満足そうに頷いた。
「では決まりだな」
領主が使用人へ視線を向ける。
「トビアス、手続きを進めろ」
「かしこまりました」
使用人――トビアスが一礼した。
父親と母親は何度も頭を下げている。
どこか嬉しそうに見える。
――おかねが、もらえるから、うれしいのかな。
だとしたら悪い気はしなかった。
「今日から屋敷へ置く」
領主の言葉に父親が顔を上げる。
「今日から、ですか?」
「問題があるか?」
「い、いえ!」
父親は慌てて首を振った。
「ありません!」
母親もつづけて頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
その後も何度も礼を言った。
やがて領主が手を振る。
「お前たちは下がれ」
父親と母親は、頭を下げたまま後ろへ下がる。
――かえるのかな?
エリオも後を追おうとして――止まった。
目があわない。
誰も呼ばない。
父親も母親も振り返らない。
トビアスが扉を開く。
二人はそのまま部屋を出ていった。
トビアスが扉を閉める。
広い部屋に残ったのは、領主とトビアスとエリオだけだった。
少しだけ胸の奥が落ち着かなかった。
家から離れるのは初めてだ。
――がんばって、はたらこう。
そうすれば父親も母親も喜ぶはずだ。
エリオはそう考えた。
領主は椅子へ深く腰掛けた。
そして当然のように言う。
「エリオよ」
「うん」
「お前は今日からこの屋敷で働く」
「うん」
「メイドとして働くのだ」
エリオは瞬きをした。
一回。
二回。
三回。
「……え?」
――なんていったの? メイド? おんなのひとのしごとだよね。
自分は男。
さっき説明したばかりだ。
トビアスも驚いている
エリオも同じだった。
ただひとり。
領主だけが満足そうに笑っていた。




